「…何やってるんだろうな、俺」

検査が終わった後は特に何事もなく一日が終わった。

味の薄い食事をこなし、くたびれた本で時間を潰し、そのまま眠りにつく。

変わらない日々。冒涜的に無色な日常。

まるで昼間の少女が夢であった方が正しいような。

「だからって、またここに来るとかさあ…」

 俺はあの屋上に再び立っていた。

立って地面を見つめていた。

昨日の場面シーンの焼き直し(リフレイン)。

そうすれば、また彼女が現れる気がして。

「いやいや、だから何やってん」「あれ、こんな所に誰かいるの~?」

 声がした。

 知っている声。

 この声を俺は望んでいた。

「危ないじゃないですか!屋上なんかに上がってきたら」

「いやそれはお前も!……ってかこのやりとり前にもしたな」

「前にも……そうでしたそうでした!

たしか屋上の……自殺者さんでしたっけ」

「勝手に殺すな!」

少女は数秒上の空だったがすぐに昨日の調子に戻った。

「まったく…屋上に来れば女の子に会えるなんて、恋愛小説の読みすぎだぞ、少年」

「お前こそなんだよその物言いは…」

それこそアニメの見すぎだろ。

「でもまあ、良かったよ。お前が幻じゃなくて」

そう言うと、怪訝な眼差しを向けられた。

「アタシのこと地縛霊か何かとでもお思いで?」

「…言い方が悪かった。

でもお前のせいだぞ。お前はここでは異質過ぎる。

とうとう気が狂って幻を見たのかと思っても不思議じゃないだろ」

まあ、気はとっくに狂ってるのかもしれないが。

「…ヒドイです。責任を取るのは男性のはず…それをこんなうら若き乙女に…」

「なんでそうなるんだ!お前の方が恋愛小説の読みすぎなんだよ!」

どうしてこう、コイツは頭の中がお花畑なんだろうか…

「女の子はちょっとくらいお花畑の方が可愛いんです。

目指してますから、カワイイ系女子」

 無い胸を張る少女。

そのあまりの堂々さに、昨日の失言を思い出し顔を背ける。

だが、ふと我に返って考えると、このくらいの女子が恋愛小説を読むのは至って当たり前のことだ。

「……」

でも何故か、コイツがそんなものを読むようには思えなかった。

『恋愛小説って私嫌いだな。あんな変な出会い方にどうも憧れが持てなくて』

「っ!」

「?どうかしました?」

少女がこちらの変化に気づく。

「………なんでも、無いよ」

平静を装う。

だが、無駄だ。

自分でもわかるほどに顔が青ざめている。汗が噴き出している。足が震えている。

……全く何が変わらない、だ。

何も変わっていないのは、他でもない俺自身じゃないか。


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