其の十八:呼び寄せて候

 難航するかもしれないと思っていた家探しも、実にアッサリとした結末を迎えてしまった。結局、公彦が選んだのは立地が一番良かった一軒家。辺りは静かで、何処に行くにしても、それなりに交通の便が良い場所にポツリと建つ小さな家だが、一人暮らしに広さは要らないと言い切った男は、その家に決めると言うやいなや、ワタシを酷使してあっという間に諸々を進めてしまったのである。


「全く、人使いの荒い奴だ。畜生め」

「すまない。先に手間をかけてしまえば、後が楽だろうとおもってな」


 ササっと虚空記録帖へを出して、公彦の新居としてこの空き家を登録してしまう。それだけで、ワタシが奴にやるべき事は終わり…なのだが、毒を食わば皿までだと、家具やら諸々を揃える所まで付き合ったのが失敗だった。


 アッサリ終わるかと思った…公彦がああでもないこうでもないと色々買い集めたせいで…なんなら、ワタシに幾つか買わせたくらいにして…終わって気付けば、既に日が暮れかけてしまっていた。


 今は、買い集めた品を、とりあえず家に放り込んで、縁側で休んでいる最中。夕飯にするには良い時間だが、その前に少しは休みたかった。


「後で飯に出ようやぁ。昨日と同じ店で良いか?」

「別の店は無いのか?」

「あるけど、大して美味くねぇ」

「アンタの趣味だろ。ま、昨日と一緒でいいさ」

「酒は飲ませねぇからな?一滴たりともだ」

「……それは、どうだかな」


 遠くに飲み屋街の喧騒を感じる。ワタシはそちら側を眺めながら、ボーっと体の力を抜いてだらけていた。久しぶりの。面倒を見るのは、それこそ、栄以来だから…何年振りなのだろうか?それすらも思い出せないが、まぁ、終わってしまえばただ数日、面倒を見るだけの簡単な仕事だった。


「最後に一発、誰か彼かが記録を犯してくれりゃ良いものをよ」


 ボソッと呟くように本音を吐き出すと、横に居た公彦がピクリと反応を見せる。


「田中とかな」

「ああいう奴ァ、案外何も起さねぇよ。お前さんみてぇな、素朴で何も取り柄のねぇ奴がやらかすのさ」

「畜生」

「言ったろぅ?ワタシ達管理人は、道具だ。偉くも何んともねェのさ」


 ワタシはそう言うと、重い腰を上げて数度腰を軽く叩いた。


「ま、そのうちわかるさ。出来る管理人は、の自覚がちゃんと出来てんのよ」


 そう言いながら、家の外へと足を踏み出した時。


「?」


 ワタシの背中に、妙な程に冷たい冷気が駆け巡った。


 それは、久しくもない感覚。


 ワタシは公彦の方へ顔を向けると、公彦はゾッとした顔をこちらに向けていた。


「これは…」

な。思い通りにならなくたって良いのによ。記録帖持って来な」


 気味悪げな様子の公彦に、ニヤつかせた顔を向けたワタシは指示を出す。この感覚は、この先付き合う羽目になるであろう感覚だ。虚空記録帖が放つ特有の


「誰かが感覚だ」

「これが…気味が悪いな」

「そのうち慣れるさ」


 暗闇に染まりかけた部屋の中、公彦が机の上に放り投げられていた記録帖を手にしてワタシの元へやって来る。


「記録帖がするんだ。指示は全員に行くわけでは無くてな。だと判断した管理人にを流すわけさ」


 公彦から渡された記録帖を開きながらワタシは説明した。今回は公彦が適任者だと思われたのだろう。だから、奴と、近くにいたワタシがあの感覚を感じる羽目になったのだ。


「こうして開けば、記録帖が指示を出してくる。どこの誰がやらかした?言ってみな」


 ワタシは記録帖を開きつつ、中身を確認することなく、公彦に記録帖を押し付けた。公彦は開かれたそれを受け取ると、適当に開かれた紙に浮かび上がってきた文章に目を向け、そして驚愕に顔色を染める。


「田中六兵衛…!」


 公彦が告げたの名。ワタシは僅かに目を見開いたが、すぐさまニヤケ面を顔にハメて公彦の肩をポンと叩いた。


「ほぅ…まさか。運が良いな。でも、名前だけじゃねぇよな。本当にで合ってるか?何をしでかし、何処にいる?そして、どうしてやればいい?」


 ワタシが尋ねた内容…公彦はそれを今一度紙に目を落とし、そしてゆっくりと口を開く。


「北町奉行所、同心、田中六兵衛…右の者。本日申の刻。所定の警邏経路から外れ、油屋からの賄賂を受けた行為。既存の虚空記録を犯したものと見なす」

「しょっぺぇ~…ただ小金稼ぎで違反かよ」

「現在、田中は北町奉行所で職務中。その後、帰宅するものと予想される。一刻も早くを求めるものとする…だと」

「ほぅ。可哀そうに。奴ァ、管理人になれる見込みがねぇってこった」


 公彦の言葉に、ワタシは下衆い種類の笑みを浮かべて言った。


「公彦、初仕事だ。田中のを出して持っとけ。江戸にでるぜ」


 さっきまでの気だるげな様子を何処かへ捨て、ワタシは公彦に準備を促す。これは、公彦に来たなのだ。


「分かった」


 公彦もそれをのか、途端にキビキビとした動きになる。言われた通りの内容を出した記録帖を破って懐に入れ、家の奥から打刀を持ってくると、それを腰に差して準備を整えた。


「こうして記録帖からが来ると、そこへ出向いてするわけだ。田中を斬る算段はどうつける?細かながねぇし、奴は最早。ある程度は、何しようが自由だぜ」


 家を出ながら公彦に問うと、公彦は懐からだした紙をチラリと見やった後、自信にあふれた表情でワタシの横に並びこう言った。


「奉行所から帰る途中、一人になる。誰も通らねぇ近道だ。そこで斬る。どうだ?」


 アッサリとがついた瞬間。ワタシは頷き、ニヤつき、中心街の方へと足を向ける。


「合格だ。じゃ、初仕事しに行くとすっかぁ…」

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