第22話 たったひとつの願い2

「……ねぇ、クロウ」


 くいくいっと、クロウの服をうしろから引っ張ると、クロウはめんどうくさそうな顔をしてふり返った。


「人を生き返らせるってことだ」


 聞きたいことがわかってたみたいに、クロウは説明してくれる。

 なるほど! とうなずいて、数拍。わたしは意味を理解して体をのけぞらせた。

 人を、生き返らせる⁉


「そんなことできるの⁈」

「ふつうは無理。だけど、こいつは……仮にも元王だからな。しかも、歴代最強というウワサだ。膨大な魔力さえあれば……おそらく」


 うそー! 人を生き返らせる召喚獣なんて聞いたことないよ!

 わたしはそぉっとジオンさんの顔を見た。

 ジオンさんはしずかにほほ笑んだままで、なにを考えているのかわからない。

 生き返らせるって、セラさんをってこと、だよね。


「ただ、人を生き返らせるなんて、それこそ途方もない魔力が必要だ。あんたには、パートナーもいる気配がない。最初はパートナーをかくしているのかと思ったが……」


 クロウはチラリとジオンさんがもっている髪飾りを見た。ジオンさんは髪飾りを包みこむように、両手で大切そうにもっている。

 たぶん、クロウはジオンさんが今も大切そうに髪飾りをもっていたから、ちがうって思ったのかな?


「パートナーがいないとなると、魔力をどこから集めてるのか。あんたが蘇生を考えているなら、かくじつにどこかから魔力を集めている。そこで、リディルと行った、試験会場。そこに、不自然な陣の一部があったのを思い出した」

「……そうだっけ?」

「ばか。あっただろ。地面に白い線が」

「うーん。あ! そういえば、召喚の間の床には、白い線の模様があったかも!」


 白いペンキみたいなので、ふしぎな模様が描かれていたんだよね。

 たしかに思い返してみたら、クロウは試験のときにすごく地面を見ていたかも。

 陣っていうのは、たぶん所長さんが使ってた契約陣みたいなのってことだよね。まるのなかに、ふしぎな文字が書いてある。


「あんたがこの街をつくったなら、この街周辺で使われた魔力の一部が、俺たちの世界ではなく、自分に送られるように陣をつくることも可能だ。そして、あんたは魔力がたまるまで、ねむりについた」


 だ、だんだんわからなくなってきた。

 つまり、どういうことなんだろう?

 ジオンさんは寝てるあいだにチカラを回復してたってことかな?


 チラッとクロウとジオンさんを交互に見る。

 クロウは不機嫌そうな顔をしてて、ジオンさんはただほほ笑んでる。でも、どっちも雰囲気というか、オーラというか、なんかこわい。背後に虎と竜がいるみたいな。バチバチしてる!


「……どうかな?」


 ジオンさんのあいまいな言葉に、クロウが舌打ちをした。


「おかしいと思ったんだよ。いくらリディルの元へ行きたいやつらが多かったとしても、魔力循環がとどこおるほどじゃないはずだ。でも、あんたが一部をかすめとっていたなら、それが積もって異変が起きはじめてもおかしくない」

