アニキっていうよりオジキだよね

「おれの名は【トローク】! おれたちゃ鼻がきくんでな、さるお方の命令で貴様らを探し回っていたのよ」


「サルの言うことなんか聞くんだね」


 ゴブリンたちからヤクザ組織の若頭や親分のように慕われたその巨漢は、緑色の肌や大きな鼻と耳を備えており、見るからに人間ではないということを体現していた。

 それらに加えて筋骨隆々で角も生えているので、なおさらだ。


「皮肉のつもりかぁ? 公爵の娘ェ……」


「なーんてね。いくら怪力自慢のお前と言えども、所詮は【サードクラス】。低級止まりの悪魔」


「魔力のコントロールもロクにできねえ女が粋がってやがる。首輪でも繋いでかわいがってやろうかあ? お二人さん……」


 ドスの効いた声で嘲笑う巨漢の悪魔に対しても、システィーナはまったく動じることはない。

 大悪魔というのは自称ではなかったことを、先ほど目撃した彼女と強さと合わせ改めて確認した友梨那であった。

 緊迫した空気が流れ、警戒してシスティーナの後ろに下がった友梨那の中にまた、疑問が浮かぶ。


「知り合いなの? サードがどうとかって……」


「それはあと! こいつのご主人様とは、昔ちょっとね……」


「ごちゃごちゃ話すのはよさねえか! オラァ!」


 地団駄を踏んで振動を起こし、その隙を突いてトロークは友梨那を大きな手で掴んだ。

 とてつもない体格差だ!

 所有物を盗られた怒りか、否、せっかく仲良くなれそうだった彼女を奪われたくなかったからなのか、システィーナは目を見開き怒った。


「捕まえたア〜♪ グヘヘへ……」


 下卑た笑い声を上げるトロークへの反撃は、下アゴへの鋭いハイキックだ。

 追撃でジャブとストレートと肘打ちも、ぶちかましてやった。

 もちろん友梨那の奪還も大成功だ。


「汚い手で触んないでよ。外道め」


「やかましいわいッ」


 巨漢のトロークはパンチで地面を叩いて衝撃波を起こし二人を吹っ飛ばすが、システィーナが友梨那を抱えジャンプで避けたため効果はなし。

 その合間に肩慣らし感覚で舎弟のゴブリンたちを鮮やかなステップで倒されたため、トロークは鼻息を荒くして武器を持ち出した。


「トロールとオークに伝わる伝家の宝刀、イボイボ釘バットじゃあ!」


 身の丈ほどもあろう、棍棒と間違えてしまいそうな樫の木のバットが振り下ろされ地面に叩きつけられた。

 大きく揺れると同時に亀裂が走り、大きく砂煙を上げる。

 卑怯にもトロークはこれでシスティーナらの視界を遮ったのだ。

 「がははは」と景気良く笑いながら釘バットで薙ぎ払うが、砂が晴れた向こうに二人の姿はない。

 油断したトロークの顔面に、女悪魔のかかと落としが炸裂した。


「シャインハートアロー!」


「光輪突破!」


 快進撃は続く。

 マナエルが光の矢を乱れ撃ち、イーヴリンが剣と槍をかけ合わせた巨大な武器を構え光のオーラを纏って、飛びながら突進!

 依然として、戦況はシスティーナたちが有利だ。

 戦う術のない友梨那を守り抜くため、援軍まで駆け付けたのだから……。


「マナちゃんにイヴちゃんか! あたしだけで十分だって」


「やっぱり、友梨那さんを支配するつもりだったんだ。見てたよ」


 驚愕しながらも、頼もしすぎる助っ人に友梨那は大いに喜んだ。

 そして友と言えど、システィーナのやること全てを容認するわけではないのが彼女たちだ。

 システィーナを締めた後、うろたえているトロークたちを視界に捉え、三人は敢然と立ち向かう。


「は、話はあと。手伝えって!」


「ひえッ……あ、アニキ。じゃなくてオジキ? 勝てっこねえよお……」


「弱音吐いてんじゃねえ。浄化された女と公爵の娘さえ捕らえれば良いのだァッ!」


 意気込んだ矢先、光の矢や巨大な槍に射抜かれ、あるいは斬られ突かれたゴブリンたちが散っていく。


「あばーッ」


「げひゃあ!?」


「イデエッッ」


 最後に残った舎弟も倒され、さすがに冷や汗をかいたトロークは釘バットで身を守る。

 が、筋骨隆々とした体躯の彼でも力を合わせた三人、いや、友梨那も入れて四人の大攻勢の前ではまるで歯が立たない……。


「わ、わかった。こりゃあちょっと、あんた方と話し合ったほうが良さそうだな……!?」


 爆発する黒い魔力の球!

 目にも留まらぬ速さで繰り出された、分厚い鉄板さえさえ貫く刺突!

 心悪しき者を焼き払う光の矢!

 それら全部が命中したなら、トロークはひとたまりもなく、とうとう白目をむきダウンした。


「あースッキリした! マッチョイズムを押し付けられたって困るのよね」


 戦いを終えて衣装についたホコリを払い、友梨那のことを抱え支えてやったシスティーナだが、友梨那は彼女よりもイーヴリンとマナエルに懐いていたようだ。

 二人とも満更でもなさそうだったので、システィーナは頬を膨らませその仲を妬んだ。


「えい!」


 あともう一仕事残っていたのだ。

 マナエルは不可思議な魔力を込めて、荒れ果てた周囲を元に戻し、倒されたゴブリンたちも復活させた。

 まるで手品や奇跡の類だ。


「い、生き返ったあ〜! ケヒャヒャ、天使様ありがてえ……」


「あなたたちには、死ぬよりも重い罰を受けてもらいますからね!」


「ひゃああああ!? ごご、ごめんちゃい……」


 腰に手を当て、穏やかながらも厳しく叱責したマナエルは光の鎖でゴブリンやインプたち、そして首謀者のトロークを縛りつけた。


「ホントに殺したように見せかけ仮死状態にしてたのよ。システィーナはあざむくのも上手い」


「なるほど。始末に負えない……」


 説明を行うイーヴリンとそれを聞く友梨那の感想は悪魔にとっては褒め言葉だったのかもしれないが、かえってシスティーナの心を傷つけた。


「そのまま天界に連行?」


「魔界の刑務所行きかな。誰の命令でやったのか、取り調べもして……」


 イーヴリンがトロークたち低級悪魔の処遇についてどうするかを答えた時だ、システィーナが咳払いして話題を変えようとしたのは。

 少し芝居がかった風に振る舞うことで注目させたかったらしい。


「あとは任せるとして! あたしと契約するのかい、しないのかい、どっちなーんだい」


「するわけなーい!」


 即答だった。

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