チョコレート王国
ここはチョコレート王国。チョコレートが好きな王さまが住んでいます。
王さまの食べるものはチョコレートばかり。特に、甘い甘い、ミルクチョコレートがお気に入りです。
でも近ごろは、王さまは太り気味。大臣は王さまの健康を心配して、他のものも食べさせようとします。
「うええ、お魚じゃないか。ぼくは猫じゃないんだ。お魚なんて食べないよ」
「ですが王さま、最近、お腹の肉がたるんでおりますぞ。それに、チョコレートばかり食べていては、虫歯になってしまいます」
「ちょっと太っていたぐらいが健康なんだ。ちゃんと歯磨きだってしているぞ」
「歯磨き粉だってチョコレート味です」
「うるさい。ここはチョコレート王国だ。そしてぼくは王さまだ。チョコレートだけ食べていれば十分だ」
結局、王さまはお魚を残してしまいます。代わりに、チョコレートをお口にポイッ。
「あー、甘い。チョコレートを食べると、本当に幸せだなあ」
王さまはいいことを思いつきました。
「そうだ、新しい法律を作るぞ。これからはチョコレート以外の食べものは禁止にしよう」
大臣は大反対です。
「それはいけません。国民の中にはチョコレートが嫌いなものもいます」
「なに、それはけしからん」
「けしからんのは王さまです。王さまはもっと国民の幸せを考えなくてはいけません」
「考えているぞ。ぼくはチョコレートを食べると幸せだ。だったら、みんなもチョコレートを食べれば幸せになるんだ」
「一人一人、幸せはちがいます」
「それなら、一日に一食は必ずチョコレートにするというのはどうだ」
「胸焼けがします」
「うーん、ぼくが国民のためを思っていっているというのに」
王さまは合点がいきません。
「それより王さま、隣の国のお姫さまから誕生日の贈り物が届いております」
「そうか。もうじき2月14日だったな」
王さまは隣の国のお姫さまが大好きです。二人は結婚の約束をしています。
「うわっ」
贈り物の箱を開けてみて、王さまはびっくりぎょうてん、ひっくり返ってしまいました。
「へ、ヘビ!」
「王さま、本物のヘビではありません。おもちゃです」
「あー、びっくりした。なんだってこんなもの送ってきたんだ」
「そりゃあ、王さまがヘビが好きだとおっしゃったからでしょう」
「そんなこといったかな?」
王さまは忘れていますが、たしかにそういったのです。
お姫さまの前でかっこつけようと、自分には怖いものなんてない、ヘビでもなんでも持ってこい、といってしまったのでした。
「かっこつけるのも考えものだな。お返しには、チョコレートをたっぷり送ってやってくれ」
そのとき、王さまはあることをひらめきました。
「そうだ、これからはチョコレート以外の贈り物は禁止にしよう。これならいいだろう」
大臣も、そのくらいだったらいいかと思いました。
「ですが、隣の国の姫には効果ありませんよ」
「なんでだ」
「法律は、我が国だけですから」
「それなら、今すぐに結婚しよう。そうすれば、姫はこの国の人だ。二度とヘビなんてもらうことはなくなるぞ。よし、今度の誕生日に結婚式をやる。準備を急がせろ」
新しい法律ができて、チョコレート以外の贈り物は禁止になりました。
大慌てで結婚式の用意が整えられます。当日になって、お姫さまが隣の国からやってきました。
「どうしたの、王さま。わたしたちの結婚は、まだ先のはずでしたのに」
「善は急げだ。チョコレートは溶けないうちに食べろだ。きみのために、甘いチョコレートのウェディングケーキを用意したよ」
巨大なチョコレートケーキが運ばれてきました。
「わたし、白いウェディングケーキに憧れてたのに」
お姫さまは嬉しそうではありません。でも、王さまはそんなお姫さまの様子に気づきません。
「きみにプレゼントがあるんだ」
王さまが、得意気にポケットから取り出したのは、小さな箱。
