其の九十七:新規定

「あぁ?なんだそりゃ?」


ある日の夜。オレは何時も行ってる食堂でばったり顔を合わせた八丁堀に、気になることを聞いた。


「詳しくは知らないが、虚空記録帖の掟が変わったらしい」


そう言いながらも、どこか腑に落ちない顔を浮かべる八丁堀。今はまだ料理が届く前、オレ達は茶を飲みながら、顔を見合わせると首を傾げた。


「掟が変わったって、一体どうして。というか、どう変わったんだ?」

「それは俺からじゃなく、初瀬さんに聞いてくれ。説明しにくいんだ」

「お千代さんが知ってんならまぁ安心だが…そんなこと、記録帖が言ってきてねぇぞ?」

「初瀬さん曰く、いつも通りで良いってさ。すぐに影響は出ねぇから安心しろと」

「ほーん」


オレは呆けた顔を晒して茶を喉に流し込む。最近、人手が足りずそれなりに忙しいとはいえ、厄介な事は起きず暫く平和が続いていたから、こういう話題を知ると思わず体が硬くなるのだ。何かがあるんじゃないかと、緊張してしまうのは仕方が無いだろう。


「どうも管理人に新たなが出来たらしい」

「はぁ、種類?オレ等に、そんなもん必要なのか?」

「らしいぞ?」


八丁堀も怪訝な顔を隠さない。奴が肩を竦めると、丁度抜け殻がオレ達の会話を遮って、頼んでいた料理を運んできた。オレはお千代さんよろしく大盛蕎麦、八丁堀は栄見てぇな特盛天丼。出来立ての料理が運ばれてくると、オレ達は揃って黙り込み、箸を手にして突き始める。


八丁堀からとんでもない事を聞いた夜。その話以外は、只の何でもない夜だ。周囲は相変わらずの顔ぶれで、夜の喧騒はいつもと変わらない。中心街よりは少し暗いが、それが却って落ち着く近所の夜だ。


蕎麦を食べ、山盛りになっていたそれが普通盛りくらいになった時。食堂の扉が開き抜け殻がそちらに顔を向ける。そして、形式だけの「らっしゃい」という言葉が発せられると、入って来た客はそれに注文で言い返した。


「大盛蕎麦に天丼、あと握り飯だ」


オレと八丁堀はその声を聞いて声の主の方に顔を向ける。店の入り口から、こちらの卓に向かってきている三人の人影。見覚えがありすぎるどころか、見飽きた人影は、オレ達を見て手を上げると、卓の正面に揃って腰かけた。


「なんじゃココにおったのか」

「あぁ、珍しいな。三人一緒に来るたぁ」

「お前達の家に行ってもいなかったんでな。ココだと思ってたぜ」

「鶴ちゃんこそ珍しいじゃない。蕎麦食ってるだなんて」

「気分ってヤツよ。八丁堀は栄の真似だぜ」

「うるせぇ、気分てヤツだ」


会って早々軽口を叩き合うが、そんな空気はすぐに消え去る。皆が次第に口を閉じ、そわそわとした様子でお千代さんの方に目を向けていた。


「先を急かすなよ」


お千代さんはそんな様子を感じて苦笑いを浮かべると、抜け殻から先に運ばれてきたお茶を飲む。喉を潤し、お茶を卓に置くと、ふーっと一息、何か考える時間を稼ぐかのようにわざとらしい溜息をついた。


「何処から話せばいいかなぁ。ワタシも完全に理解した訳じゃねぇし、この目で見た訳でもねぇんだ」

「目で見れる話なんだ」

「あぁ、理屈の上ではな」

「ほぅ。目に見える変化なのか。それは…益々興味が惹かれるがのぅ」


お千代さんは煮え切らない顔を浮かべつつ、周囲を見回して、再びオレ達に顔を向ける。なにか、秘密の隠し事でもしているみたいだ。オレは何も言わず、箸を進めながらお千代さんが何かを言い出すのを待っていた。


「とりあえず言えるのは、暫くワタシ達の仕事にゃ関係ねぇって事だ」

「そいつは良かった」

「だがこの先、何かがありゃ、ひょっとすると関係があるかもしれねぇ」

「「「「……」」」」


煮え切らないお千代さんの言葉。オレ達は言葉を失ってお千代さんをジッと見る。お千代さんがここまで言葉に窮するなら、きっとまだ細かい所までは決まり切っていないか追い切れていないだけなのだ。だから、言葉を急かすわけでは無いが…それでも、オレ達はどこか気になるという気持ちが先行して、お千代さんをジッと睨んでしまう。


「急かすな急かすな。ワタシから言える事は多くない。単純に、管理人のが出来たみたいな話なんだから」

「分家?」

「あぁ。ワタシ達は今、の記録違反に対処してるだろ?そういう風にな、ちとが違う連中が出来たって事よ」

「なんじゃ?管理人が管理人を監視するみたいな話か?最近の流れなら、わからんでも…」

「違う違う。そんなんやったらキリがねぇだろうが。に関する話だよ」


お千代さんはそう言いながら、再び茶を飲む。間を開けたがるのは、考えを纏めたいという気持ちの現れだ。話を聞きながら蕎麦を食い続けていたオレは、箸を置いて卓に頬杖をつく。


「向こう側っつってもよぉ、他に何か見るもんあったっけか。まさか動物相手とか言わねぇよな?」


そしてそう尋ねると、お千代さんは首を横へ振る。


「違うな。ちと、理解できっか分からねぇ…ワタシも飲み込めてねぇが、記録帖にはな、こう書かれてた」


お千代さんはオレの言葉を否定すると、思わせぶりな顔を浮かべてオレ達を見回し、こういった。


を見るんだとさ。一夜で消えるかもしれねぇを監視するんだと」

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