【第2章】オタガール友梨那と影泥棒

イーヴリンといっしょ



 ひょんなことから、仕事への復帰に合わせたかのように、この支店に就職したイーヴリン・ローズウッドに腰を抜かしながらも、友梨那は無理しない程度に懸命な働きを見せた。


 そして昼休み……。


「復帰早々、大変だったろーに。タブレットの契約取ってくれてありがとうねえ〜!」


「どういたしまして! それに後輩にカッコ悪いところ見せられなかったし!」


「あれな、高いからって誰も予約も購入もしてくれなかったんだよ……。ほんと、城ヶ崎さんはトークも商売もうまくて助かるね!」


「お、お世辞はいいですから! やめてくださいよ〜」


 そんなことはない。

 彼ら上司や同僚一同は心から友梨那のことを褒めちぎっており、とても感謝していたからだ。

 その証拠に表情にも嘘は感じられず、友梨那は照れ笑いしながらも受け入れた。


「それじゃー、ごゆっくり……へへ。あたしら邪魔者は今のうちにデスクで休んどくさぁ。女の子同士仲良くやるんだぞ」


「しかし儲かってますね。このお店」


「おかげさまで。外国人のお客様もよく契約に来られますので、イーヴリンさんがいると助かります」


「もう日本語のほうが上手いけど……頼ってもらえて嬉しい」


 店長らが気を利かせて引いた後の休憩室で、しばしの間笑顔で見つめ合ったあと。

 ほかの誰にも聞かれていないのを確認してから、イーヴリンは話題を切り替えようと咳払いし、真面目な顔になった。


「あれからお変わりなかったかしら」


「いいえ……。夜中に紋章みたいなものが浮かんできたくらい」


 そうして、友梨那は自分の右手の甲をイーヴリンに見せたが何も変わったところは見られない。

 しかしイーヴリンには伝わったし、彼女も把握していた。


「それきっと、システィーナがあなたにつけた悪魔の印だわ」


「え? そんなタイミング……」


「あの子に、いつ、どこで触られたかとか、思い出してみて」


 時間がもったいないので、早起きしてまでこしらえた手作り弁当や、出勤前に買っておいた惣菜パンやカップ麺などを食しながら、二人は話し合う。

 イーヴリンから言われた通りに振り返ってみれば、要所要所であの女悪魔からボディタッチをされた友梨那ではあったが、いったいどこで印をつけられたのかまではさすがにわからない……。


「む……」


 そんな折、イーヴリンのスマートフォンが揺れ動く。

 訝しがった二人が画面を見てみれば、システィーナがなんとテレビ電話機能を使いコンタクトを取ろうとしていたのだ。


『お元気〜? あたしと遊んで楽しかったから、気分もルンルンなんじゃない?」


 画面越しに対面するなり、小悪魔的な微笑みを浮かべからかった彼女は頭に麦わら帽子、服はオーバーオールに白い長袖シャツ、その背後はどこかの農業地帯……と、カントリー娘じみたコーデで、なおかつ、ちょうど収穫の途中といった様子だった。


