第15話 二度目の死

 次の日の昼は、特にやることもなかったので、適当に町を歩いていた。前回貴族だったときは、大量にあったお金が今回はほとんどなかったため、時間を潰すのにも苦労した。


 そして、ようやく夜になる。ラッディには計画の詳細は伝えていない。ただ、屋敷の衛兵に見えるように、屋敷の侵入を試してみて欲しいとだけ言っておいた。見つかったら、すぐに逃げろとも言っておいた。まあ、捕まったら捕まったで真剣に謝れば、非行少年の若気の至りくらいで許してくれるだろう。


 ラッディはその話を聞くと、「度胸試しっすね!」と言って、妙にやる気を出していた。違うけど、都合の良い勘違いなので訂正しない。


 後は、衛兵二人がラッディに気を取られた隙に、俺が即座に屋敷に忍び込むという算段だ。


「行ってこい、ラッディ。」


「了解っす!」


 そう言うと、ラッディは無駄に大声を出しながら、外壁をよじ登ろうとし始めた。


 玄関の門の近くで見張りをしていた衛兵が、何事かとそちらを見る。


 外壁をよじ登っている、ラッディを見つけると、一人の衛兵がラッディの方に向かっていった。残ったもう一人の衛兵も、その成り行きを見守るかのように、そちらの方向に気を取られている。


 今しかない!と思い、忍び足で門を抜ける。


 …気づかれた様子はない。ひとまずは、侵入成功だ。心の中で、ラッディに礼を言う。これが終わったら、兄貴分らしく、何か奢ってあげようと心に決める。


 無駄に長い庭を歩いて、屋敷の方に向かう。


 辺りに人影はない。正直、屋敷の敷地内にも、衛兵が何人かいるものと覚悟していただけに、少し拍子抜けだ。


 明かりらしい明かりはない。庭にも明かりはないし、屋敷も誰もいないかのように明かりがついていなかった。


 好都合だ。誰もいない方が捜し物がしやすい。


 異様なまでに静かだった。


 不気味なまでに、暗かった。


 月明かりだけが照らし出す世界は周りの景色すら、曖昧だ。曖昧な輪郭の屋敷だけが、何とか見える。


 静寂と暗闇は恐怖を呼び込む。


 静寂と暗闇は、感覚を狂わせる。


 どのくらい歩いただろうか、屋敷に一向に近づいてる気がしない。


 呼吸が荒くなる。


 心臓が早鐘を打つ。


 暑いわけでもないのに、額から汗がにじみ出て、頬を伝う。


 世界で一人きりになってしまったかのような感覚が訪れる。


 寂しい、怖い、逃げ出したい。


 ただただ、この屋敷を取り巻く雰囲気は不気味だ。ここには近づかない方が良いと、頭で警鐘が鳴り響いている。


 胸に形容し難い感情の奔流が訪れ、次の瞬間、その感覚は唐突に終わりを告げた。


 …誰かが、目の前に立っている気配がする。


 一人きりの世界が、途端に二人きりになる。


 見つかってしまった、とは思わなかった。いや、思う暇が無かった。


 首筋に何かが触れた感覚を感じたと思ったときには、世界は反転していた。


 …指一つ動かせない。当たり前だ、だって体はこんなにも俺と離れているのだから。


 目の前で、首のなくなった俺の体が倒れ、辺り一面が真っ赤に染まる。


 その衝撃的な光景を見ても、もう何も感じないし、何も考えられなかった。


 意識がどんどん遠くへと離れていく。


 最後に、声が聞こえた気がした。


「君は、ここに来るべきではなかった。」


 意識が完全に途絶えた。

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