第12話 小さな召喚士1

 はじめて入ったあこがれのお店のなかは、わたしのオンボロ家とちがって、きちんと整理整頓されたきれいな場所だった。


 出窓の近くには葉っぱがツヤツヤしてる緑の植物がかざられていて、かべにはびっしりとなかのつまった本棚がならんでいる。

 ほかにも、横に長いテーブルとふわっふわソファ。

 この部屋の奥には台所があるみたい。


 ここで、所長さんが暮らしてるんだ。


「きれいっ! ステキなところですね!」

「そお? ありがと。リディルちゃんたち、そこ座ってて」


 ふわふわのソファに案内されてつい座っちゃったけれど、だめだめ。お仕事なんだから!


「お、お手伝いします!」

「ん? いーからいーから。座ってて」

「わたし、これでもひとりで暮らしてたんです! お茶もいれれます!」


 できることをアピールすると、所長さんは目尻をくしゃっとさげて笑う。か、かっこいい!


「働き者だねぇ」

「お、お父さんたちからは、ごくつぶしはダメだと教わりましたっ!」

「ありゃ、それは厳しい。田舎街出身?」

「は、はい。わかるんですか?」

「んー? まあねえ。じゃあ、こっちきて。そこの戸棚にカップがあるからとってもらえる?」

「はいっ」


 いわれたとおり、戸棚からカップを三つとる。ふと、ソファのほうに視線を向けると、クロウがつまらなそうに頬杖をついていた。

 ぼんやりしてるけど、考えごとかな?


「リディルちゃんの召喚獣さぁ」


 耳もとで声がして、飛びあがる。

 びっくりした。耳を押さえて振りかえると、すごく近いところに所長さんがっ。


「人型ってめずらしいね」

「あ、そ、そうみたいですねっ。わたしもはじめてですっ」

「なにができるの?」

「うーん? なんでもって、クロウはいってました」


 そういえば、とくべつ得意なことはないのかな? なんでもできるけれど、これが一番! みたいなの。雷かなって思っていたけれど、さっきは大きな炎出してたし、どうなんだろう?


