第21話 たったひとつの願い1

「ええ! そうだったんですか⁉」


 ジオンさんが、召喚都市ディセリラをつくった⁉

 じゃあ、この街は、召喚獣がつくった街だったってこと⁈


「私は各地の召喚士たちを集め、あらたな街をつくった。国の支配がおよばない、完全独立都市としてね」

「ええー! じゃあ、この街があるのは、ジオンさんのおかげってことなんですね!」


 すごいすごい! 街をつくった人に会えるなんて。

 あ、人じゃなくて召喚獣だけど。でもすごい!


「……それで、あんたはずっとこの街にいたのか?」

「……ねむっていたよ」

「寝てた?」

「そう。少々無理をしたからね」

「……ふぅん」


 クロウはジオンさんを見ながら目を細めて、こわい顔をする。

 眉間にシワまでつくっちゃって……いったい、どうしたんだろう?


「で? 起きた今はどうするんだ? 帰るのか?」


 ジオンさんはほほ笑むように目を細めて、そのままだまってしまった。クロウも、さぐるみたいにだまってジオンさんを見てる。

 な、なんだろう。

 なんだかすっごくいやな沈黙が流れてる!


「え、えーっと。ジオンさん、もし行くところがないなら、ここで休んでてください!」

「は? おいリディル。ただでさえせまい部屋で、なにいってんだよ」

「しょうがないよ。クロウはわたしといっしょに、今日も床で寝よう?」

「はぁ? またかよ……」


 クロウがいやそうにくしゃっと顔をよせる。

 そんなこと今さらいったって、しょうがないよ。ビンボーだもん!


「私のことは気にしなくていいよ」


 ジオンさんがにこりと笑って起きあがろうとしたけれど、ふらっとよろけて、ベッドに尻もちをつく。


「大丈夫ですか⁉」

「すまない、めまいが……」

「そのまま休んでてください。なにか食べるものつくりますね!」


 さっそくお料理をしようと立ちあがって、ハッとする。

 回復薬つくってすぐ帰ってきたから、今日食べるものがなにもないよ!


「クロウ。わたしお買いもの行ってくるね」

「……俺も行く」

「え? クロウは待ってていいよ」

「いいから。とっとと行くぞ」


 乱暴に腕をつかまれて、そのまま引っ張るように扉につれてかれる。

 もう、さっきから不機嫌そうな顔ばっかり。どうしちゃったの?


 部屋を出るまえに、ベッドの上にいるジオンさんに声をかけた。


「ねててくださいね!」


 バタンと扉がしまって、そのままクロウと並んでお家の外に出る。

 ジオンさん体調悪そうだったし、精のつくものがいいよね。

 やっぱり、お肉? でも昨日も買ったし……。あんまりお肉ばかり買うとお金が……。

 そういえば、へそくりあとどのくらいだったかな。

 どうしよう、今月のお金、大丈夫かな?


 ドキドキしていると、となりを歩いていたクロウがボソッとつぶやいた。


「あいつ、嘘をついてる」

「え?」


 あいつって、ジオンさんのこと?


「たしかにいっていることに筋は通っているが、どうやって都市をつくった?」

「それは、すーっごいチカラを使ったとかじゃない?」

「あほ。あいつはパートナーがいないんだぞ」

「でも、王様ならそのくらいできるのかも」

「原理的に、俺たちはこの世界では人の魔力を使わないと魔法が使えない」


 つまり、どういうことだろう?


「……この街をつくったのが嘘ってこと? でも、そんな嘘つく必要なんてないと思う……」


 だって、ジオンさんがこの世界にきたのは本当だし、クロウだって最初に情報がへんだっていってたし。


「なら、あらたな契約者をかくしてる」

「……どうして?」

「さあな。どっちにしろ、パートナーがいないとチカラは使えない。なら、パートナーは必ずどこかにいるはずだ。どうして別行動しているのかは謎だが……」

「でも、本当にジオンさんがこの街をつくったなら、ここにきたのはなん百年もまえだよ。この街はすごい昔にできたって、聞いたことあるもん」


 クロウはむずかしい顔してだまっちゃった。

 もう、そんなこと考えなくてもいいと思うのに。

 ジオンさん、いい人そうだったし。


「ねぇねぇ、クロウ」

「なんだよ」

「お夕食なににする? わたし今あんまりお金ないんだけど、やっぱりお肉がいいかな?」


 クロウがうろんな目でわたしを見て、深いため息をついた。


「……あほくさ」

「え?」

「あんたが能天気すぎて、考えるのがバカらしくなった」

「じゃあお肉食べる?」

「なんでそうなるんだよ。あんたが食いたいだけだろ」

「う。だって、お肉おいしいもん。お金ないけど……」


 クロウがのどの奥でちいさく笑う。

 あ、こわい顔じゃなくなった。あんまりこわい顔してると、眉間にシワができてとれなくなっちゃうって、エリーさんいってたし。


「明日にでも回復薬売ればいいだろ」

「今日のはだめ?」

「却下」

「どうして? 同じじゃないの?」

「今日のほうがいいヤツ。たぶんな」


 回復薬にいいとか悪いとかあるんだ。うまくできた回復薬ってことかな?

 そういえば、あの回復薬は二個できてたし、なんか特殊なのかも。


「じゃあ明日……って、あ!」

「なんだよ」

「アイテムかってに売っちゃだめって、エリーさんが」

「無視すりゃいいだろ」

「だめだよ」

「なら、あの所長さんってヤツに買い取ってもらえばいいだろ」

「あ、そっか! あれ、でもいいのかな……」


 売るのはだめだけど、所長さんは召喚士って知ってるからいいのかな? うーん……。


 いろいろ考えて、なやんで、けっきょく、ないお金をはたいて今日もお肉を買った。

 やっぱり、元気になるにはお肉が一番だからね!


