星芒市は本日も平和なり

 翌日の朝……。

 友梨那は【CHOTTO DEKAI】という文字入りのシャツと無地のグレーのズボンをパジャマに使っていたらしく、そのまま起床してリビングに降りた。


「おはよ、パパも兄ちゃんももう出ちゃったの?」


「二人とも朝早いって昨日の晩言ったでしょ〜」


 大げさだが男たちの安否の確認が取れた後、寝癖を直すように指示されたので台所で先に整えておく。

 朝食として既に母が作ったチーズを乗せて焼いた食パンとサラダが並べられており、これらとコーンスープの付け合わせを食べることにした。


『銀行やコンビニなど同一犯が襲撃か!? 先々日から被害が相次いでおります……』


「またこれ? 最近物騒になったよね……」


 悲痛なニュース映像を見て、友梨那は苦虫を噛みつぶした顔をする。もしも己が巻き込まれていたら……と、想像してしまったからだ。


「あんたも気をつけなさいよ。あの悪魔のコスプレした女の子とか、絶対ヤバいやつだから!」


「そだね。は、ははは……」


 嫌な気分を引きずるよりも、楽しいことを考えたい友梨那と母はしばし談笑を続け、もちろん朝ごはんも食した。

 それから、朝の支度を済ませ職場に連絡を入れたのである。


「城ヶ崎です、先日はご迷惑おかけしました。私元気になりましたので! えっ……もう一日お休みさせていただいても? ありがとうございます!!」


 上司からの気遣いに心からの感謝を述べて、通話が切れたのを確認した友梨那が母のほうを向く。


「……だってさママ?」


「部長さんとは何度かお話ししたことあるけど、あんたオフで遊びまくってる割に働きすぎだもの。ちゃんと友梨那自身を労りなさいよ」


「うっ。肝に銘じます」


 ワーカホリックになったつもりはないが、友梨那としては心に刺さる話だったようだ。



 😈



「リフレッシュのため、さあ! しゅっぱ〜〜つ!!」


 その後、モスグリーンのパーカーに青のジーンズといったラフな格好ながらもかわいらしいコーデで決めて、友梨那はお出かけする。


「ちら……」


 まさか、誰かあとをつけて来ていないだろうな……と、友梨那は疑う。

 大悪魔の女からひどい仕打ちを受けたばかりなのだから、自然にこうもなろう。


「気のせいか。こんな世の中だからなー……」


「……キヒヒ。ケヒャア〜〜ッ! あの娘だ。あの娘で間違いねえや!」


 気のせいではなかったが、彼女は気付いていない!

 長い鼻と耳を持つ醜き小鬼と、小さい羽根の生えた小柄で卑しい顔つきの悪魔が、密かに尾行していたことを……。


「お、高収入バイトの宣伝かー? もう就職してるもーん」


 なんだかかわいらしいが、いかがわしくもある女の子が描かれたアドトラックが車道を走るも友梨那には関係ないこと。

 信号を待ち、青くなってから散歩を再開する。


「うん……うん?」


 対岸に渡ってから、人々が行き交う交差点の中にシスティーナと思しき、シルバーグリーンの長髪の女が不敵に笑っていたのを見かけたような気がしていたが……。

 確認のため、振り返った時にはその姿はもうなかった。


「あいつの幻覚かぁ〜……?」


 まだ大悪魔を振り切れないことにほとほと呆れながらも、まだ見ぬファッションとコーデを求めてブティックへ向かう友梨那。

 しかしその前に、見覚えのあるギャルが立ちはだかって絡みつく。


「悪魔から逃げんな〜?」


「システィーナッ!!」


 それらしい要素を魔法で消し去り、人間に近い容姿を利用し擬態をしていたようだが友梨那はごまかされない。

 あの夜、いきなり押し倒してきた時と同じ瞳をしていたからだ。



 👿



「まだ私に用なの」


 先ほど怒鳴ってしまい周辺の人々を驚かせてしまったため、目立たぬように場を人気(ひとけ)のない広場に移してのこと。

 ジャケットや長ズボンといったカジュアルコーデで頑張っておしゃれしていたシスティーナだが、友梨那は惑わされない。


「カッカしないでよ。それに決して悪い話じゃあない」


「悪魔が何言ってんのさ」


 親の仇を前にしたときのような怒りのこもった目と声で威圧し、友梨那はシスティーナを平手打ちする。

 痛みから苛立ち、大悪魔も人間の娘をにらみつけた。


「その悪魔が近いうちあなたを狙って現れるよ。あたしやイヴちゃんみたいに、話し合いに応じてくれる悪魔だけだと思う?」


「そ、それは」


「あなたみたいないい子ちゃんは他の連中から餌食にされるだけ。食い物や踏み台にされて終わりだなんて、とんでもない。そこで素晴らしい提案をしましょう」


 仕返しと言わんばかりの刺々しい言い回しを終えた後、システィーナは両目と両手を光らせ、中心に収束させた。


「あたしと契約してみなーい? しないなら勝手に死にな」


 宙に契約書と羽根ペンをかたどったオーラが現れ浮かび上がる。

 ……たとえるなら血の色だ。

 毛虫でも見てしまったように目を見開いた友梨那は、これを払い除けた。

 思い通りになってくれない彼女には、システィーナも舌打ちせざるを得ない。


「だが断る」


「ケッ! つまんねーの。浄化してもらいたてのあなたに何ができる? 特別なものなんか持っちゃいない、か弱い人間の力で身を守れるとでも」


 壁際に追い詰めて、システィーナは友梨那におどしをかける。どれだけ言っても聞かないのであれば、強硬手段に移る以外にない。


「契約したら、この大悪魔のパゥワーであなたを守ってあげられるんだけどね。サインくらいしなさいよ」


「一切お断り!」


 契約書を見せつけるも、やはり友梨那は拒否。

 システィーナもなかなか、引き下がろうとはしない。

 まだ友梨那を完膚なきまでにもてあそび、しゃぶり尽くしてはいないのだから……!


「そっか、そうだろうね。じゃあ契約を交わしたくなるようにさせてあげる」


 狂気的な顔までしたが、友梨那は険しい顔をしたままおびえる素ぶりも見せない……。

 恐れられなくなっても、システィーナは彼女を他の悪魔に譲りたくはないのだ。

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