其の十七:居を選んで候
「この中から選んで良いとは、随分贅沢だな」
昼飯を食って、公彦が住む新居を探しはじめて早数刻。幾つかの候補を見て回った公彦は、普段の無口具合が少しだけ減り、何処か高揚感に包まれている様な雰囲気を醸していた。
今は小休憩…近くの茶屋の軒先に腰かけて、茶と団子を片手に体を休めている真っただ中。ワタシは物件が書かれた記録帖の一部を何度も見直す公彦を横目に見ながら、僅かに顔を綻ばせた。家探しというのは、普通体験出来ないであろう贅沢。自分の家ではないが、こういう事は間違いなく楽しい事なのだから。
「まぁな。建ってる家で良いならすぐにでも入れるし…家を建てろってんなら、少しはウチに置いといてやる。立地もあるからな。考える事は多いぜ?」
「ありがたいが、大丈夫だ。建ってるやつから決められる。どれもこれも、この辺の一等地じゃないか。どうしてそこら辺の家が残ってんのか、理解に苦しむな」
公彦の言葉を受けて、ワタシは僅かに顔を歪めた。記録帖が示してきた一等地にある家は、所謂曰く付きばかりなのだ。物の怪絡みの曰くではなく、こう…何というか、未来を暗示する類の曰くだが。
「あの辺の家な、ちょっとした曰くがあるんだ」
「曰く?」
「あぁ。抜け殻になるんだよ。何故かな」
「なるほど」
曰くの中身を簡潔に告げると、公彦は僅かに口元を歪ませた。
「だが、何故だ?」
「何でだろうなぁ…ワタシもその辺に住んでた事はあるんだが、理由は分からなかった」
「何があるわけでも無いのか」
「あぁ。あるだろ?そういうの」
「そうだな。どこそこの厠を使うと病を貰うだの何だのって…その手の話だよな」
「あぁ。そのせいで、気味悪がって放置されてんのよ」
ワタシがそう言うと、公彦は再び手元の紙切れに目を向ける。そして、僅かに鼻で笑った様に息を吐くと、紙切れを折り畳んで懐に仕舞った。
「ま、俺は気にするタマじゃないんだが」
「そうか。ソイツぁ意外だった」
「俺が住んでた家は幽霊屋敷だって言われてたんだ。今更気になるかってんだ」
公彦はそう言って軽く笑い飛ばすと、残っていた最後の団子を食って串を皿の上に戻す。
「ま、家はほぼ決まった様なもんさ。だが、その前に、気になった事を聞いて良いか?」
「あん?」
「仕事の事なんだが、自然にって言ったよな」
「あぁ。そうだ」
「思ったんだが、自然に歴史を弄れてしまうのではないか?」
何気ない雑談かと思えば、割と回答に困る質問が飛んできた。ワタシは団子を一つ食って、茶でそれを流し込んでから、少し考える素振りを見せる。
「良い質問だ。難しい質問でもあるなぁ。言った通りだ。仕事の赴く時、ワタシ達管理人は現世の連中に干渉出来ちまう」
公彦の言った通りだ。明確に分かれている両者だが、仕事の時、その分水嶺は限りなく無に近づくのだ。
「実際に仕事を重ねりゃ何となく分かってくるんだが、言ったよな?評価があると」
「あぁ。それが全能なのか?」
「それがそうでもない。一から十まで全能かと思えば、そうでもねぇんだよなぁ…実際、事故で歴史が取っ散らかった事が何度かあるんだ。その結果、今の江戸があると言っても過言じゃねぇ」
何気なく言ったワタシの言葉に、驚いた顔を浮かべる公彦。そう、今の江戸の天下泰平の世は、ワタシ達管理人の間違いから生まれた偶然の産物なのだ。
「当然、記録帖は違和感が無い様に歴史を改変させるんだ。だが、その改変にも限度がある。だから、時々あるんだよなぁ…その先の歴史が大きく変わっちまう事件がよ」
「その言い方だと、答えが無い様に思えるな」
「実際無いのさ。仕事の際には、相手は最早制御が効かないカラクリ同然。何が起きるか分からない。そんな不安定な時が長引けば長引くほど…その先の歴史は不安定になるもんさ」
ワタシはそう言いながらも、公彦の眼前に指を突き出して釘をさす。
「あぁ、だがワタシ達は思い通りに改変させる事は出来ねぇからな?少なくとも、ワタシの周囲は…だが、そんな不確定な出来事を操れる奴は居ねぇよ」
先が不安定になればなるほど、数多の人々が引き起こす偶然によって記録帖の記す歴史は大きく変わっていく。だが、それはワタシ達では御しきれない…不確実になってしまった誰かの歴史は、遠く離れた何者かによって左右される事だってあるのだから。
「だからこそ、評価されるとも言える。ワタシ達はな、ココで贅沢しながら、記録帖に言われた通りに動いておけば良いのよ。それ以上に介入しようとすれば、記録帖に咎められて、抜け殻一直線だぜ」
もちろん、この問題に関するドロドロした何かはワタシ達の間で蠢いているのだが…公彦にそれを伝えるにはまだ早い。ワタシはそれらしく纏めると、食べきった団子の串先を公彦の喉元に向けた。
「間違っても変な気を起こさねぇ事だ。ワタシ達管理人は、記録帖によって行動を制限されてはいない唯一の存在だ。だがな、虚空記録帖は管理人の腹ン中を覗き見る位は簡単に出来るんだ。ただの道具に過ぎねぇ…覚えときな」
僅かに声を潜めて警告を一つ。管理人として仕事する以上、諸々の理不尽を目の前にすることは良くあること。それに一々自我を絡めていては、抜け殻になるのは時間の問題だ。
「とりあえず、これ位で良いか?」
「あ、あぁ…」
ワタシからの圧に、公彦は僅かに引いた様子で頷く。ワタシは残っていた団子を平らげ、茶を飲み干すと、空いた皿を脇に避けた。
「さて、話はこの位にして…家探しに戻ろうや。曰くを気にしねぇなら、選り取り見取りだろぅ?」
そう言って立ち上がると、公彦は頷いてワタシの後に続く。そしてワタシの横に並んだ公彦は、ポツリと呟いた。
「もう、二、三には絞ってんだ。すぐに決まるさ」
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