 クロウとお買いものをして、家にもどっている途中、たくさんの人にまぎれて、長い銀色の髪がうす暗い裏路地にスッと入っていくのが見えた。

 暗かったけど、ちょっとだけ顔も見えた。綺麗にととのった横顔。

 今のって、ジオンさんだよね?


「クロウっ」

「なんだよ」

「今、ジオンさんが……」

「は?」


 クロウにジオンさんっぽい人が裏路地に入っていったことを話す。

 話を聞いたクロウは目をするどくして、ジオンさんの消えた路地を見た。


「追うぞ」

「え、う、うん。わかった!」


 具合悪そうだったのに、ひとりで外に出るなんて心配だもんね!


 クロウと一緒にジオンさんが入っていった裏路地に向かう。

 まずは大きな建物の陰にかくれて、そーっと路地をのぞく。くらいけど、音もしないし、だれもいないみない。

 クロウが目で「行くぞ」って合図をだしたから、わたしは小さくうなずいた。


 先にクロウが入って、うしろからわたしがついていく。

 クロウは曲がり角があるたびにこそこそかくれて、ジオンさんがいなかったら足音に気をつけながら駆け足でつぎの曲がり角までいどうした。

 わたしもそれにならう。

 だって、足音を立てたら、クロウににらまれちゃったからね。


 何回目かの曲がり角で、すこし先に、かべに手をつきながらふらふら歩いているジオンさんが見えた。


「あ、ジオ……ふがっ」


 声をかけようとしたのに、クロウがうしろからわたしの口をふさいだ。


「しー。このままあとつけるぞ」


 ええ? あとつけるって、なんだか悪いことしてるみたいだよ!

 わたしの視線に気づいたクロウが、ふんと鼻を鳴らす。


「あんな体で出歩いて、あやしさしかないだろ」


 わたしはなんとかクロウの手からぬけ出して、ひそひそと話す。


「でも、具合悪そうだし、はやくお家にもどらないと」

「自分でぬけ出したんだぞ? なにか目的があるんだろ」

「でも……。クロウのいた場所の王様なんでしょ? 王様にはていねいに接しないと」

「元な。元。今はちがう。いいから追うぞ」


 クロウがジオンさんを追って歩きだしたから、わたしもしかたなくあとを追った。


 しばらく上り坂がつづいて、人の気配がなくなってくる。

 この先にあるのは、憩いの丘だったはず。街が見下ろせるちょっとした丘。木や花がいっぱいで、小さい動物もいるのんびりした場所。

 わたしも食べるものに困ったときに、ここの木の実にお世話になったなぁ。


 でも、夜は足もとがくらくて危ないから、あまりくる人はいないのに。なにか用だったのかな?


 ジオンさんは憩いの丘につくと、たくさんの星の下、たおれていた木に腰かけて、ぼんやりと空を見あげていた。


 わたしとクロウは、大きな木の陰にかくれて、うしろからジオンさんをながめる。


「見てごらん。セラ。街はずいぶんと綺麗になった」


 セラさんに話しかけてる?


「もう一度キミに会えたら、聞かせてくれるかい? どうして契約が解除されて、キミはどこでどうやって亡くなったのか。それによっては……」


 うーん陰になってよく見えないよ。ジオンさんはなにかに話しかけているみたいだけど……。

 もうすこしよく見ようと、身をのり出してみる。


 すると、ジオンさんが手にキラキラとかがやく石のついた髪飾りをもっているのが見えた。

 ……もしかして、あれに話しかけているのかな。セラさんのもってた髪飾り?


「……あいつ、まさか」


 同じように身をのり出していたクロウが、こわい顔をして考えこむみたいにだまっちゃった。


「どうしたの?」

「話しかけんな。考えてる」


 もー。自分かってなんだから!

 むっとしながらもう一度ジオンさんを見て、ふと、ジオンさんのまわりに小さな光がひとつ、ふよふよ浮いているのに気づいた。白い光がふわっと優しく輝いていて、暗闇を照らす天使の光みたい。すっごく綺麗。


「クロウ見て。綺麗。光る虫かな?」

「……いや。あれは、魂だろうな」

「魂?」

「人の魂だろ。あいつ、見えてないのか」


 人の魂って……。ええ⁉


「そんなことあるの⁉」

「おいばか! 声がでけえ!」

「だれだ⁉」


 するどい声が突き刺さって、ビクンッと背筋が伸びた。

 にらむようにこっちを見ていたジオンさんが、わたしとクロウだとわかるとふっと気をゆるめて肩を下げる。


「キミたちか……」

「ご、ごめんなさい。あとをつけて……。ジオンさんがふらふら歩いていたから……」


 小さな声で、あとをつけたいいわけをならべる。

 ジオンさんは怒ることもなく、ただやわらかく目尻を下げながら笑って、ゆっくりと首を横にふった。


「いいや。私こそ、かってに出歩いてすまなかったね」


 すこしだけ申し訳なさそうに眉を下げたジオンさんに、ずいッとクロウが歩みよる。


「……なぁ。あんたに聞きたいことがあるんだが」

「……なんだい?」


 ジオンさんはにこりと笑っていたけれど、クロウとのあいだに目に見えない火花みたいなのが散っているように見えた。

 ふたりとも、ほんとうに、どうしちゃったの?


「……あんた、人体蘇生を行おうとしてるだろ」


 じんたいそせい? って、なんだろう?

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