フクロウの王さま

 フクロウの家の中で、お母さんがタマゴをあたためていました。

 もう長いことあたためています。普通なら、もうとっくに産まれていたっていいのに、まだあたためています。

「もう、だめかもしれないねえ」

 お父さんフクロウがいいました。

「そんなことありませんわ。もうじき産まれますとも」

 お母さんフクロウはいいました。

「産まれたとしても、きっとうまく育たないよ。育ったとしても、とても大変だなあ」

「それでも、わたしは嬉しいですわ。産まれてきてくれたのなら、それだけで」

 やがて、雛鳥が産まれました。

「ほら、この子の太っているのをごらんよ。これは立派なフクロウになるよ」

 お父さんは大はりきりで、せっせとエサを運びます。ところが、子どもはなかなか食べてくれません。食べやすいように柔らかくしてあげてから、ようやく食べてくれます。

「おや、この子は美食家だねえ。一等上等のヒキガエルを、一等上等に調理してからじゃないと、食べてくれないんだねえ。手間がかかるなあ」

 お父さんが困ったようにいいます。

「ちょっとタマゴにいるのが長かったから、まだ地上に慣れていないだけですよ。今に立派になって、わたしたちの面倒を見てくれるようになりますわ」

「そうかねえ。この子、よく目が見えていないんじゃないのかなあ。あやしても、ちっとも笑ってくれないよ。それに、そろそろ言葉を話せるようになってもいい頃じゃないかい?どうしてまだ一言も話さないんだろう。おまけに、すぐお腹をこわすし、トイレもなかなか覚えない。こんな子が、ちゃんと自分でエサをとれるようになるだろうか。それに、ちょっと顔にしまりがないようじゃないかい?」

 まったく、お父さんのいうとおりでしたが、お母さんはそう思いたくありませんでした。

「そんなことありませんわ。この顔の平たいことといったら、あなたにそっくりですよ。それに、手のかかる子どものほうがかわいいっていうじゃありませんか。この羽の大きいことをごらんなさいよ。今にワシのように羽ばたけるようになりますわ」

 ところが、巣立ちの時期が来ても、子どもは羽ばたけるようになりませんでした。

 それどころか、あいかわらず言葉も話せず、固いエサも食べられず、トイレも一人でできません。体だけが大きく育って、お父さんとお母さんは、何度もヒキガエルを運んでこなければなりませんでした。

「ふう、もうへとへとだよ。この子が太るたび、わたしがやせ細ってしまうようだ」

 お母さんも、もうくたくたでした。

「せめて、お母さんって呼んでくれればいいのですけど。この子は一生このままなんでしょうか」

「ああ、だめだ。失敗だよ、おまえ。この子は失敗だ」

「そんな酷いこと、いわないでくださいな」

「いいや、この子は残念な子なんだ。ずっと赤ん坊のままだ。このまま一生ゆりかごの中で暮らすんだ。わたしたちの人生は、いったいなんだったんだろう。この子の世話をすることだけで、終えていくんだろうか」

 そんなある日の夜のこと。二人とも、もうすっかり疲れ切ってしまって、途方に暮れていました。

「ねえ、おまえ。もうだめだよ。いっそのこと、3人で死んでしまおうか」

 すると、コンコンとドアをノックするものがあります。

「おや、誰だろう」

 お父さんがドアを開けると、そこにはミツバチの紳士がいました。

「やあ、ごきげんうるわしゅう。女王さまより王さまへ、お届けものです。一等上等のミツをお持ちしました。

「王さまだって?そんなもの、ここにはいないよ」

「そうですかねえ?女王さまが間違えるはずはありませんが。あそこで玉座に座っておられる方が、そうなのではないですか」

「これは玉座じゃなくてゆりかごさ。この子が王さまだなんて、とんでもない。これはできそこないのフクロウだよ。わたしたちがずっと世話をしてやらなきゃ、生きていけないんだ」

 と、お父さんはいいました。

「それでしたら、やっぱり王さまです。わたしたちの女王さまも、大勢のミツバチにお世話をされています」

「一等上等のエサしか食べてくれないのよ。産まれてから、ずっとこうなの。自分でエサをとれるようにはならないわ」

 今度はお母さんがいいました。

「わたしたちの女王さまも、一等上等のエサしかお食べになりません。外に働きに出ることもございません。やはりこの方は王さまです。生まれながらの王さまです」

「じゃあ、わたしたちはなんなんだい?」

 お父さんとお母さんは顔を見合わせました。

「女王さまのお世話ができるのは、選ばれたミツバチだけです。一等上等なミツバチだけです。あなた方は、それはそれは立派なフクロウです。一等上等なフクロウです。王さまは、大変お幸せに見えます」

 ミツバチのその言葉に、フクロウの子どもは答えたように見えました。

「ねえ、あなた、今この子」

「うん、笑ったね」

 その夜、幸せなフクロウの王さまは、静かに眠りについたのでした。

 最初で最後の笑顔は、いつまでもいつまでも、二人の胸に焼きついておりました。

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