「まあ、なにかしら?」
お姫さまはとぼけます。でも、本当は中になにが入っているかわかっていましたけど。
「うっ、なによ、これ」
「チョコレートの指輪だよ。溶ける前にはめてごらん」
「もう、王さまったら、最低!」
お姫さまは泣きながら、どこかに走っていってしまいました。
「あ、どうしたの」
王さまはあとを追いかけました。お城の倉庫を見て、台所を見て、牢屋まで見ました。でも、お姫さまの姿はどこにも見つかりません。
お城の庭には、結婚式を見るために、大勢の国民がつめかけていました。王さまとお姫さまが現れるのを、今か今かと心待ちにしています。
「ふう、困ったぞ。今から結婚式だっていうのに」
途方にくれて、王さまは自分の部屋に戻りました。うなだれてベッドに腰掛けると、おもちゃのヘビが目に入りました。
「ヘビか。ぼくはヘビが好きじゃないけど、好きっていっちゃったんだよな」
王さまは立ち上がり、おもちゃのヘビを手に取りました。
「彼女のことは好きだけど、やっぱりヘビは好きになれないや」
「そうでしたの」
するとカーテンのかげに隠れていた、お姫さまが姿をあらわしました。
「なんだ、ここにいたのか」
「あなたがヘビがお嫌いだとわかっていたら、別のものを贈りましたのに」
それを聞いて、王さまはやっとわかりました。
「ぼくのほうこそ、別のものを贈るべきだった。きみの好みも考えないで、自分の好きなもののことばかりだった」
「わたし、王さまのことは好きよ。でも、あなたが好きなものでも、わたしが好きでないものもあるわ」
「きみはチョコレートは嫌いだったんだな。自分の好きなものを押しつけて、ごめん」
「嫌いじゃないわ。でも、指輪にまでするのは、うんざりよ」
「ごめん、ケーキも作りなおさせるよ」
「そこまでしなくてもいいわ。大事なのは、そういうことじゃないもの」
そのとき、大臣が部屋にきました。
「王さま、早く国民の前に姿を見せてください。みんな待ちかねていますぞ。贈り物のチョコレートもどっさりです」
「なんだ、そんなものいらないよ」
それを聞いて大臣はびっくりです。
「王さま、どうしちゃったんですか」
王さまとお姫さまは、顔を見合わせてウフフと笑いました。
二人がバルコニーに出ると、国民から大きな拍手で出迎えられました。
誰もが二人の結婚を祝福しています。みんな幸せそんな笑顔です。
「みんなありがとう。ぼくはこれから、彼女にとても大切な贈り物をします。でも、それはチョコレートではありません」
みんなはざわざわしました。贈り物はチョコレートだけと、王さまが法律で決めたはずです。
「それは目に見えるものではありません。食べられるものでもありません。ましてやヘビのように、怖いものでもありません」
国民は固唾を飲んで王さまを見守りました。
「それはチョコレートよりも、ずっとずっと大切で、ずっとずっといいものです。ぼくはそれを彼女にあげます」
王さまは、そういいはなちました。
「ぼくは自分で作った法律をやぶる。それで牢屋に入ったってかまわない。でも、彼女の幸せを考え、彼女が本当に喜ぶものを贈る。今日だけじゃなくて、ずっとずっと贈りつづける。これだけは絶対にやぶらない。ええと、それをなんていうんだっけ」
お姫さまが耳元でささやきました。
「王さま、それを愛というのですよ」
「そうだ、ぼくは彼女に愛を贈る」
ワーッと大きな歓声がわきおこりました。
「王さま、バンザーイ!」
「チョコレート王国、バンザーイ!」
ここはチョコレート王国。チョコレートが大好きな王さまが住んでいて、ちょっと変わった法律があります。贈り物は、相手が喜ぶものなら、なんでもいいのです。
そして、毎年2月14日には、人々は愛を贈りあうのです。
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