ちょっとだけキュンとなれる恋の小話
スズキ
余裕に見える?虚勢です。
9月に入ったとしてもまだ月頭は残暑。朝方はだいぶ過ごしやすい気温になったが、日中はまだまだ暑い。子どもたちも夏休みが明け学校に通いはじめたため、平日の街はだいぶ静かになった。人が多いことをあまり得意としない俺としては、漸く取り戻した静けさに安堵しているこの頃。空は晴れている。
今俺の隣を歩いている女は、大学で同じサークルに所属しておりいつの間にか深い仲となっていた、所謂、彼女、というやつ。正直、価値観というやつはまるで合っていない。それでも隣にいる時間は心地よく、相性、というもの自体は、自覚はないがたぶん悪くはないのだと思う。まあどういうことかというと、互いに少し、変わっているのだ。
「9月になっても、まだ暑いねえ」
「それな」
「こう暑いと、ソフトクリーム食べたくなりませんか?」
「べつに。……うそうそ。食べたい食べたい」
「では買ってくる。そこのベンチで待ってて良いよ」
「いやこういうのは男が買いに行くってのがセオリーっしょ。お前こそベンチで座って待て」
彼女の前ではつい、かっこつけたくなって普段しないようなことを進んでするようになる。面白いものだ。こうして俺は、彼女をこのだだっ広い公園の木陰になっているベンチへ座らせ、公園入り口とちょうど境になっている駐車場に駐車されているキッチンカーへ足を進めた。
彼女の好みは知っている。こういった時に選ぶのは決まっていちご味。列の前に小さな子連れの親子がいて、そちらが選んだのはいちごとバニラとのミックス。まるで例えばふたりが交わっているような、それもたまには良いかな、なんて思いながら、自分の番がまわってくると結局、いつものいちご味と、俺も例に漏れず無難にバニラを選んで出来上がりを待った。
実際こういう時、俺は周りと同じものを頼まないことの方が多い。俺だけコーヒーだとか、サイダーだとか、よく逆張り、なんて言われるけれど。気分じゃないのだから仕方ないじゃないか、と思いながら、しかし反論するのも面倒で黙っている。じゃあどうして今、彼女と同じく、ソフトクリームを注文したのか?それは、もちろん彼女とシェアするためである。
数分待てば、ピンク色と白色のソフトクリームがそれぞれ出来上がり、金銭と交換という形で渡された。それを持って彼女の元へと戻ると、なにやら彼女が座っているベンチに、男がふたり。上から彼女を見下ろす形で、下品な笑みを浮かべながら、何かを話しかけているようだ。
「お待たせ。ハイ、いつものいちご味ね。……で、この人たち誰?」
「あ、おかえり。ありがとう、言わなかったのによくわかったねいちご味。……さあ? 知らない人」
「お兄さんたちナンパすか? 残念ながら男連れなんで他あたってもらえます」
ああ、面倒くさい。口元には笑みを携えて、至極ダルそうに伝える。きっと、相手には俺が余裕そうに見えるのだろう。沸々とわき上がる憎しみはひた隠して。
「…大丈夫?」
「うん、平気。彼氏待ってるんでーって言ってもなかなか信じてくれないから困っちゃった」
「ナニソレ、面倒くさ」
「見つけて、急いで戻ってきてくれてほんとありがと。……もう怒ってない?」
「最初から怒ってないけど」
「うそつき。だって、目が吊り上がってたもん」
そうして不敵に笑う、君。敵わない。
「今度から、一緒に買いにいこ」
「ん。それがいい」
君のことになると、それを隠すことすら出来ていない、余裕のよの字も持ち合わせない、ただのカッコ悪いひとりの男。でも、これ以上ないくらいに、めいっぱい愛してる。それだけは、ただただ伝わればいい。
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