其の十六:居を探して候

 酒に溺れたくは無いと思った夜。それを何とかやり過ごし…迎えた次の日。目を覚ますと、既に日の位置は昼時になってしまっていた。


「…あー、まだ眠い」


 窓から差し込む日差しにやられて目を覚ましたワタシは、眠気を訴えて止まない体に鞭を打ちながら体を起こし、居間の方へと降りていく。別に寝たいだけ寝てても良いのだが…この眠気は二度寝も出来ぬほどに中途半端な眠気。こうなってしまえば、起きた方が気分が良い。


「ったく…参ったな」


 昨日は結局、色々あった癖に末路はいつもと変わらなかった。酔いつぶれ、寝てしまった連中を一人一人家に運び、軒先に放り込むというのを繰り返して後始末をつけ、最後に自分が会計やら何やらを済ませて帰るという流れ。公彦という男を運ぶのが普段と違うと言えば違うのだが…まぁ一人運ぶのが増えたところで変わりはしないだろう。


 洗面所へ行き、水瓶から桶に水を汲んで…それで顔をサッと洗い流し、身なりを整えた。それから、自室へ戻って服を着替えて居間に戻ると、丁度二階の客間で寝ていた公彦が、眠そうな顔をして階段を降りてくる。


「おう。昨日はヒデェ夜だったな」


 冗談交じり、嫌味混じりの一言を浴びせると、公彦は眠そうな顔をこちらに向けて首を傾げて見せる。


「なんのことだ?」


 そして、そんなことを言うと、奴は居間に置かれた座布団の上に気だるげな様子で座り込んだ。


「……は?」


 呆気に取られたワタシ。暫し呆然と固まったのち、公彦の前にしゃしゃり出る。


「嘘だろおい。お前さん、昨日の夜の事覚えてねぇのか?」

「あぁ?あの花魁に一服盛られた事は覚えてるが。そっから先は覚えちゃねぇよ」


 問い詰めるワタシを、怪訝な顔をして睨みつけてくる公彦。ワタシが呆然としている間、奴はワタシの方をジッと睨み、そして周囲を見回した。


「で、俺はどうしてまだアンタの家にいるんだ?まぁ、家も無いから仕方がねぇが」

「あぁ。だから、今日から家探し…というか家をどうすっか決めようと思ってたんだが。待ってくれ。お前、酒に弱いんだな」

「なんなんだよ。酒には強いと思うんだが…俺が何かしでかしたのか?」


 公彦の言葉に、更に呆けた顔になるワタシ。公彦の問いに、ワタシは頷くしかなかった。


「あぁ。ま、その辺りはワタシじゃねぇが…自覚なしかよ、あのザマで。今度、から礼が入るだろうな」


 小声で呟くと、まだ寝起きの公彦を前にしたまま、ジッと奴の顔を見る。


「向こう側に洗面所あっけど、顔に水掛けてきたらどうだ?」

「そうさせてもらおうか」


 公彦は欠伸を一つした後で立ち上がり、洗面所の方へ消えていった。ワタシはそれを見送ると、居間の隣の部屋へのそのそと移り、戸棚の上に置きっぱなしの、ワタシの記録帖を取って中を開く。


「さて…少し離れただけで…こうなるよなぁ」


 適当に開くと、公彦絡みの仕事が来るまで手を付けてやって来た事柄のが写し出された。ワタシはそれらを見て僅かに毒づくと、紙を数度捲り、何も書かれていない所で手を止める。


「あぁ、磨らねぇとダメか」


 何も書かれてない所まで開いた記録帖を机に置き、硯に墨を磨る。それから、筆に墨を付けて、白紙の部分にを書き記した。


「ふむ…」


 での記録ではなく、に関する事でも答えてくれる。記録帖はワタシの意を汲み取って文字を飲み込むと、すぐに回答を返してくれた。


「何をしてるんだ?」


 丁度よく、公彦が戻ってくる。ワタシは記録帖から出てきた内容に目を向けつつ、奴を手招いてこちら側に呼び寄せた。


「あぁ。最後の仕上げさ。お前さんの家探しでな。空き家とか土地とかを出してみたんだ」


 そう言いながら、ワタシはワタシの記録帖を公彦に見せる。奴は少しだけ目を見開くと、すぐに隣へ身を寄せて、記録帖の中身に目を向けた。


「そういうことか…すまない。だが、金の仕組みがない以上、どうなるんだ?その辺は」

「だからよ。でも持てるのを出してんのよ」

「はぁ…」

「ワタシ達が求められてんのは、記録帖へのだ。普通に黙って従ってりゃ、記録帖はそれなりの贅沢を認めてくれる。どの程度の事が出来るかは、自分の記録帖に聞いてみな。普通の衣食住…江戸以上の暮しは既に出来るはずだぜ」


 ワタシは公彦にそう説明しつつ、顔を上げてワタシの家を見回した。公彦もワタシの視線に合わせて家の中を見て回る。


「家の中見回したなら分かるだろうが、ワタシの家に贅沢品が多いだろ?」

「ああ」

「硝子細工だとか、鏡はまだ持てねぇだろうな。この間の剣とか」

「それらは、記録帖へすれば自ずと手に出来るようになるわけか」

「あぁ。普通にやってりゃ問題ないはずだ」


 ワタシの説明を聞きながら、公彦はふと首を傾げた。


「言われた通りにやるだけで良いのか?」

「あぁ。評価は下されるさ。仕事ぶりのな」

「どういう基準だ?」

「その時々によるから一概には言えねぇ…気になるなら本に聞け。大体で良いなら…」


 公彦の問いに答えるために、クルリと部屋を見回して、ワタシの得物を見つけ指さした。


「一つだけ。行動し、殺す事だな。いつでも剣で斬れば言い訳じゃない」

「…ほぅ?」

「例えば、吉原の店の中で、打刀で斬られて死ぬ花魁が居るか?」

「あぁ。居ないな」

「そう言うこった。違反者はが、亡骸の姿が消える訳じゃない。殺されてからが入るんだ。それをなるべく出来るかどうかは、ワタシ達の仕事にかかってんのさ」

「なるほど。おかしな状況を作れば作るほど、強引になると言う事か」

「あぁ。そのせいで余計なを生むことになる。そうなりゃ、その状況を作った管理人は評価されねぇだろうな」


 ワタシはここいらで横道へ剃れてしまった話を元に戻すべく、捲った紙を戻す。


「ま、それは仕事してけば分かる。最初のウチはワタシ達の誰かが付いてやっから気にすんな。そんなことより、ここに映ってんのが空き家だ。家を一から建てる事も出来るぜ。その場合はこっちの土地に限るがな」


 改めて公彦が記録帖に顔を向けた。ここに挙げられたのは、どれもこれも近所…範囲だ。別の土地も無くは無いだろうが、態々そうする理由も無いだろう。


「ま、文と図柄で言われても仕方がねぇと思うがな。どうだ?見てみるか?」

「あぁ。そうさせてもらおう。空き家が手頃そうなら、そうするさ」


 公彦はそう言って腰を上げる。ワタシは情報が載った紙を記録帖から破り取ると、それを折り畳んで懐に仕舞いこんだ。


「じゃ、出掛けっか…見回る前に、そこらで腹満たしてからな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る