「え。でもクロウ、最初きたとき、わたしのせいって怒ってたのに」

「あんたのせいでもある」


 スパっといいきられて、むっと口をとがらせる。

 わたしを見たクロウは鼻で笑って、わたしのタコ口をつぶすみたいに、わたしの頬を片手でむぎゅっとつかんだ。


「いじけんな」

「いじけてない……」


 クロウの手を引きはがして、ぷいとそっぽ向く。

 ふと視界に入ったジオンさんが、なんだか遠くを見るような、さみしそうな目をしていた。


「ね、ねぇクロウ。じゃあ、もうセラさんを生き返らせることができるの?」

「いや……」


 クロウは歯切れ悪くそういって、小さなため息をついた。


「たぶんだが、あいつに蘇生を行えるほどのチカラはない」

「え……。じゃあ……」


 そぉっとジオンさんを見ると、目が合った。

 ジオンさんは観念したみたいに肩をすくませて、おどけたように笑う。


「まだ、完全にはたまっていないよ。セラの、魔力がした気がしたから。つい起きてしまったんだ」

「セラさんの?」

「どうやら気のせいだったみたいだけどね」


 ジオンさんは手に持っていた髪飾りを大切そうに胸に抱きよせて、ゆっくりと空を見あげた。そして、まぶしそうに目を細める。


「ほんとうは、わかってるんだ」


 小さな声が、ぽつりとひびいた。


「蘇生なんてさせても、セラはよろこばないこと。もうこの世のどこにも、彼女はいないこと」


 かける言葉がみつからなくて。

 わたしはこの目の前にいる悲しそうな人の願いが、すこしでも叶ったらいいのにと思って、祈るように胸の前でぎゅっと両手を握った。


「ただ、どうしても。一目だけでも会いたいんだ。この体がくちるまえに」

「くちるって……」


 わたしのつぶやきを聞いたクロウが、わたしの耳もとでこそこそとささやく。


「……あの体はもう限界だ。ふつう、パートナーなしでこの世界に具現化なんてできない。執着というか、もはや執念みたいなものだろ」

「限界になると、どうなるの?」


 クロウは言葉にするのをためらうみたいに、一瞬空気を噛んで、数拍ののち、しずかに音にした。


「……消滅する」

「え」

「消えるんだよ。もとの世界にもどることもない。生まれ変わりの歯車からもはずれる、完全な消滅だ」

「……そんなっ!」


 たくさん召喚に失敗して、目のまえで消えていった召喚獣を見送ったときの気持ちを思い出して、胸がきゅーっとなった。


 あの子たちは、もとの世界にもどったってクロウがおしえてくれたけど、ジオンさんはそれができないってことだよね。


「なんとかできないの? もとの世界に帰す方法とか」


 クロウは記憶をさぐるように腕を組みながら目をとじて、しばらくしてゆっくりと目をあける。


「……次元の扉をひらければ、あるいは」

「次元の扉?」

「いってただろ。あいつ、この世界にはひずみを通ってきたって。それが、こっちからひらけるなら、もどれるはずだ」

「なるほど! クロウ、頭いい!」


 小さく手をたたいて、「ひずみはどこにあるの?」って聞いたけど、クロウは肩をすくめた。わからないってことみたい。


「ま、もし次元の扉がひらけたとしても、帰らないだろ」

「どうして?」

「契約が切れたパートナーのために、執念でこの世界にくるようなやつだぞ。蘇生できるまで帰ると思えない」


 そういわれると、そんな気もしてくる。

 でも、わたしがセラさんだったら、ジオンさんが消滅するのはぜったいにいやだと思う。

 好きだった人が、自分のせいで消えちゃうかもしれないなんて、そんなの悲しすぎるよ。


「……会わせてあげられないのかな。セラさんに」


 わたしのつぶやきに答えはなくて、しずかに星空のなかに消えていった。




***




 次の日、万屋探偵事務所にきたわたしは、所長さんとならんでお茶の準備をしながら、昨日の回復薬で男の人が目を覚ましたことを所長さんに報告した。


「おー、よかったね」

「はい! あ、でも……」

「ん? どうかした?」


 わたしは所長さんに相談するか迷って、カップに茶葉を入れてた手を止めて、所長さんの顔を見る。

 目が合うと所長さんはにこっと笑ってくれて、その安心させるような雰囲気に、ぐるぐるした不安な気持ちが消えていく。


 いろんなこと知ってる所長さんなら、いいアイデアをくれるかも!


「あの……」

「ん?」


 内緒話をするみたいに両手で口のまわりを囲うと、所長さんがかがんで耳をよせてくれる。

 わたしはジオンさんが召喚獣であることや、パートナーを生き返らせようとしてること、でも魔力が足りないこと、それから。

 ジオンさんはもう消滅してしまうかもしれないことを、こしょこしょと説明した。


「うーん。なるほど」


 姿勢を正した所長さんは、あご先に指をそえて、すこしだけむずかしそうな顔をする。


「ど、どうしたらいいと思いますか?」

「リディルちゃんは、助けてあげたいんだね。その召喚獣を」

「は、はいっ」


 力いっぱいうなずくと、所長さんはうんうんと満足そうにうなずいて、にっこりと笑う。


「なら、人の魂を召喚すればいい」

「……え?」

「リディルちゃんが、人の魂を、この地上に召喚するんだ」


 人の魂を、召喚?

 所長さんのいっている意味がよくわからなくて、眉を下げて所長さんを見る。


「ど、どういうことですか?」

「そのままだよ」

「でも、そんなこと……」


 人の魂を召喚するって、どういうこと?

 そんなこと、聞いたこともないよ。

 しかも、わたしが?

 クロウじゃなくて……?


 所長さんは戸惑うわたしの頭を大きな手でぽんぽんとなでて、にっこり笑う。


「できるよ。きみなら。だって、召喚士でしょ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る