其の百十一:書き換えて候

 栄と共に飯を食った後。ワタシは再び江戸へ出向き、浅草近くの、人通りが多い通りまでやってきた。


(今日も今日とて何も無し…平和なのは良い事だがなぁ)


 通りの隅にある茶屋に立ち寄って団子を買い求め、軒先の椅子に腰かけてそれを食べながら人通りを眺めるワタシ。最近、時を開けずに江戸へ出向く事が多くなったが…ものだ。相変わらずの人の流れ…何も起きない、何も変化の無い光景を見ながら、ワタシは死んだような目をしていた。


「さて…ちょっとみっかぁ…?」


 変わり映えしない人通り。数百年前から殆ど変わらぬ人の姿…火事でちょこまかと変われど風景を見て溜息をついたワタシは、懐から一分銀を取り出して適当な所に投げて見せる。


 ヒュッと投げて通りのど真ん中。

 ヒョイと投げてワタシの目の前。

 シュッと投げて通りの向こう側。


 今日のワタシは、この間よりもだ。と、いうのも…管理人稼業はし、何よりも金を使う場面が余りない。だから、こうしてワケで…ワタシは何の感情も無く金を投げ捨て続けて、通りの一部を金の光でキラキラさせると、再び団子を手にして目の前の光景に目を向けた。


「おっ…今日はツイてるぜ」

「これは…おぉ…誰か落しやがったなぁ?」

「ん?…金だ!!」


 通りを行く人々の中に、チラホラと金の存在を見止めて足を止めた者達が現れだした。奴等は一分銀を見つけて拾い上げると、それを悪びれもせずに懐へ忍ばせ去っていく。これで、少しの間に、複数人の記録が書き換わった事だろう。


(一分銀程度で変わる記録…か)


 呆気ないほどに虚空記録。ワタシは懐から虚空記録帖と鉛筆を取り出して、今、金を持って行った連中の記録を表示させた。


「ほー…」


 結果を見てみれば、軽微な変化が出ている様だ。誰がか分からなかったから…とりあえず何人かの記録は予め出して確認していたのだが、その内の数人の記録が、ワタシが確認した時と変わっている。


 冷や飯を食うはずだった男の晩飯が暖かい屋台飯に変わったり…みすぼらしい娘に簪を買ってやることにした女。道端の乞食に石代わりにして一分銀を幾つか投げつける小金持ち…まぁ、金の使い道は千差万別と言えるだろうが、兎に角、記録は元のそれから書き換わっていた。


 ワタシはその記録を眺めながら、団子を口に運んで口内を甘味で満たして次の事を考える。事には成功したが、ならば…これをにはどうすればいいだろうか。そこまでの事が出来ればにも使い様が生まれてくる筈なのだが…


「……流石に無理かねぇ」


 団子を食って記録帖を眺めて、ボソッと呟いたワタシは、何気なく懐に手を入れて…指に当たった一両の金貨を取り出した。とりあえず、今できる事とすれば、どこぞの誰かに程度。それも、余りにその金は拾わず記録は改変されないと来たものだ。


「金で変わるってなぁ…当然だが。それ以外での変化が欲しいねぇ…」


 記録帖弄りにワタシ。自分でも、自分が何をしているかはしているはずなのに…何故だろう、これを止めようとは思わない。ワタシは脳を巡らせて考えを絞り出すと、ふと、ワタシが居る団子屋の店内に目を向けた。


「衣・食・住…人ってなぁ、これが無けりゃ生きてけねぇよな」


 ふと、思いついた考え。ワタシは手にした金貨を懐に仕舞うと、一分銀を幾つか取り出して、再び団子を買い求めた。


「ありがとよ」


 さっきは団子三本を買って自分で食ったものだが…今度は団子を10本買って外に出た。そしてそのまま軒先にとどまらず、ワタシは件の母娘が避難している寺の方まで歩いていく。


「やっぱ近ぇな」


 目的地の寺までは、歩いてそんなにかからなかった。寺に来てどうするか…?それはもう決まっている。寺の境内に入ったワタシは、団子をどうにかして、あの母娘にと画策しているのだ。


 寺の中に忍び込んだワタシは、箱に詰められた団子を抱えて寺を歩き回り、適当な皿を幾つか失敬して団子を皿の上に載せていく。そうして、団子が載った皿を寺の適当な所に置いて、寺の天井裏に上がって様子を見る事にした。


「……」


 さて、どうなるか。皿を置いたのは、恐らくだ。思いつきで動いているせいでが…まぁ、あの団子に食いついた者の虚空記録は書き換わるだろう。


「ん?団子…?」


 天井裏に忍んで少し。子供の声が部屋から聞こえてきた。ワタシは天井の一部に開いた穴越しに部屋に目を向け…声を上げた子供がであることに気付いて口元をニヤつかせる。


「どうしてこんな所に…?それも…何本も…」


 彼女は空腹らしく、今にも団子に手を出しそうな状態で自らを律していた。客人用の団子とでも思っているのだろうか?それならばとでも書いておくべきだったか。ワタシは自らの行動を振り返りつつ、娘が団子に手を付ける様に祈って事態を見守る。


「でも…今日は誰も来ない日だって…朝…」


 娘は誰も来ない部屋で一人。悶々と考え込む…次第に団子との距離を詰めて行きながら思案し続けると、遂に団子の一本に手を伸ばした。その瞬間、ワタシの背筋はゾクッと冷えて事を実感する。刹那、ワタシの頬に一筋の汗が流れ出て…少し慌てて懐の虚空記録帖を開いて見やれば、虚空記録帖は


(よーし…かかった!!)


 虚空記録帖を仕舞って…さっきのどことなく不安に満ちた顔から、子供らしい満足げな笑みを浮かべて団子を頬張る娘を見て、ワタシの頬は自然と緩んでくる。どうやら、使える様だ。


(一杯食わせれば何かが変わるか…?それとも金か…考えてみる価値はあるなぁ…)


 ワタシは娘が団子を食い終わるまでを見届けると、脳裏で蠢き出したを妄想しながら、そっと屋根裏を伝って寺の外を目指し始めた。とりあえず、今日はだ。今は。あの母娘を助けられる目途がついたとなれば、後はかを考えねばならない。


「っとぉ…」


 ワタシはに背を向けている現状を理解しながらも、どこかそのに心地よさを感じていた。寺の外に出て、人のいない通りに降り立ったワタシは、再び寺の方を見返して、表情をニヤリと笑わせると、寺に踵を返して細い道をゆっくりと歩き出す。


「さーて、これからどうしてくれようかなぁ…?」

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