聞こえてきたのは異変の足音か?

「やー、他人の金で食べるごはんったら悪魔的においしい!」


 街中にあるファーストフード店にて。

 あれだけ偉そうなことを言いながらも腹を空かせていたシスティーナに、友梨那は人気の高いハンバーガーセットをわざわざ買い与え、自分も同じセットを頼んで食していた。

 人間に近い容姿だったからか、食性も人間と近しいところがあることを、友梨那はここで理解した。

 彼女にとっては餌付けに成功した……ように見えたが、実はこれさえ、システィーナの狙い通りなのだ。

 詳細は後述する。


「悪魔にしては、かわいいとこあるんだね」


 元々行く予定だったブティックに行くも、そこで着せ替え人形のごとく次から次に試着を強いられて辟易していたのだが……いま、眉を吊り上げている友梨那はやり返した。

 試着のさせ合いっこということにしてらご機嫌取りのためにパンクファッションを着せた後、ガーリーな服や子どもっぽすぎる服などをシスティーナに選んでやり、ささやかな屈辱を与えたのだ。


「でも次からは自分で食べる分、自分で買ってね」


「ヤダ。契約してくれない限り一銭も出しません」


「じゃあ今日買ってあげた服もあーげない。全部私のだかんねー!」


 表向きだけでも親しい友人のように交流を深め、仲良くなることで友梨那を自身の契約者兼眷属にしてしまおうと誘導したいのだ、システィーナは。


「しっかし」


 態度の大きさとは裏腹に、システィーナの食べ方自体は妙に上品だ。

 なるべく食べカスをこぼさないように心がけているし、ハンバーガーのソースが余ればポテトに使うし、そのポテトに付属したバーベキューソースまたはマスタードもきっちり使っている。


「綺麗に食べてんなー!?」


 そういう友梨那はスマホを片手にハンバーガーやポテト、チキンナゲットを食べては、取っ替え引っ替えだ。

 誰だってこうする。気にする者、下品と思われたくない者はこうはしない。


「いちおー、公爵家の令嬢なんでね。だけど箱入り娘って思われるのが嫌だったからぁ、お忍びで夜遊びとかしまくってたわ。まあその度に両親からこっっっってりしぼられたんだけどさ……」


「システィーナさん、あんたちょっともしかして。契約者や眷属じゃなくて友達が欲しいんでないの?」


「そんなわけないじゃん。人間風情がトチ狂って、悪魔とお友達にでもなりに来たのかい?」


 指摘されて食い気味にごまかすシスティーナだが、交友関係そのものは狭く閉じられたものではなさそうなことくらいは、友梨那にもわかった。



 😈😅



 食べ足りない!

 飲み足りない!

 歩き足りない!

 そんな欲張り大悪魔のわがままに付き合わされるも、友梨那は意外と悪い気はしなかった。

 この女悪魔との契約は気が乗らないが、友達として付き合うなら……と、考えを改めるべきか、悩んでいたのかもしれない。


「あたしさ、この星芒の街のこと好きなんだ」


「システィーナ……? 急に何さ」


 コンビニエンスストアで買ったコーヒーにストローを挿して飲みつつ、彼女は突然語り出す。

 波止場のそばにある【海風公園】と、そこに隣接している広場でだ。


「ちっぽけな人間が頑張って作った街なんて、最先端の技術で発展した魔界の街には到底及ばないと思ったけど? 星芒市(せいぼうし)は本当によくできてるわ。マスコットの【ごろくぼーや】とかもさ」


「ずいぶん高く評価してくれるじゃん」


「それにあなたみたいに面白い人間もまあまあいるみたいだし……?」


 談笑しつつ、周りにいる個性の強い人々、たとえば、道化師に扮したパフォーマーや路上ミュージシャン、おしくらまんじゅうをしている子どもたちなどを見て、笑いとささやかな幸せを分けてもらう。

 そんな彼女たちの言う、ごろくぼーや……とは、五芒星と六芒星をモチーフとし、トーガを着せたような姿のゆるキャラである。


「なんてね。あなたたちごときになびくと思った?」


 器用にも、コーヒーの容器を握っていないほうの手で「あっかんべー」をして煽った。

 眉をしかめた友梨那だが、バカらしすぎて怒る気にもなれない。


「でも、星芒市が気に入ったのはマジだからね」


「どうだか……」


 信じちゃいない、という顔をして飲み干されたコーヒーを取り上げ、ゴミ箱へと捨てる。

 「お口がさびしい……」と調子のいいことを言ったシスティーナの唇をつまんだら、鼻を鳴らして威圧した。


「……契約する気になってくれた?」


「全然ダメーッ。眷属だか契約者だかになったら、何か特典でもついてくんの?」


「うむむむ……こんだけ短い間に友情を育んだのに嫌なのか。魔界と天界で使えるポイントカードと絶大な魔力をくれてやるわ。今なら、全身にみなぎるムッキムキ! ……の、ウルトラスーパーパワーもオマケしてあげる!」


 モノをちらつかせ、力こぶまで見せつけたが、友梨那はどこ吹く風だ。

 これっぽっちも惹かれてはいない。


「そんなもんいらねえよ! ジムくらい自分で通うもん」


「そ、そんなぁ〜。眷属じゃなくてお友達からでも、ダメー?」


「ふざけんな。自分が何言ったか忘れたの?」


 散々乱暴され脅された報復か、システィーナに詰め寄って威圧する。

 容赦しない友梨那は、萎縮して後ずさるシスティーナに掴みかかり取り押さえた。

 どこか言葉のプロレスじみたやりとりでもあったが、その時だった。


「コスプレか?」


「操演じゃない?」


 緑色の小鬼や、羽根を生やした黒っぽい小柄な悪魔がその場に姿を見せたのだ。

 人々はのんきに見物しており、友梨那も不思議がっていたが、システィーナはすわった目をして感づく……。


「ケヒャーッ! いたぞいたぞ!」


「あいつらだッ!」


 本物だ。

 本物の……ゴブリンやインプだ。

 当然のように人々は逃げ惑い、逃げ遅れた者は捕まって暴行された。

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