其の十四:顔合わせて候
比良の国は、中心街じゃなくとも栄えている箇所が多く、ワタシの家の周囲もその一つだ。流石に中心街の放つ煌びやかな色彩に比べてしまえば質素だが…それでも、江戸の何処よりも明るい街並みがあり、飲み屋がひしめき合っている通りがちゃんとある。
「あ、お千代さん」
「なんだ、来てたのか」
飲み屋街にある、いつもの居酒屋の暖簾を潜ると、いつも座る卓に見知った顔が3つ見えた。ワタシは特に断りも無くその卓の空いた席に腰かけると、ワタシの隣に公彦を座らせる。注文を取りに来た抜け殻の女に、握り飯とツマミ、茶と酒を適当に頼むと、三人が興味津々といった様子でこちらの方に顔を向けて来た。
「千代、江戸に行っていたのでは無いのか?さっき向かう姿が見えたのだが」
「行ってきたよ。で、さっき帰って来たばっかさぁ」
「で、そこの旦那はどっち側だい?」
「こっち側よぉ。ようやくコイツが名前を書いてなぁ…あとは家探すだけさ」
「そいつぁ良かった」
齢10程度の童に、吉原に居そうな花魁に浪人染みた格好をした中年男。共通点があるとすれば、隣で黙り込んだ公彦の様にワタシが引き入れた管理人であると言う事か。
「ま、丁度良かった。紹介する手間が省けたぜ。公彦の事を紹介する必要はねぇよな?」
「あぁ」「そうだな」「うん」
「…そうなのか?」
「だってお前ェ、昨日、全員来てたんだからな。お前さんは姿を見てないだろうが」
ワタシは昨日の事を思い出して笑うと、丁度向かい側に座っている首をへし折った犯人を指さした。
「じゃ、まずはお前さんの向かい側に居る男からだな。昨日、首へし折ってここまで連れてきた奴さ」
「鶴松だ。元々足力でな。今も仕事が無い時は店に出てやってんだ」
「よろしく」
鶴松の言葉に短くそう返した公彦。鶴松の服の隙間から見える和彫りに気付いた様子で、僅かに目を細めると、鶴松の方を指さした。
「お前さん、俺等の厄介になった事があるんじゃねぇかな。イヤ、俺は知らねぇが…」
「正解だよ。佐渡に居た事だってあるんだぜ。ま、元々はソッチの人間だったのさ」
「ほぉ…さぞ佐渡は愉しかったんじゃねぇかな。儲かっただろ?」
「冗談抜かせやい。昔は違うんだ」
若干黒い笑みを浮かべて笑いあう二人。ワタシはその辺で奴らの会話を切り上げさせて、次にかかることにした。
「はいはい。次は…その横に居る小童。ま、分かると思うが…童なのは見てくれだけだ」
「ボクは螢。ま、見ての通りさ。そこのヤクザ男と違って、清廉潔白だよ!」
「何を言ってやがんだ紅蛍め。なぁ、八丁堀。分かるか?コイツの本性」
螢の自己紹介に被せる様に鶴松の横槍が入る。鶴松が軽く螢を小突き、螢がそれをいなした時、螢の着物が僅かにはだけ、中に隠れた品がチラリと見えた。
「あ?…」
思わぬ物が、明かりを浴びてギラリと光る。公彦はそれを信じられなかった様子で、当初こそ曖昧な愛想笑いを僅かに浮かべていたのだが、すぐに怪訝な顔にすげ変わり、顎に手を当てて螢の方をジッと睨む格好になった。
「その、懐に仕舞ってるモン、出してみな」
「そんな声で凄まないでよ。こっち側じゃ禁止されてないんだよ?」
公彦の言葉を受けて、螢はニヤニヤした顔を浮かべ、懐に仕舞った得物を取り出した。それは、5寸程に切り詰められた銃だ。火を使うから簡単には撃てないが、撃たれればどうなるかは…ちゃんと知ってる事だろう。
「物騒なモン持ち歩いてやがるな…」
