第25話 召喚士リディル1

 わたしの心配をよそに、ジオンさんはしばらくまつとやってきた。

 手には、あのきれいな髪飾りがあった。大切そうに、包み込むようにもっている。


「遅れてごめんね」

「いえ! お体は大丈夫ですか?」

「うーん。まぁまぁかな」


 よくはないってことだよね。

 やっぱりなんとかしてあげたい!

 って、そういえば、どうしてジオンさんを呼んだんだっけ?


 首をかしげていたそのとき。

 どこからともなく、ボソボソとささやくような男の人の声が聞こえた。

 クロウでも、所長さんでも、ジオンさんでもない声。

 低くて、なんかちょっとノイズが走っているみたいな、不気味な声。


 でも、ここには、ほかの男の人なんていないはずなのに。


 背中に冷たい汗がつたって、わたしはすぐに、うしろにいたクロウの腕をぎゅっと両腕ではさむようにつかんだ。


「なんだよ」

「声! 声聞こえた! モンスターかも!」

「声なんかしたか?」

「した! したよ! クロウ魔法使える⁉ おばけと戦える⁉」


 クロウがおばけと戦えるのかわからないけど、とりあえずクロウがいつでも魔法が使えるように、手をがっちりとつかむ。


「なにかいる気配はない……いや」


 クロウがふと顔をあげて空中を見た。

 空におばけがいるとか⁉


「く、クロウたおして! おばけたおして!」

「ばか。うるせえよ。しずかにしてろ」


 乱暴に口をふさがれて、ふーふーと息を荒げていた興奮状態がすこしおさまっていく。

 すると、やっぱり、どこからともなくノイズの走ったような不気味な声がした。

 わたしの口をふさいでいたクロウの手を乱暴にとって、ぐいっと詰めよる。


「ほら! 聞こえた⁉」

「聞こえた、けど……この声」


 クロウは空をにらみつけて、小さな声でつぶやく。


「オルティット?」


 オルティット?

 って、まえにクロウが寝てたときにいってた名前?


「おい。あんた、どういうことだ?」


 クロウは所長さんをにらみつけた。


「この世界には、たまに、こういうひずみみたいなのが生まれるんだよね」


 ひずみ?

 それって、ジオンさんもいってた。

 ひずみになっている場所があるって。

 わたしはクロウと顔を見合わせた。


「なんとなく理解できているみたいだね。基本的に、そのひずみはべつの世界につながる。だいたいは、召喚獣たちのいる世界かな」

「あんた、みょうに詳しいな」

「ウチはなんでも屋だからね。この手の依頼は多いんだよ」


 そ、そうなんだ。

 でも、ほんもののおばけじゃないなら、なんとかやっていけそうかも!


「いつもは、目くらましの陣をかけてごまかしてる」

「そんなんでいいのかよ」

「いいんだよ。不気味な声さえ聞こえなくなれば、依頼者も安心してくれるからね」


 不気味な声が聞こえないようにしているってことかな?


 じゃあ、今回もその『目くらましの陣』っていうのをつくるってこと?

 陣って、まるのなかにいろんな文字が書いてるあるやつだよね。魔法陣みたいな。


 あれ。でも。召喚獣たちのいる世界につながるってことは……。

 わたしはそっと、ひかえめにうしろに立っているジオンさんを見た。


「……ジオンさんを、もとの世界にもどしてあげられるってことですか?」

「うん。正解。リディルちゃんよくできました」

「あんた、次元の扉の開きかた知ってんのかよ」

「それは、きみやそこの召喚獣が知っているはずだよ」


 所長さんの的確な返しに、クロウはむすっとした顔でだまりこんだ。


「でも。ジオンさんは……その……」


 セラさんに会いたくてこの世界にいるのに。

 わたしのいいたいことがわかったみたいに、所長さんはわたしを見て小さくほほ笑んだ。


「魂を召喚する方法は、俺が知ってるよ」

「え。そうなんですか?」

「そうそう。まぁ、知っているだけで使えないけどね」

「そうなんですか……?」

「うん。見えないものを具現化させるには、膨大な魔力がいる。だから、きみならできるんだよ。リディルちゃん」


 わたしならできる。

 ほんとうに?


 そんなこといわれても、ちっとも実感が湧かないけれど。


 チラリと後ろのジオンさんを見る。


 ジオンさんが、大切な人にもう一度会えるなら。

 できるかわからないけど、やってみたい!


「わ、わたし、やります! できるかわかないですけど……」

「できるよ。条件は整ってる」

「条件?」

「まずは遺品。それから、召喚する魂。あとはその魂と結びつきの強い人」


 えっと、遺品っていうのは、ジオンさんがもってる髪飾りだよね。

 魂と結びつきが強い人っていうのは、ジオンさんのことだと思う。恋人だもん!


 それから、召喚する魂……。


 わたしはジオンさんのまわりを目を凝らしてよく見た。

 このあいだと同じような、やわらかくて優しくてあたたかい白い光が、ひらひらと舞うみたいに飛んでいる。


 たぶん、あれがセラさんの魂……。

 ジオンさんには見えていないみたいだけれど。


「って、ことでさっそく。リディルちゃん痛いの平気?」

「え。い、痛いのですか⁉」

「うん。一滴だけでいいから、血をこのなかに入れてほしいんだけど」


 所長さんはそういって、細長い透明なガラスビンをひらひらゆらした。

 ビンなかには、薄い緑色をした液体が入っている。


「一滴だけですか?」

「うん。ここに裁縫用の針があるから、軽くぷすっとするだけでいいんだけど」

「わ、わかりました。やります!」


 所長さんから針を受け取って、みんなが見てるなか、ふるえる指の腹をぷすっと刺す。

 あんまり痛くないけど、ちょっとずつ血がにじんできて、こぼれそうになったところをビンのなかに落とした。


「うん。ありがとう」


 所長さんがビンをかるくふる。


 クロウがわたしの指先に回復魔法をかけてくれた。

 傷なんてほとんどなかったけど、ちっちゃな穴が綺麗になくなる。


「クロウありがとう!」


 クロウは小さく鼻を鳴らしただけで、所長さんの手にあるビンを見た。

 緑色の液体とわたしの血が混ざりあっていって、なにかが反応したみたいに、ぽうっとあわく発光した。


「わ! 光った!」

「いい感じ。じゃあリディルちゃん、これもって。地面に髪飾りをおくから、それに向かってゆっくりと液体をたらしていって。全部まいたら、俺の言葉をくり返してね」

「えっと、は、はい。わかりました」


 所長さんからいわれた手順を頭のなかでくりかえす。

 ジオンさんから髪飾りを受け取った所長さんが、そっと、やさしくそれを地面においた。

 目で合図されたから、わたしはゆっくりとビンのなかの液体をその髪飾りにかけていく。


 ぜんぶかけたら、所長さんがおしえてくれた言葉をいうんだよね。

 キンチョーする!


 ビンのなかの液体がなくなりかけて、ドキドキしながら深呼吸した。

 大丈夫、大丈夫。ぜったい成功する!

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