クピドともいう

「あたしのケンカ友達に恋のキューピッドみたいなことをしている天使がいるんだぁ。ロリ少女の頃からその仕事一筋で、あたしともそりゃあもう長い付き合いなの」


 街を一望できる、展望台のある公園のベンチにて。

 過程を振り返れば当たり前だが、友梨那から少しだけ殴られたため、身の上話をしているシスティーナの顔面は至るところに絆創膏が貼られていた。


「だぁれだぁれその子? その天使様が私を治してくださるの?」


 そう訊かれて、視線をそらしたシスティーナは意地の悪い笑みとともにこう答えた。


「治せたのならね……。あの底抜けに優しいだけのいい子ちゃんにできるもんですか。おほん!! ほかにも天界で働いてる悪魔っ子とか、【時間の鬼神】とかが友達にいるけど、また今度会わせてあげる」


 悪魔らしからぬ善意からか、そんな事なく己のミスを精算したかっただけなのか。

 真意はあまり明かさずに、魔界仕様の禍々しいスマートフォンを取り出したシスティーナが電話をかける――。


「あたしあたし。昨日その件でRAIN入れたっしょ。頼むよ〜あたしだって気まずいんだからさ……え? あいつも一緒? ヤダよ、お説教とか〜〜!」


「いまRAINって……。コミュニケーション・ツールのSNSのだよね? 魔界や天界にもあるんだ……。ほんとに来るのかー?」


 そう言った直後だった、天から心が洗われるような光が差し、白い羽根が散るとともに天使たちが舞い降りてきたのは。

 気まぐれで優しくしてやったに過ぎなかったのかもしれないが、システィーナが嘘や冗談を言って自分をからかったのだと決めつけていた友梨那は、ほんの少しだけその認識を改めた。


「やれやれですね。あなたって人は……」


「あ、あたしだってねえ!?」


 降臨して早々に女悪魔と親しげに話す、ブロンドのウェーブショートヘアーの天使。

 その傍らには白い角と翼と尾を生やした、もう一人の女悪魔の姿があった。


「さっきの話ホントだったんだ……」


「城ヶ崎友梨那さんだよねぇ? はじめまして。魔界生まれだけど、訳あって天界でお勤めをしている……【イーヴリン】よ」


 あの大悪魔のことを必ずしも嘘つきとは思えなくなった。しかも相手は悪魔なのに、頭上にはアレンジが施された天使の輪が浮かんでいる。翼ははもう一対の腕と一体化を果たしていたが、つまりは多腕なのだ、イーヴリンと名乗る彼女は。


「あなたが誤って悪魔化してしまったという方ですね? マナエルというの、よろしくお願いします」


 露出も控えめのワンピース姿の天使は、礼儀正しく名乗りを上げる。

 明るく慈愛に満ちた女であることが、深読みするなり勘繰るなりせずとも友梨那には伝わった。


「見たところ、システィーナからチューされた時に、あいつから人を悪魔に変える魔力が流し込まれてしまったという話は現実みたいねえ。信じるっきゃないか」


「なにそれ……!?」


「あいつからさ、洗いざらい聞き出したのよ」


 肌を適度に露出した衣装で急接近したイーヴリンは、アゴに指を添えつつも友梨那の顔を覗き込み、もう片方の手の人差し指でなぞる。

 真ん中分けの白金色のロングヘアーも合わさって、友梨那側からはとてもセクシーで魅力的に映った。


「システィーナはですね、自他ともに認める魔界の大悪魔だけど。魔力のコントロールの仕方が下手なの」


 称賛しているように見せかけ、こき下ろす。

 これもマナエルがシスティーナとは古い馴染みだからこそできる芸当か。

 彼女たちには裏がなさそうだということはわかったので、友梨那はこうなったら、余計なことは考えず指示通りにするだけだ。


「このままだと魔界でもどこでもやってけそうだし、高位の悪魔にもなりうる素質があるけど、友梨那さんはそんなのヤだよね。そこでなんだけど」


「私なら友梨那さんを元に戻せるわ」


「え!? ちょっと、ご、ご都合良すぎじゃないですかね……」


「いいからいいから」


 システィーナに下がるようジェスチャーを送り、マナエルは深呼吸してから真剣な顔をして右手をかざす。

 彼女がはめていたブレスレットが不思議な光を放ち、それは――暖かいものだった。

 気さくで饒舌なイーヴリンも、今はただ見守るのみ。


「深いところまでシスティーナの魔力が入り込んで満たしちゃってるね……。助太刀するよ! マナちゃん」


 そのうち、マナエルだけでは困難ではないかと判断したためイーヴリンが背中から彼女の肩に手を置いた。

 こうして両手と翼を光らせ、マナエルが発している浄化の力は輝きをさらに増した。

 虹色と金色が混ざり合った光のオーラが、友梨那の体を優しく包み込んでいく。


「あぁっ」


 つい、うっとりといやらしく、誤解されかねない声を上げて友梨那が目を閉じた。

 天界から来た二人の力で、人ならざる象徴である角も翼も尻尾も、システィーナが手違いで与えてしまった魔力も、綺麗さっぱりと消えていった。


「戻った。元に、戻れたァ〜〜〜〜!!」


「良い点はサービスしましたよ。ただ、再発する恐れがありますのでそこだけお気をつけて」


「そ、そうなのね」


 思いの外あっさりと問題が解決したが、ともかく友梨那は全身を使って喜びを表現する。

 豊かになった体型はそのままだが、ほかは元通りだ。

 彼女にとっては嬉しいおまけ付きである。これには、マナエルもイーヴリンも顔が思わずほころんでしまう。

 一方のシスティーナは、自分でマナエルたちに頼み込んでおきながら呆気にとられている――。


「はいはい、元通り元通り……よかったね。あたし帰っていいかな」


 美貌が台無しな、なんとも言えない表情をして退散しようとしたが、イーヴリンの白い翼に掴まれてしまう。

 シルクの手袋をはめたような見た目と質感だ。


「ダァメなのよお!! あんなかわいい女の子泣かせた罰として、一晩付き合ってもらうからね」


「右に同じよシスティーナ! 行きつけのお店だから安心して!」


「泣かせてないってばぁ!!」


 飲み会をするつもりだったらしい3人を見て笑みをこぼす友梨那だが、その前に自宅まで送り届けてもらった。



  😇😈



「天使様。イーヴリンさん。ありがとうございます……」


「あたしにも感謝しなよ」


 余計なことをしゃべった者・システィーナは、その口を眉をひそめたマナエルにつままれた。


「マナエルでいいですよ。それじゃ、今日のことは私たちとあなたとの間の秘密ってことで……」


「はい。お元気で!」


 こうして両者は後腐れなく別れ、日常に戻って行った。

 友梨那は自宅の中へ、悪魔と天使たちは都会の雑踏へ――。


「お帰り、友梨那。ってぇ、人間に戻れたのね!」


「ちょ、ママ痛いってばぁ!」


 娘が帰宅して早々に母は嬉し涙を流しながら抱きついて離さない。

 喜びを分かち合いたかった娘もまた、一筋の涙を流す。


「ちょっとデカくなったんじゃない?」


「見違えたでしょ」


 それから、友梨那は家族団欒のひと時を健全に過ごすことができたという。

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