「ボクは非力だからね。なのに仕事は殺生ばっかでしょ?だから、これを使うのさ」
「非力なのは童だからだろう?せめてここの女位にしておけば…」
「そこはホラ。ボクの趣味って訳さ。折角好きに選べるんだもの、好きな齢にしないとね」
堂々と言い張る螢。本性を知らずに見れば可愛いものだ。鶴松は可愛げを作って笑う螢を見てゲラゲラと笑うと、螢の首筋を掴みあげた。
「それもあんだろうが、コイツも脛に傷入ってんだ。紅蛍ってな。聞いた事ねぇか?」
「さぁな。盗賊か何かか?」
「ほぅ…今時の八丁堀が知らねぇとなれば、お前さんも大概…古の存在になって来たな」
「ま、これ位で…八丁堀の旦那。ボクみたいなのもいるんだ。見た目に惑わされちゃダメだよ?」
そう言って鶴松の捕縛から逃れ席に戻る螢。手にしていた銃を仕舞いこむと、ワタシの右隣に座った女の方に目を向ける。
「見た目に惑わされるんだ。お千代さんの隣にいる女とかには特にねぇ…鶴ちゃん?」
「あぁ、新参の男は、被害に遭うよな。必ず」
「なんじゃなんじゃ。人を咎人の様に言いおって」
螢と鶴松の言葉を受けて、ようやく栄が反応を見せた。ワタシから離れると、ワタシを挟んだ反対側に座る公彦の方へと顔を見せる。
「栄じゃ。見ての通り元々花魁での。だが、こっちに来てからそう言うのはやっとらんぞ」
「吉原にでも居たのか」
「あぁ、そうじゃな」
栄はそう言いながら、丁度運ばれてきた料理と酒が載せられた盆を取った。
「「あっ」」
栄は机の上に置いてそれらをジッと見つめると、盆の上の物を並べかえ、公彦の方へ滑らせる。
「今の抜け殻はなっとらんの。あ奴は成りたてか?配置が違ったから、直しておいたぞ」
したり顔でそう言った栄に、公彦は僅かに顔を引きつらせた。
「気にしないが…まぁ、なんだ。すまないな」
ワタシはそれを横目に見ながら、抜け殻が運んできたワタシの分の盆を栄に任せず受け取って自分の前に置く。
「言えば千代の分も取ったのに」
「いや結構。公彦程離れてないからな」
そう言って栄の顔を見ると、栄はワタシから目を逸らす。向かい側に座る鶴松と螢はどちらも急に黙り込み、笑いを堪えるような顔を浮かべて肩を震わせていた。
「…?どうしたんだ。急に」
「何でもない。それよりも、さっさと食っちまおう。こいつ等に酒が回ると厄介だ」
流石の公彦も、鶴松たちの様子におかしさを感じるが、ワタシはそれを軽々と誤魔化すと、盆の上に載った握り飯を掴んで一口頬張った。
「……」
公彦も同様に、握り飯を口に入れ…一気に飲み込み、つまみの漬物を食って飲み込み…そして酒に手を伸ばす。鶴松たちはそれぞれの酒を飲みかわしながら、公彦の一挙手一投足をジッと見つめていた。
「ん…」
公彦は酒を一気に流し込むと、目を見開いてこちらに顔を向ける。
「グ…ギ…な…んだ…これは!……喉が…焼ける…」
顔を真っ赤にして震える公彦の姿。想像していた通りの姿を晒した公彦を見て、笑いを堪えていたワタシ達は一気に噴き出した。
「貴様ら!…何か謀った…なぁ!!…ゴホッ…ガハッ!」
それは、栄の入れた毒のせい…ワタシは息が絶えかけの公彦の肩を叩きながら、何も入れられていないお茶に口をつける。
「言ったろぅ?花魁には気を付けなぁって。話半分に聞いてっからこうなるんだぜ?」
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