2023年11月10日 とうとう美少女になってしまった。
とうとう美少女になってしまった。
鏡を見るとちんまりした卵型の顔がこちらを覗き込んでいる。目は切れ長でありつつ大きく、目の色素はグレーを帯びて薄い。漆黒の睫毛は羽根箒のようにふさふさである。もちろんくるりと上を向いている。鼻は眉間の真下から隆起し、大きすぎないけれど高さがあり、尖っている。唇はキュッと締まっており、糸で縛っているのか?と思えるほどしっかりとうねっている。肌は頬が桜色ですべすべさらさらとしている。不健康なクマなどどこにもない。
美少女になってしまった……。
あのとことん丸くて大きな顔はどこへ。歌舞伎役者なのか?と思うほど広範囲で紫色のクマはどこへ。脂性肌のテカりやすい肌はどこへ……。
美少女になってしまった。
悪魔と取引をしてしまったのだ。私を美少女にしてください。そしたら一生名声などいりませんと。悪魔は言った。君のこの先の名声はほとんどないから三日だけだよ。
服がだぶついている。ウエストが細くなり、骨格ストレートからナチュラルになったのだ。背も高くなったらしく、高みから自分のつま先を覗いている。手足も長く細くなった。友達から「ウインナーソーセージみたいな指」と言われた短い指も、美少女に似合う細くて長くて華奢なそれである。爪も何故かきれいに手入れされている。
うわあ、とつぶやいた。それも当然だ。私は自分の容姿が変わるのに抵抗があるタイプなのだ。いくら太っていて背が低く顔が大きかろうとも、それが私だったのだ。髪を初めて染めたときのことを思い出す。レッドブラウンに染めたら一瞬にして後悔して次の日には元に戻した。それがまるで別人の私になったのだ。後悔が頭をよぎった。
でも、この姿なら○○ちゃんがまた好きになってくれるかもしれない……。
甥っ子の○○○は三歳になったばかりである。躊躇なく好きな人を順位づけする。私は甥っ子の好きな人ランキング一位だった。ダントツの。私が行くところに必ずついてきて抱きついたり上目遣いで甘えてきた甥っ子である。それが、今日のLINE電話でこう言われたのである。
「一番好きなのは□□ちゃん!」
□□ちゃん……? □□ちゃんとは義弟の妹さんである。甥っ子はこの間その人の結婚式に行き、リングボーイを務めた。ベタベタ甘えていた話は聞いていたが、一位を取られたのか……。
「二番目は……?」
私が聞く。さすがに二番目になってしまったが、大丈夫、私は甥っ子の好きな人だ。
「二番目はたぬざぶろう!」
甥っ子は最近ハマっている国民的アニメの主人公であるたぬき型ロボットの名前を上げた。たぬ……ざぶろう……?
「次に好きなのはおばちゃんだよ」
甥っ子は照れくさそうに全身をくねくねさせながら上目遣いに言った。三番だけど好きだから照れるか、なるほど。
「あ、でもだら介くんがいた!」
だら介とはたぬざぶろうが面倒を見ている人間の少年である。甥っ子はたぬざぶろうよりだら介のほうが好きなのだ。
つまり、私は四番目なのだ。
失意のままLINE電話から離れ、私は悶々と過ごした。一日、二日、三日、四日目まで耐えた。でも私は美少女になろうと決意してしまった。
普段は紙の雑誌を買うのは嫌いだし、おまけつきはゴミになるので余計に嫌いだ。でも、私は悪魔が付録の占い雑誌を買った。
「三日分の名声が消える? 大丈夫です。お願いします」
私は悪魔に堂々とためらいなく頼んだ。悪魔は気の毒そうにうなずき、私の名声すべてと美少女の容姿を交換して去っていった。
そしてまた甥っ子にLINE電話をかけている。私の妹であるママのスマホを勝手に開いたようだ。甥っ子が出た。
「○○ちゃ〜ん! おばちゃんだよ!」
甥っ子は、引いていた。私は必死に呼びかける。
「○○ちゃん! おばちゃん! わかるでしょ?」
「おばちゃんじゃない!」
甥っ子はそれだけ言うと画面を切った。
そりゃそうだ。私は作戦失敗に納得し、三日間を美少女として過ごした。
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