第26話 召喚士リディル2

 ふぅっとひとつ息をはいて、今度は吸いこむ。


「べアヴィータム・具現化せよ! 『セラ・フィーリア』」


 わたしがそういったとたん、髪飾りが真っ白のつよい光をはなった。

 まぶしくて、目がくらみそうなのに、どうしてかやさしくて。

 心のなかがとけていくみたいに、あたたかくなる。


 白い光はゆっくりと人の形をつくっていって、なにもなかった空間に色を映す。


 天子様みたいな白いお洋服がひらりとなびいて、赤茶色をしたストレートの長い髪がふわりと空にたゆたう。

 目が大きくて、鼻がちいさくて、うすいくちびる。

 自分の両手を見ながら目をまるくしている、女神様みたいにきれいな人がいた。


 す、すごい! ほんとうに人があらわれた!

 しかも、おばけどころか、女神様だよ。き、きれー……。


 ぽーっと見惚れていると、わたしを横を銀色の髪がビュンっととおりすぎた。


「セラ!」


 ジオンさんは大きく両手を広げて、女神様を抱きしめようとした。

 けど、ふれあうことはなくて、スカッととおりすぎちゃった。

 どういうこと⁉


「あ。見えるようにしてるだけで、実態はないからねー」


 所長さんが忘れていたといいたげに、カラカラと笑う。

 ジオンさんはちょっとショックを受けたような顔をしていたけれど、女神様に「ジオン」と呼びかけられると、忠犬みたいにパッとふり返った。


「セラ。あぁ、キミなんだね」


 ジオンさんはふれられないのに、宝物にふれているみたいに両手で女神様の頬を包みこんだ。

 神様の壁画とかあったら、こんな感じかも。すっごくきれい。


「ジオン、この世界を、みんなを守ってくれてありがとう。時間がないの。あなたにどうしても伝えたいことが……」

「なんだい? かたき討ちか? キミはいったいだれに」


 ジオンさんのくちびるに、女神様が人差し指をくっつけた。

 しずかに口を閉ざしたジオンさんに、女神様はほんとうにきれいに笑いかけて、ゆっくり首を横にふった。

 女神様の体が、足もとから光の粒に変わっていく。


「あの子を見守って。あの子は、わたしたちの──」


 最後はよく聞きとれなかったけれど、ジオンさんは目が飛び出そうなくらいおどろいた顔をしてたから、聞こえたみたい。

 クロウがチラッとわたしを見てくる。


「ど、どうしたの?」

「いや。納得というか、理解した」

「なにを?」

「べつに」


 もー! 意味ありげなこといって、ぜんっぜん説明してくれる気がない。

 むっとしているあいだに、女神様……ううん、セラさんの体が光の粒になって、すこしずつ消えていく。体の半分くらいまでが、きれいな白い光の粒になって、風に流されるように空に舞い上がっていた。

 もう、消えちゃうんだ。

 思っていたよりもずっと短い再会に、わたしの心までさみしくなってくる。

 ジオンさんはあんなに会いたいと願っていたのに、会えたのはこんなに一瞬だなんて。


 なごりおしむみたいに、ジオンさんとセラさんはひたいをこすりあわせていた。

 な、なんかちょっとドキドキする。イケナイ場面を見てるみたい。


 ソワソワしながら視線を地面に向けると、「セラ」と呼ぶジオンさんの悲しそうな声が聞こえて顔を上げる。

 体のほとんどが消えかけていたセラさんは、最後にわたしのほうを見て、しあわせそうに目尻を下げる。そして、「ありがとう」と小さくて美しいささやきを残して、夜空にとけるように光の粒となって消えていった。


 その光を追いかけるように、追いすがるように空に手を伸ばしたジオンさんは、きれいな瞳から涙を流しながら、だまってセラさんが消えていった空間を見つめていた。

 つかめなかった光の粒を、それでも大切にかき集めるみたいに、きゅっとこぶしを握って、胸もとに引き寄せる。


 どうしよう。声かけたほうがいいのかな。


 オロオロしていると、クロウが一歩前にすすみ出た。


「満足したか?」


 もー! クロウってば、デリカシーがない!


