歪んでしまった純愛 ※

 知ってる?ツミの対語は、蜜なんだって。蜜のごとく甘し、だ。…どこで見たんだったかな。今の俺にとても似合う響きだと勝手に思った。俺の罪。罪を重ねれば重ねるほどに、それは俺にとっては甘美で、癖になる。なんという中毒性。もうすでにそれは依存。


 アルコールに任せて、泣いて嫌がる女を無理やり抱いた。ぐちゃぐちゃに荒れ果てたベッドの上には、昨夜俺が押さえ込むようにして己が欲望を一心に吐き出した先の女が横たわっている。殴ったりだとか、そんなのはもちろんしなかったけれど…正直、あんなにも嫌がられるなんて思っていなかった。俺がそこそこ顔の良い、たまに声をかけられる程度の読者モデルであるなんていうちんけなものではなく、この女はてっきり、俺に恋慕の情を抱いていると思っていたからだ。それがとんだ勘違いだった。


 かくいう俺は、どうしてこの女に狙いを定めたのか?そりゃあ、好きだからだ。ヤルことヤルなら好きな女と、っていうのは当然のことだろう。前から好きだった。別に昔からの知人友人なんてものでもなく、本当になんでもないけど。俺はことあるごとにずっとこの女を視界に入れていた。


 はじめに出会ったのは、野外でのオープンイベントの撮影。彼女はその日、たまたま俺のメイクを担当していた。……まあ最初は別に意識していたわけじゃない。その後の親睦会にも来ていて、そこでも特別かわいいと思ったりもしなかったし。ただ、聞き上手なところが好印象だった。それだけだ。それがいつしか、撮影やイベントで見かけるたびに、気になって気になって気になって。会う機会もなんだかんだ多くてなおさら。


 自分の気持ちに気が付いた時にはもう止められないところまで来ていた。こっそり交換したLINEのやりとりは決して人には見せられないし、外で何度か会ったのも、これからよりいっそう売り出しにかかる俺は誰かに知られてはきっとまずい。でもそれくらいには、俺はこの女にどっぷりと沼って浸かっており、それでも手を出すことはなかった。今の関係を崩すのが、怖かったから。


 それなのに。お前は。『気になってるモデル? うーんそうだな、この子かな』ギリギリギリ、歯ぎしりが止まらない。彼女が指さした雑誌の写真は、俺ではない。


 笑顔で、へーそっか、なんて返せた俺は天才だと思う。その後はまるで、水を飲むかのようにひたすらアルコールを体内に取り込んで、それを彼女にもまた。勢いで連れ込んだカップル御用達のホテルに入るや否や、意識がぼーっとしている酔っ払いの女を組み敷いて。




『やめて!』


『やだ、嫌!』


『こんなの、違う、違うよ』




 泣いて、叫んで、俺の下で俺を呼ぶ。ぞくぞくした。だって、俺の下で俺のことだけを視界に写して俺のことしか考えられない状態で俺の名前を呼びながら、女の部分には俺の男性器が突っ込まれているのだ。そしてそれを締め付けて俺のことを悦くするのだ。泣いて拒否するくせに。悦んでたまらない、という反応をする。おかしな話だ。


 俺はきっと歪んだ笑みを浮かべていただろう。自分勝手に犯し乱すのはとてつもなく心地よかった。でも、わかってもほしかった。それくらいにお前が好きなんだ、と。犯罪めいた行動をとってしまうくらいには、俺はこいつに執着している。寝ても覚めても、お前のことしか考えられないくらいに、頭の中も、心の中も俺のすべて、この女でいっぱいなのだということ。そのせいで終始反応しっぱなしの難儀な体のこと。


 …客観的だろ?わかってるんだよ、自分のことは自分で冷静に分析はできている。だが、分析できているのと、それを制御するのはまた違う。制御なんつーもんは出来ていたらこんなことにはなっていない。俺は、周りが思っているより存外、自分勝手でわがままなのである。欲しいものは欲しい。やりたいことは、やる。




「…なあ」




 意識を失っている彼女に声を掛けても、やはり返事はない。ああ、愛しい。殺してしまいたいほど。そうすれば、本当の意味で俺のものになる。でもそれをしたことによって、耳に届かなくなる声、もう呼ばれなくなる名前、温もりのある体と繋がれなくなる雄。それすべてと引き換え、というのは、ちょっと恐ろしかった。




「俺のことを、愛して。」




 呟きは天井へ吸い込まれて。


 その首にこの手をかけてしまいたい、という衝動をひた隠し、変わりに彼女の髪を指先で撫でた。すると、寝ぼけているのかただ寝相が悪いだけなのか、俺の腰に腕を回して抱き着いてなんてくるものだから。小さくため息をついてその隣に潜り込めば、ああ、どうか彼女の夢をのぞけますように、と願ってその華奢な体を抱きしめた。そうして、目を閉じた。

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