「ふーん。なんでも、ねぇ。扱いには気をつたほうがいいよ」

「へ? は、はい」


 所長さんはわたしの持っていたカップをとると、作業台にならべて、ティーポットからハーブティーをカップにそそいだ。ふわっと、いい香りが鼻にやってくる。


「わぁ、いい香り」

「でしょ? 街の外のミリラの森に生えてるハーブだよ。心を落ちつかせる効果がある」

「へぇ、おくわしいんですね」

「ミリラの森はよく行くからね」

「そうなんですか?」

「依頼の定番だよ」

「えっ」


 そ、そっか。召喚士を必要とするくらいだもんね、危険な場所にもいくのかも。

 ミリラの森は、この街、ディセリラの南にある。危険な生きものがいっぱいいて、ふつうの人は近づかない場所。

 街の警備隊や召喚士、あとは戦うことを専門にしてる冒険者とかが依頼を受けていくんだって。わたしはまだ、いったことがないんだ。


「リディルちゃん、まだ見習い召喚士?」

「え、えっと……そんな感じデス」


 ううっ、本当は召喚士の資格をもらえてないなんて、いいづらくなっちゃった。どうしよう。召喚士なのは本当だけど、資格がないのはいったほうがいいよね……。


「火のなか水のなかはまだ早いね。まずは森のなかだ」


 くすりと所長さんが笑う。わたしはただコクコクうなずいた。どうしよう、どのタイミングでいったらいいかな。


 いつ打ち明けようか考えてると、お茶を入れ終わったたしい所長さんは、手早くお茶がはいったカップをトレーにのせて持ちあげた。


「あっ、わたし運びます!」

「いいからいいから。すぐだし、ほら座って?」


 キラキラの笑顔でキューンとなる。わたしは従順な子犬みたいにしずかにソファに腰をおろした。

 となりのクロウがわたしを見てニヤリと笑う。


「で、あんたはなにしてきたんだ?」

「う……カップは出したよ」

「それだけかよ」

「そ、それだけですぅ……」


 だって所長さん手際よすぎて全部終わっちゃってたんだもん。で、でも少しおしゃべりできたからいいんだ。


 目のまえにそっとおかれたカップを手に持って、鼻を近づけてあらためてにおいを嗅ぐ。ふわ〜と、やさしくてさわやかな、今までで嗅いだことのない香りが広がった。


 チラッと、となりのクロウを盗み見る。クロウはカップに口つけて満足そうにうなずいた。

 やっぱり、ウチの安いお茶じゃ口に合わなかったんだ! 嫌そうなビミョーな顔してたもん。


 ミリラの森に生えているものは、高級品が多いんだよね。わたしのビンボー生活ではとうてい手が出ないものばっかり。

 回復アイテムの材料になる薬草とか、魔法付与アイテムを作るための材料は、基本的に凶暴な生きものがいるところにある。

 街で売っててもすーっごく高かったり。


 生成系の召喚士は、あまり戦いが得意じゃないから、街で材料を集めたり依頼したりするらしいんだけど、材料費だけですごい高いから、結果的に魔法付与アイテムは目が飛び出るような金額になるんだって。


 クロウはアイテムもつくれるっていってたけど、どうなのかな?

 本当に魔法付与アイテムもつくれるなら、自分で森にいって材料をとってきて、そのままアイテムをつくるとかもできるのかな?

 もしもそんなことができたら……わたしは、いっきに大金持ちになっちゃうかも!


 妄想にくふくふ笑いながら、わたしもカップに口をつける。ひとくちふくむと、ふわっと鼻の奥から森の香りがぬけていって、身体中をやさしい匂いが包みこんだ。

 すごい。すっごい!

 これが、高級なお茶⁉︎ わたしがいつも飲んでるお茶とぜんぜんちがう!


「お、おいしいっ!」

「そう? よかった」


 ぐいぐいお茶を飲むと、所長さんがうれしそうに笑う。あんまりお茶ガブガブ飲んだら、ガサツな子だと思われちゃうかも。

 わたしはそっとカップをおいて、今度は上品に見えるようにそっとカップを持って口に運んだ。


「それじゃあさっそくだけど」


 所長さんがそう切り出して、ビクンッと背筋が伸びる。なんだろう。さっそく依頼とか⁉︎

 だ、大丈夫かな。実技試験も合格できなかったのに。今さら不安になってきちゃった……。


「あ、そう固くならなくていいよ。簡単に契約交そうか」

「契約?」

「そう。ここの従業員になりますって契約」


 そういって所長さんは立ちあがると、奥にある階段を登っていった。


 姿が見えなくなるまで見送って、ほーっと深い息をはく。


「はー、緊張する……」


 ドキドキする胸に手をあててると、クロウがふくみ笑いをしながら横目に見てきた。


「あんた、あいつに気があるのか?」


 びっくりしすぎてのけぞりそうになっちゃった!


「えっ⁉︎ な、ち、ちがうよ! そんなんじゃなくて!」

「バレバレだろ」


 顔がいっきにあつくなった。なるべく見えないように両手で隠す。どうしよう。今顔真っ赤になってるかも!


「ここで働きたくて召喚士になったんだったか?」

「そ、それは、働くなら、ここがいいなーって」

「ふぅん?」


 見透かしたようなクロウの目がグサグサ突きささる。


「あいつはあんたのこと知らなそうだったけどな」

「うっ」


 キツい一撃が胸に突き刺さった。

 クロウってば、もうちょって手加減してくれてもいいのに……。


「こ、この街に来たころ、まだ右も左もわからなかったころにね、スリにあっちゃって……。お父さんとお母さんがへそくりはたいてくれた全財産が入ってたの。それをね、所長さんが取り返してくれたんだ!」

「ふぅん」

「そのときから、ずーっと憧れなの! 召喚士を募集してるの知って、どうせならここがいいなって!」

「下心ってやつか」

「うぐっ。しょ、所長さんにはナイショにしてね?」


 不純な動機だって知られたら、嫌われちゃうかもっ! それだけはぜったいにダメ!

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