第2話

 そうこうしているうちに、あっという間に手術の日はやってきた。というのも、本当は2週間後に手術の予定だったのだが、進行が早かったために日程も繰り上がったのだ。

 看護師の人に「肉離れ」と称され、過去同じ手術をした人から「痛い」「しんどい」と評判の手術をしなければならないことに軽く絶望したのだが、手術を受けないなんて選択肢ははなから用意されていない。そんなに痛い思いをしてまで、十数万円もかけてまで、私の片目は治す価値があるのだろうかと思ってしまう。

 手術の技術がない時代、片目を諦めるしかないと言われたときとどっちがよかったのだろうと、ふと思った。

 きっと他人は、

「そんなの治せる方がいいに決まってる。一生見えないのと、いっとき我慢するのとでは意味が違う。お前は恵まれている方だ」と言うだろう。

 私もそう思う。そう思うけれど、手術目前の私からしたら、手術なんて選択肢がなければ痛い思いをしなくて済むのにと思えてしまう。そもそも人と比べられたって困るというか、比べられたくない。私の不幸は私のものであって、だれかの物差しに当てはまるものではない。味覚が人と違うように、痛みの感じ方も、物事の捉え方も人による。


 解消されることはないだろうモヤモヤを抱えながら、手術のときはやってきた。

 手術は局所麻酔で、眠ることはできない。その説明を受けたときがなにげに一番ショックを受けたかもしれない。眠っている間にすべて終わってほしかった。いびきの心配をしなくてよくなったといえばそうかもしれないがしかし、意識があるということは、目は見えているし音は聞こえてくるのだ。メスを目に入れられるところが見えるとか、想像するだけで恐怖だ。

 と身構えすぎて血圧がとんでもなく上がっているのにも構わず、まるで日常だとでもいうように「それじゃ始めていきます」と医師せんせいは平坦な声で言った。


「ミドリンPとって」

「綿棒とって」

 と医師せんせいたちの声が聞こえる。視界はというと、真っ暗になっていた。正確にはときどき白い光が入ってくる場面もあったのだが、映像として見えてくることはなかった。脳と目の繋がってるどこかになにかをしているから見えなくなっているのだろうが、正直ありがたかった。

 ただ、やはり筋をつままれる感触みたいなものはあり、ときどき痛かった。それを伝えると麻酔を追加してもらえたのだが、このとき麻酔を追加されなければ後の不幸は起きなかったかもしれない。

 さて手術中、予想外につらいことがあった。

 私の手術は2時間から3時間ほどかかるものだったのだが、長時間の手術だとなにが起きるかというと、硬めの手術台に仰向けになっていると肩あたりの背中と首が痛くなってくるのだ。そのため手術の途中でタオルを挟んでもらうという、少々申し訳ない事態となった。


 手術が終わったとき、声がかけられた。

 起き上がるよう言われ、その通りにしたとき。脳が激しく揺さぶられるような不快感に襲われた。新型コロナウイルスと生理が被って意識が飛びかけたときとほぼ同じ不快感。それはすぐに吐き気となった。

 しかし手術数時間前は食べ物を食べていなかったため、吐き出されたのは胃液だったと母から聞いた。その後ベッドで眠ったのだが、一時的にトイレに行けるようになった。

 そのときに帰っておけばよかったのに、もうひと眠りしてしまった。

 するとまた起き上がれないほどの吐き気に襲われ、その後数時間身動きが取れず、最終的には看護師さんにおぶってもらって車まで運ばれた。車椅子で移動ができればよかったのだが、車酔いしているときにコーヒーカップに乗るような心地だったのだ。

 私が世話になっている病院は入院というものがなく、手術後しばらくは連日で通わなければならない。当初は送迎のあるこのシステムが非常にありがたかったのだが、こうも気分がすぐれないときに入院という選択肢がないと、これはこれで困る。


 結局手術から約一週間は食欲が戻らなかったのだが、それよりもショックな出来事に直面することとなる。

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22歳、網膜剥離 木風麦 @kikaze_mugi

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