こむらねこ

 こむらねこは大得意でした。お母さんにおむすびを握ってもらったのです。

 生まれて初めて食べたおむすびは、塩味がきいて、とてもとてもおいしいものでした。

「これはうまいじょ。母ちゃん、今度の遠足にはおむすびがほしいじょ。大きいのを3つ握ってけろ」

「はいはい、竹の皮に包んであげますからね」

 みんな羨ましがるに違いない、とこむらねこは思いました。

 当日、お友達みんなで山にハイキングにいきました。ところが、いざカバンからおむすびを取り出そうとして、こむらねこは恥ずかしくなってしまいました。

 みんなが出したのは、色とりどりのかわいらしいお弁当箱。蓋を開けると、ご飯やおかずで絵が描かれています。

 一方でこむらねこはといえば、古い竹の皮で包んだ白むすびがあるばかり。

 いたたまれなくなって、コソコソと薮の中に入っていきました。あんなにおむすびをありがたがっていた自分が、馬鹿みたいです。

「みじめだじょ」

 おむすびなんか握ってもらうんじゃなかったと思いました。お母さんのことが、急に憎くなりました。

 山の中の田んぼに出たところで食べることにしました。ここなら誰にも見つかりません。

 でも、一つ食べたところで、胸がいっぱいになって、それ以上喉を通らなくなってしまいました。

 目の前は田んぼです。こむらねこは、おむすびを手に持つと、おもむろに投げ捨てようとしました。

 すると、誰か話しかけるものがいます。

「おおい、そげなもっだいねことさ、するでなか」

 田んぼの中のかかしでした。

「それはおいが、じーっと辛抱してつっ立って、スズメやカラスから守って実ったもんじゃあ。捨てるなど、まかりならん」

「辛抱してみすぼらしいんじゃ、あかなしだじょ」

「みすぼらしいことなか。立派なツヤツヤのご飯じゃぞ。そいだけの米を作るに、どんだけお百姓さんが苦労したか、おまんは知っとるんけ」

「馬鹿にするでね。わし、学校いっとるじょ」

「じゃったら、なして捨てるぞ」

「みんなかわいいお弁当だじょ。わしは白むすびだけじゃで、恥ずかしいじょ」

「恥ずかしいことなか。おまんの母ちゃんが心を込めて握ってくれたもんじゃあ」

「母ちゃんにかわいい弁当は作れんだけじゃ。それに、うちではかわいい弁当箱も買えん」

「おむすびはきらいかあ」

「好きだじょ。一番好きだじょ」

「じゃったら、よかろうもん」

 こむらねこは手に持ったおむすびを竹の皮に戻しました。

「捨てるのはよしたかあ?」

「ぬしの話を聞いたからじゃないじょ。帰りにスズメにでもやるんだじょ」

「そんなら、おいにくれ。おいは、見とるばかりで食うたことない」

「食えるんか?」

「手が曲げれんで、口まで持ってきてけろ」

 こむらねこはおむすびを一つ、かかしの口に持っていきました。かかしは大きな口を開けて、ばくりと一口で食べました。

「うんめえ。おいはこんなうめえもん、守っとったんじゃなあ」

「うれしいか?」

「そりゃあ、うれしいぞ。おいのおかげで、うめえもん食える人がおるんじゃから」

 こむらねこは、かかしの足元に座ると、もう一つ残ったおむすびの頭をかじりました。

「なんじゃ、おむすびのありがたみがわかったか」

「ぬしの話を聞いたからじゃないじょ。話しとったら、お腹が空いただけだじょ」

 塩のきいた白むすびは、心がほっとする味でした。

「おまんは一緒に食うやつ、おらんのけ?」

「わからん。馬鹿にされるかもしれん」

「なら、そこにホオノキがあるけ、葉っぱをとってきゃ。古い竹の皮よりかええじゃろ」

 こむらねこはおむすびを全部食べおわると、よっこらしょと腰を上げました。

「またここに来てもええぞ」

「わしゃ、説教くさいやつは好かん」

「口しか動かんのじゃから、勘弁せえ。手も足も棒じゃ。おまんは幸せじゃ。おむすびを握ってくれる人がおるんじゃけ」

「説教くさいは好かんいうたじょ」

 こむらねこは急いでみんなの元へと戻っていきました。

「母ちゃん、母ちゃん」

 家に帰ると、空っぽになった竹の皮の包みを出しました。

「またおむすび握ってけろ。今度は大きいの4つじゃ」

「あら、足らなかったのかい?」

「わしのじゃないじょ。友達のじゃ。おむすびがええんじゃ。じゃが、次はこれに包んでけろ」

 こむらねこは、大きな朴葉を見せました。

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