第29話 体育祭の練習 その2

 「位置について、よーい」

パン、っとピストルの音が響き渡った。


 私は一瞬出遅れてのスタートを切ることになった。

ただでさえ遅い私がスタートのサインへの反応が遅れてしまった。


 私と走る人皆速すぎない?

もう3人ともゴールしちゃってるよ。


 私も4秒ほど遅れてゴールした。

「はあっ……はあ、はあ」

「春香ちゃん、息切れるの早くない?」

「私……はっ……運動神経悪いん、ですっ。はあっ、はあ」

「私の肩貸すから一緒に戻ろ?」

「ありがとうございます」


 私に肩を貸してくれた人はおそらく別のクラスの人なのだろう。

顔を見ても名前が出てこない。

これでもし同じクラスだったら申し訳ない。

出来るだけクラスの話題は出さないようにしよう。


 いや、待てよ。

この人はさっき、私の事を"春香ちゃん"と呼んだ。

だとしたら、おそらく同じクラスなのだろう。

ここまで優しくされて名前も知りませんとは絶対に言えない。


 クラスの話が出ないことを願って招集所まで移動してきた。


 「すみません。助かりました」

「大袈裟すぎでしょ。別に気にしなくていいからね」


 とりあえず、後で教室に戻るタイミングが来たらこの人の名前を確認しておこう。






 午前中の練習が終わり、昼食の時間だ。

教室へ戻り、弁当を取るついでにさっきの人の名前を確認しておこう。


 出席番号も知らないから名前が突き止められない。

盲点だった。

まあ、もう話さなければ問題ないだろう。


 「あっ、春香ちゃん。また会った」

さっきの人が話しかけてきた。

同じクラスだということは何となく分かっていたのだからもう少しタイミングをずらして弁当を取りに来るべきだったか。


 「あはは、さっき振りですね」

「今日も彼女さんとご飯かな?」

「知ってるんですね」

「結構広まってるよ」

「広まって困るような話でもないですし、私は問題ありませんけどね」


 「それじゃあ、私はそろそろ行きますね。彼女を待たせてるので」

「うん、またね」


 今は体育祭前の練習期間中なので体操服のままでいてもいいのだ。

体操服着たまま弁当を食べるのは新鮮な感覚だ。


 「お待たせ、凛音」

「……」

 凛音は少し元気が無さそうだ。

2つの競技を担当しているから負担も2倍で疲れているのだろうか。

凛音に元気が無い事、体操服を着ていること以外いつも通り、中庭で昼食を食べながら、2人の時間を過ごす。

 

 「凛音、疲れてるの?」

「……」

全然何も言ってくれない。もしかして何か怒ってたりする?


 「大丈夫? 怒ってるの?」

「……」

「保健室行く?」

「……春香」

「ん?」


 ようやく凛音が口を開いてくれた。

口も聞けないほどの何かが凛音に起きているのかと思って心配した。

でも声色が暗い。普通の状態ではなさそうだ。


 「……っ」

凛音が寒さを堪えるかのように、両方の手で、それぞれの手の反対側にある二の腕を掴み、震えている。

凛音は今、どういう状態なのだろうか―――

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