「ちょっとクロウ!」

「なんだよ」

「もうちょっと空気とか読もうよ!」

「はぁ? じゃあこのままボーッとだまって突っ立てるのかよ。時間のムダだろ」

「だからそういうのが!」


 わたしとクロウのいいあいを、ジオンさんのおかしそうな笑い声が止めた。


「ふふ。いいんだ。ありがとう。セラに会わせてくれて」


 ジオンさんはそういって、わたしの前にしゃがんだ。


「もっと顔をよく見せて」

「へ。え、はい」


 ジオンさんはわたしの前髪をそっと持ちあげて、目とか眉とか鼻とか口とかをなぞるみたいに、視線をうごかす。

 どうしよう。ちょっと恥ずかしいかも。


「……ど、どうしたんですか?」

「ああ。ごめんね。キミの家は、どこに?」

「り、リアンダです。田舎街の……」

「リアンダ……。家族は多いの?」

「お父さんと、お母さんと、あと、下に兄弟がいっぱいいます」

「そっか……」


 ジオンさんがふわっと、しあわせそうに笑った。大切な面影を追いかけるみたいに、目尻を下げる。

 すっごくきれい。


「キミにこれをあげるよ。セラに会わせてくれたお礼」


 ジオンさんはそういって、ポケットから赤い宝石のついたネックレスを取りだした。


「え! い、いただけません」

「いいんだ。もらってくれるとうれしい」

「でも……」


 ためらっているあいだに、ジオンさんはわたしにそのネックレスをかける。シャランッと、わたしの胸の中心で赤い宝石がゆれた。


「あ。でも、売らないでね。ずっともってて」

「う、売りません! たしかにビンボーですけど……。大切にします!」


 大きくうなずくと、ジオンさんはうれしそうに笑って立ちあがった。


「さてと、帰ろうかな」

「お。帰る気になったのか」


 クロウがニヒルに笑ってジオンさんにつっかかる。


「まぁね。体の回復もしたいし。こんなボロボロの体じゃ、なにもできない」


 ジオンさんが苦笑して、そしてわたしを見る。

 大きな手で、ふわりと頭をなでてくれた。


「ごめんね、キミのチカラが必要なんだ。もう一度だけ助けてくれる?」

「え? は、はい! もちろんです!」


 両手のこぶしをぎゅっと握って大きくうなずく。


「クロウ。聞こえた声はキミの部下?」

「オルティット。たぶんな」

「じゃあ、彼を座標に使わせてもらうかな」


 ジオンさんはクロウと話したあと、わたしを見た。


「私が教えた言葉をいってくれればいい」

「わかりました!」


 ジオンさんが「このあたりかな」といって、床に素早くふしぎな模様を描いた。

 所長さんがつかっていた契約陣みたいなの。

 大きな円のなかに、変な文字みたいなのが描かれている。


「こっちにきて」

「はい」


 ジオンさんが描いた陣の手前に移動して、一度深呼吸をする。

 気持ちを落ちつかせから、ジオンさんにおしえてもらった言葉をつむぐ。


「インカーティオ・ひらけ次元の扉『オルティット』!」


 ぐにゃっと空間が曲がったような感覚がした。

 ちょっとだけ気持ち悪さがきて、うっと顔をしかめる。

 なんだろう。元気が吸いとられていくみたいな。


 魔法陣が少しずつ白く光りだして、その光がつよくなっていく。

 ふわっと、魔法陣から風も湧き上がってきた。


 す、すごい。なんか魔法って感じがする!


 しばらくすると、魔法陣の真ん中に、ひとりの男の人があらわれた。

 体は透けていたけど、長い薄紫色の髪をうしろでひとつに束ねている、すっごくカッコイイ人!


「うわっ、なんだこれ……」


 男の人がびっくりしたように、きょろきょろとあたりを見回した。

 そして、わたしたちのほうに視線を向けて、ぱぁっと顔をかがやかせる。


「王! 元気でしたかなにしてるんですかいつ帰ってくるんですか!」


 まくしたてるようにそういって、走る動作をした。

 王ってことは、ジオンさんの知り合いかな?

 あれ、でもオルティットって人は、クロウの知り合いだったような……?


「あー。オルティット。おまえは座標に使われただけだ。当分帰らない」


 クロウが深いため息をつきながらそういった。めんどうくさそうに、追い払うように手をふっている。


「座標⁉ なんですかそれ。……って、そちらにいらっしゃるのは、先々代⁉」


 男の人がジオンさんを見て、こわばった顔でその場に片足をついてひざまずいた。


「説明はあとでするよ。そろそろ限界だろうから」

「無理させんじゃねえよ。とっとと帰れ」

「まったく。それじゃあ、またね。ありがとう、リディル」

「は、はいっ。お元気で」


 ジオンさんは、はじめて会ったときとは別人みたいな、晴れやかな顔をしてうなずいた。そして、薄紫色の髪の男の人に近づくと、右手をかかげて、小さく言葉を口にする。


帰還するリヴェール


 その瞬間、ひゅんっと、瞬間移動でもしたみたいにジオンさんの姿が消えた。


「どわ⁉ 先々代⁉ なにが……? ちょっと王! 聞いてます? 王!」

「リディルもういい。閉じろ」

「え……。わかんな……」


 閉じろといわれても、どうしたらいいのか。

 オロオロしていると、体からズズッとチカラがぬけていくような感覚がして、目の前が真っ暗になった。

 急にねむくなったみたいに、まぶたが落ちてくる。

 膝からくずれおちそうになったところを、腕みたいなのがわたしのおなかに回ってきて、そのまま支えてくれる。


「ほら見ろ。魔力切れ起こしたじゃねえか」

「ごめんねー。リディルちゃん。ありがとう、ゆっくりおやすみ」

「くろ……」

「かってに運ぶから寝てろ」


 クロウと所長さんの声がして、ひざの裏と背中あたりに腕がまわってきた感覚がした。

 ものすっごくねむくて。

 さっき見た奇跡のような光景にのまれるように、ふうっと意識が遠のいていく。


 わたしは、ちゃんと役に立てたかな。

 ジオンさんも、セラさんも、最後のお別れがちゃんとできたんだよね?

 召喚士と召喚獣。

 でも、恋人だった二人。


 二人に、なにがあったんだろう。

 いつかわかるのかな。


 ひょいっと体が浮きあがる感覚がしたのと同時に、わたしの意識はふっとねむりのなかに落ちていった。

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