『あたし今、実家の敷地で庭師や召使いたちと農作業をやっててね。両親も一緒なの』


「ウソだぁ。土くさいのなんてイヤだーって言いそうなカオしてたのに」


「友梨那さんの言いたいことすっごいわかる……」


『なにさ! 汚れるのがイヤだったら、今頃部屋にこもってるわよ』


「てか、公爵家の娘だって言われてたのマジだったんだ?」


『ええ。父はバリオン公爵、母は公爵夫人にして自身も女公爵のロクサーヌ! 自慢の家族よ〜〜』


「まあわたしもローズウッド伯爵の子なんだけどね」


「は、伯爵家に公爵家……セレブリティーッ」


『それより、イヴちゃん! 大事なことまだ話してないでしょ』


「だ、大事なことぉ?」


 焦りを覚えた友梨那が二人の悪魔に訊ねた。

 天界で働いているだけでイーヴリンもまた悪魔であることを、すっかり忘れていた友梨那はここで思い出した。


「トロークたちを覚えてる? 彼らのご主人様については、わたしたち心当たりがあるし調べもついてるの」


『魔界の没落貴族ワットハペン家の次男、【メンティロソ】……』


 そう語ったシスティーナが前に自分からさりげなく言及していたことを、友梨那はまたも思い出す。

 驚くあまり目がすわった。

 親友の過去のこともよく知っているイーヴリンは、システィーナほどではないが目を伏せる。

 辛そうな顔をした二人の悪魔を前に、あえて深掘りはしないと友梨那は決めた。


『ヤツに影を盗まれないように気をつけるのよ』


「え? どういうこと? ワットハップン?」


「魔界の刑務所に送られた悪党のうち、トローク以外は殺されていたの。彼らの死体に影は無かったらしいわ」


 両者が打ち明けた事実を聞いて、友梨那はとても信じたくないような顔をして少しの間固まった。


『ふふ、信じられない? 何が起きたか、何を言ってるのかわからないでしょ。そういう非現実的なことをやってしまうのがあたしたち悪魔』


「こら!」


 皮肉な笑いを浮かべて茶化したシスティーナを、イーヴリンは注意して少し黙らせた。


「とりあえず、友梨那さんはこのままお仕事を続けてください。退勤する時は護衛も兼ねてわたしがお家までご一緒するからね」


『あなたには、いずれどっかで魔界に来てもらうわよ。ヤバい連中に捕まらないうちにさ!』


 そこで通話を終わろうとした時だった。

 画面に召使いと思しき農夫が映り込み、友梨那とイーヴリンを仰天させたのだ。


『お嬢様、今週も大根が良い感じですぞー!』


『ホント!? ビニールハウスのカボチャやカブもぼちぼちいいんじゃないかしら、採りに行くちょっと待っててねー!』


 そこでようやく通話が切れたので、友梨那はほっと安堵の息を、身勝手な親友の姿にあきれたイーヴリンはため息をつく。

 ……とはいえ、家族や召使いたちを彼女なりに想う点は高く評価していた。




 😈



 すっかり日も暮れた星芒市……。

 自動車が道路を走り、電車が線路を行く中、夕陽を背に受けて二人は歩いていた。

 せっかくだからとワープの類はせず、散歩を楽しんで帰ろうというわけだ。


「初日お疲れ様〜。コールセンター勤務じゃなくて良かった」


「ちゃんと出来てたかな? ありがとう、先輩!」


「えぇー? イーヴリンさんのほうが頼りになるってェ」


 お互い笑い合い、既に相性は抜群。

 空の上からは、そんな二人を金髪ショートヘアーの女天使・マナエルが見守っていた。

 まだ実ってない恋を実らせに行くところだったが、同時に不吉なものも感じ取る。


「例の影泥棒が近づいてきてる? 大丈夫かしら……」


 一抹の不安を抱えながらも、愛を守り恋を成就させるべくマナエルは飛翔を続ける。

 いざとなれば使命を投げ出して友梨那たちを救いに行くことも、彼女はいとわないだろう。


「友梨那さんは熱さとガッツがあっていいわね」


「そんな。私は逆に冷静さがほしいってゆーかー」


「妬むよりさ、補って支え合うのがいいとわたしは思ってる」


「わかるよ!」


 なんてことはないが、大事なことを笑顔で話し合って、必要なものを買ったところで二人は帰路に着く。



 けれど彼女たちは気付けなかった。

 人混みの中に紛れ込んだ怪しげな何者か……前髪を一房垂らしたレザーファッションの男が、彼女たちのことを察知して不気味に笑っていたことに。

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【連載版】大悪魔システィーナとイタイタ!オタガール SAI-X @sabaki-no-hakari2600

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