其の百二:情をかけて候

「こりゃあ…まぁ…気の毒なこって」


 成金オヤジを始末してから三日後。ワタシは再び江戸に出向いて仕事に打ち込んでいた。今度は単独での仕事…どうやら違反者の手によって虚空記録帖にない火事が起きてしまったらしく、近隣一体の住民たちが一斉に記録違反を犯したのだ。


「しっかしまぁ…態々殺すまでするかね?こう言うのは目溢ししてたろうに…」


 記録帖の切れ端を片手に持って、火事のドサクサに紛れて違反者を殺していくワタシ。やり口は剣による一閃…ではなく、群衆の中に紛れて手にした針で脳天を一突きするという、によく似た手口。既に5,6人程殺したのだが、記録帖はまだまだと指示してくる。ワタシはその指示を見て顔を顰め、煮え切らない気持ちのまま仕事に打ち込んでいた。


「逃げるんだ!!そっちじゃない!!風下に行ってどうする煙に巻かれるぞ馬鹿野郎!!」

「助けてくれぇぇぇ!!!火が火が火がぁぁぁ!!!体に火が付いちまったんだぁぁぁ!」

「うわっ!!こっちくんなアホ!のたうちまわりゃ消える!!野郎ども消してやれ!!!」


 火事の現場に近づいてみれば、火消しがてんやわんやの大騒ぎ。ワタシはその様を横目に見ながら、煙を吸い込まぬ位置へ移動して、こちらに逃げ込んでくるをジロリと睨む。


「あ、姐さん!!助けてくれぇぇ!!」「あいよ…」


 また一人、火事の火元となった商家から逃れてきた若い男が私の元にやってきて…


「逃がしてやるよ。この世から…悪いな」


 素早く彼の首を捉えて人目のつかぬ裏通りに連れ込んだワタシは、彼の首元に針を押し込んで、彼の息の根を止めてやった。


「畜生…」


 いつもであればのに、今日のワタシはどうも調子が悪い。理不尽なはこれまで何度も何度も起きているのに、今日、目の前で起きている事は、…ただそれだけなのに、ワタシの心はどうもスッキリしない。


(記録帖からすりゃ、というワケだな)


 目の前に転がった屍を見下ろして彼に念仏を唱えて、再び別の違反者を探すために元の道へ戻っていく。こんな割り切れない違反者共…こういうのは偶にある事と言えばそれまでなのだが、そういう時は決まってのだ。


 虚空記録帖が定めた世界の行く末を、虚空記録帖自身が…そんな時は、大抵違反者が現れるものだ。都合よく違反者が出て、周囲の記録を滅茶苦茶にして…記録帖は違反者たちをと指示してくる。


(あの成金オヤジを断罪出来ないぜ、全くよぉ…)


 世界の規模が大きくなり、人々が増えて…。抜け殻や一部の管理人共を使ったが人々の夢の中すら監視するようになった今。そんなは以前よりは少なくなったものの、11事になっていた。


「帰ったら風呂だな。そして、今日のことは忘れるに限る…人は忘れられる生き物さぁ」


 最近では、そのに心を病んで抜け殻になるものも出てきたという話だ。まぁ、こうして現場に出向いてみれば、分からなくはない。現にワタシですら、少しなのだから…


「ん?」


 煮え切らない仕事に悶々としつつ、逃げおおせてきた連中を次々と手にかけて、淡々と任務をこなしていたワタシの目に、新たな違和感が映り込んだ。


「キャーーーーーー!!!」

「畜生!離しやがれ!!!」

「おっかさん!!おっかさん!!やめて!殺されちゃう!」


 その光景は、火事の火元から少し歩いた先にある何でもない長屋の軒先で起きた出来事。見るからに貧乏そうな母娘から、何かを盗もうとしている男の集団が目に入った。


「取らないでください!お願いします!!!お願いします!!!」

「うるせぇ!!テメェのくたばったアホ旦那のモンだろうが!!」

「違うんです!!これは形見なんです!!」

「黙りやがれ!あの男の借金のカタにテメェの娘を取っても良いんだぜ?」

「そうだそうだ!黙ってその小筒渡しゃ免じてやるって言ってんだ!黙って寄越しな!」


 火事場泥棒かと思えば、そうでもないらしい。男共の意図とすれば、この火事を幸いと捉え、騒ぎを起こしても誰からも止められない…止める暇も無いだろうと思ったのだろう。


(やれやれ…今も昔も、この光景は変わらなねぇのか)


 可哀そうな母娘だ…と、そう思って、何気なく手元の記録帖の切れはしを見てみれば、新たな情報が書き込まれていて、あの一帯のが違反者だと言ってくるでは無いか。ワタシはそれを見て目を剥いて…それと同時に、胸の奥底にが浮かび上がってきた。


「やってみる価値はあるな…」


 ボソッと呟いた後、遠くの揉め事を見て、そちらに近づいて行くワタシ。面々は、白髪頭のワタシの姿を見て口喧嘩を止めて、皆がこちらに目を向けた。


「おうおう!!どうしたってんだい?何か用か?え?」


 一瞬の静寂の後、男共の中では下っ端であろう若い男が私に突っかかってくる。


「……」


 刀に手をかけて威圧してくる男…ワタシはそんな男にニコリとした笑みを浮かべると、ヒュッと動いて男の胴体を一閃して見せた。


「「「「「!!!!!!!!」」」」」


 背中に背負った太刀を薙ぎ払う…瞬きするよりも速く振るわれた一閃。男は唖然とした顔を浮かべてワタシに何かを言いかけると、ブシャ!と腹から血を噴き出して、内臓を足元に零しながら崩れ落ちていく。


「女子供にいい年こいた男が寄ってたかるたぁ、男の風上にもおけねぇなぁ?」


 ビュン!と私の背丈以上もある刀を振るって男の血肉を払い落した私は、動きが止まった男達に、こう啖呵を切った。


「何があったかは知らねぇが…こういう場面をみりゃ、味方に付きたくなるなぁ、母娘の方だわな。なぁ?野郎ども、今すぐによ、コイツの後追い、させてやるぜ?」


 目を剥いて、刀を構えて一言。その刹那、男達は皆、腰に付けていた刀を次々と抜いてワタシを取り囲む。どうやら、1匹死んだ位じゃらしい。ワタシは男達の殺気を浴びてニヤリと下種い笑みを浮かべると、刀の切先を1人の男に差し向けた。


「そうこなくっちゃぁなぁ…火事と喧嘩は江戸の華。テメェ等の死に花を咲かせてやる!」

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