「……っ!」

突き刺す様な日差しで目を覚ます。

いや、正確には違う。何かに隠れて直射日光は当たっていない。

 横になっている、屋上で。

柔らかなモノを頭に敷いて。

 ……何かがおかしい。

真昼の屋上で、日差しが当たらないなんて事はあり得ない。

立ち入り禁止の屋上で、柔らかなモノがある筈ない。

 ……

「目が覚めた?」

件の少女が話しかけてくる。

 上から。覗き込む様に。

「あの…この状況は」

「急に倒れちゃって、ずっと眠ってたんだよ」

少女は心配そうに此方を見つめている。

「それはすまなかった。

それで…この状況は」

 ようやく頭が回ってきた。何となく察してはいるが今更なのだ。

「…?アタシの膝枕が何かご不満?」

いやいやいやいや不満なんてないですとも。まさかこんな日がこようとは夢にも思っていなかったぜ。

「…ありがとう。だいぶ良くなった。

もう、大丈夫だ」

ゆっくりと起き上がる。

「いかかでしたか?」

「なにがだよ」

「なにって、膝枕しかないでしょ」

「結構なお手前でした」

「ふふふ、くるしゅうないぞ」

絶対に使い方が違うとは思うが悪いがここにはツッコミ役は俺しかいないのだ。

「...」

「...」

 少女は何も言わない。

こちらも返す言葉は見つからない。

ゆっくりと時間だけが過ぎていく。

 梅雨も明け、妙に乾いた真昼の日差しが、二人をただただ照らしている。

真昼の日差し…昼?

「……今何時かわかるか」

「うーん、正確にはだけどアタシのおなかによれば三時くらいかな」

「成程、お前の腹時計なら信頼できそうだ。欠かさずおやつとか食べてそうだし。…ってそうじゃない!」

 夏前とはいえ、直射日光は体に悪いらしい。こんなヘマをしたのもきっと夏の日差しのせいだ。

「そんなに慌ててどうかしたの?」

「どうにもこうにも俺はまだ昼飯を食べていない!」

「そりゃあ気絶してたからねぇ。でも、おなか減ってないでしょ?」

いや確かに減ってはいないがそういう問題ではない。

 これはここに限らないのだが病人に食事の自由など無い。

毎日決まった時間に同じような味の薄いモノを摂取する。

食事の楽しみ…なんてものは無いに等しい。故に俺も食事の事など気にかけてもいなかった。

 だが食事は決まった時間に出てくる。そしてその時間に俺がいなければ俺のことを探すだろう。

いくら自由に動き回る事を見逃してもらえているとはいえ、立ち入り禁止の…よりにもよって屋上なんぞに出入りしていることが知られれば、流石にただでは済まないだろう。

「あ~もしかして、お昼を食べ損ねた事で先生がキミのこと探し回ってると思ってる?

ふっふっふ、なら大丈夫!キミの分はアタシが食べておいたからね!」

やけに自信満々に言う。ガッツポーズでもしているのだろうか。

「なんだそうだったのか。それなら一安心だ。

俺は上がっていた呼吸を但し、少し熱い屋上の床に腰を降ろした……ってなるかボケ!」

「うわぁ、見事なノリツッコミ!」

少女はただ純粋に感嘆したとでも言いたげに口に手を当てている。

「そんな訳があるか。一が応でもここは病院だぞ。

そもそもどうやって俺の部屋を知ったんだ。」

「う~ん…そりゃあキミの事をストーキングしたり?」

知ったる料理のレシピを伝えるが如く、彼女は軽く言った。

「ストっ!?お、お前、冗談だろ?」

「冗談だよ?」

「冗談なのかよ!?」

少女は相も変わらずケロッとしている。いつも通り何時も通り。

「何変な顔してるの、ただの冗談だって。

第一、本当にストーキングしてたとしてもアタシは覚えてないし。

む、もしかしてキミ、アタシにストーキングされたかったの!?

いや、それ、キミ、とんだ変態さんだよ!?」

 そう、彼女の態度は変わらない。

底抜けに明るくて、馬鹿みたいに前向きで。

だからだろうか。

あの言葉に気づいてしまったのは。

だからなのだろうか。

気づいてはいけないことに、気づいてしまったのは。

 「そんな訳あるか!誰が変態だ誰が!俺の感性は人並みに健全です。

てか忘れるってなんだ忘れるって。ボケ老人じゃああるまいし。」

その瞬間、彼女の雰囲気が変わった。

愚かにも、俺はその変化を感じられなかった。

故に、その後紡がれる言葉も、止めることが出来なかったんだ。

 「あれ?言ってなかったんだ。あー、そっか。うん。

だってアタシ眠ると記憶無くなっちゃうし」

 不覚。

俺が最も気を遣うべきこと、俺が最も痛みを知っていること。

少女には無いとでも思っていたのか。

少女の笑顔は眩しすぎたのか。

どちらにせよ言い訳だ。無様な者には、残当だ。

「これがアタシの後遺症みたいだよ、うん」


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