其の九十八:可能性
「可能性だって…?何だそりゃ」
お千代さんから虚空記録帖の変化の話を聞いた次の日。訳の分からねぇ気分を振り払おうと、適当に中心街をブラついていたオレは、この間の道でばったりと弥七に出会った。
「俺もまだまだひよっこですが、そっちに関わりそうなんですわ」
そこで二、三…雑談の後。弥七が記録帖の変化について知っていると言い出したので聞いてみれば、返って来たのは不思議な話。気になっていた内容を知る…オレはその場で弥七を捕まえると、適当な屋台に連れて行き、そこで詳しく話を聞くことにした。
「関わる…弥七、アンタ管理人になってまだ数か月だろ?」
「そうですね。ただ、周りも新人ばかりでして…どうやらその為にかき集められたようなのばかりなんですわ」
「ほぉ…いい性格してやがっからな、いや、皮肉じゃねぇぜ。真面目によ」
「そいつぁどうも…」
昼間から薄い酒を飲みつつ、弥七を話に乗せていくオレ。昨日の段階でオレ達には当分関係の無いという事は理解できたのだが、そこから先の事がやけに気になっていたのだ。今知らなければ、何かをしでかしそうな不安感。払拭したいのは、その気持ち。
「てぇと、何だ。弥七みてぇなのが一杯いるってことは、真面目実直の集まりか?」
「いえいえ、買い被り過ぎですぜ。まぁ…何て言うんでしょ、管理人とはちょっと違う毛並みをしてやすね。俺も、管理人の中じゃ浮く方だと思うんですが…そうでしょ?」
「まぁな…悪い奴じゃねぇが、アンタみてぇなのは今まで始末される側だったぜ」
「でしょう?ですが、今回出来た枠組みに入りゃ、俺もそれなりってもんで…」
どこか世界が違う様な弥七の様子。オレ等みたいな泥臭い連中からみりゃ清廉潔白も良い所だが、そういう所に紛れればやんちゃ坊主って事か。弥七は酒をチビチビと…どこか上品に飲み進めると、昨日、お千代さんがしてみせた様な怪訝な顔をして見せた。
「で?新しい枠組みってのは、何を見るんだ?お千代さんは夢だなんだって言ってたが」
「そこが気になりやすよね。まぁ、初瀬さんのいう通りってもんで…俺達は今後、江戸等の外に出向かず、夢ん中を見て回ることになりそうです」
行き成りの核心。オレは真面目にそう言った弥七の顔を、呆然とした顔を晒してじっと見つめた。弥七は、そうなると思ってましたとでも良いたげな、気のいい苦笑いを浮かべてへらへらと笑う。
「そうなりやすよねぇ…俺もまだピンと来てねぇんですわ」
「弥七でそうなら、オレはどうなる。ホラ吹きだって言われた方が、まだ担いでやったぜ!って煽られる方がよっぽど納得いくぜ?」
「ですがねぇ、鶴松さん。そう言うしかないんですぜ?俺が東の方に住んでるって言いましたでしょ?」
「あぁ」
「どうやら、そこが夢中管理人の棲み処になるらしいんですわ。今後、明確に、コッチの管理人とは線引きがされるそうです」
弥七はそう言うと、周囲を見回した。
「将来、もし完全に分断されちまったら、ここに来れるかも分からない。今のうちだと思って、仕事の無い日はここで過ごしてるんですわ」
「おいおいおい、それは事だな。確か、年長者は栄んとこの親衛隊だろ?」
「はい。二番隊隊長とか名乗ってる方ですね。その人は今、俺達をまとめ上げんので大変ですわ」
「ほぉ…ま、コッチが弄られるなら、唐突に事は起きねぇだろうから安心しときな。比良はその辺しっかりしてっから」
「それなら安心ですね」
オレは今さっき出されたツマミを突きつつ、話を先に進めていく。
「で、夢ん中ってなぁ、どういうことだ?」
「そのまんまですぜ。向こうに居る連中の夢ん中に出向くんですわ」
「んな事が出来んのか」
「へぃ、俺達見てぇな一部の管理人は、外以外にも夢の中を行き来出来るんです」
「ソイツぁ随分と…羨ましいというか、面白そうだが…何故?」
「さぁ。ただ、夢ん中にも、その夢限定の虚空記録がありやして…それを護るのが使命ですね」
「所詮は夢ん中じゃねぇか。何だってまた」
「どうも、夢ん中の虚空記録が破られた者が、表で虚空記録を破るとか。当然、全部が全部じゃないですがね」
弥七の言葉に、オレは目を細めて顎に手を当てる。夢…起きたら何もかもを忘れているものだと思うのだが…まぁ、そういうものと思わなければ、身が持たない話だろう。
「夢に殺される奴もいそうだな」
「そういう奴が、表で記録破りをしたり、虚空人になるそうで」
「ホントに死ぬのかよ」
「ホントに死ぬんですよ」
弥七と顔を見合わせるオレ。弥七は何時もの愛想が良い顔を変えず、そっと前に向き直ると酒を煽ってツマミを食べる。オレは、弥七から聞かされた御伽噺みたいな世界に興味を惹かれつつも、どこか信じきれないという中途半端な中に居た。
「弥七はよ、もう夢の中に出向いたのか?」
「えぇ、もう、現実の江戸に行くことは無いでしょうね…いや、暫くは無いのかな?」
「どっちでもいいや。夢ん中って、どうなってんだ?」
「あぁ、虚空記録が作られる程の夢ってなぁ、随分と広い世界です。ま、現実の江戸よりかは小せぇですが…どうでしょ、この中心街より大きいですね」
「はぁ…」
弥七からもたらされる夢の話。オレは頷くたびに驚き顔を変えていく。
「中の世界は、何だかんだ外と似ていますが…夢の主次第。どこか現実のそこと違う景色が広がっていやして、出て来る人もまぁ、色々なんですわ。この間は絵巻の登場人物が出て来やして…」
「なんだ、聞いてりゃ随分と面白そうだな…」
弥七の話を聞いていると、最初の不安は何処へやら…オレはボソッと呟く。すると、弥七は語りを止めてオレの方をジッと見つめてくると、ふと顎に手を当てた。
「なら、来てみやすか?俺となら壁を越えられるでしょう。今なら、垣根何てあって無いようなもんでしょうし…」
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