七色いもむし
昔、あるキャベツ畑に、いもむしたちが住んでいました。
その中に一匹、体の色が七色に変わるいもむしがいました。
このいもむしの名前はノアといって、本当は白いいもむしなのですが、気分によって体の色が、赤、橙、黄色、緑、青、藍、紫の、七色に変わるのです。
その様子が大変美しいので、ノアはたいそう得意になっていました。
ところが、お母さんの蝶々は、このことをよく思ってはいませんでした。
「ノアや。そんなに体の色をコロコロと変えてはいけないよ。おまえは白いいもむしで、白い蝶々になるのだから」
それを聞いたノアは、体の色を真っ赤にして怒りました。
「いやだい。真っ白なんて、つまんないやい。色が変わるのの、何がいけないんだい」
そういって、ますます赤くなるのでした。
怒ったノアは、お腹が空いてきました。
もっとキャベツを食べたいと、お母さんにせがみます。
「だめよ、ノア。もう食べたでしょ。他のいもむしの分がなくなってしまうわ」
「いやだい。もっともっと食べたいんだい。みんなの分もちょうだいよ」
自分の分以上に欲しがったノアの体は、橙になりました。
「ノア、わがままはいけません。みんなで仲良くするのよ」
「いやだい。みんなはあっちのキャベツ畑に行けばいいんだ」
他のいもむしに冷たくしたノアの体は、黄色くなりました。
「だめよ、ノア。ここにはみんなが暮らしていけるだけの、十分なキャベツがあるわ」
「いやだい。ああ、いもむしなんかに生まれなきゃよかった。人間だったらよかったなあ」
人間を羨ましがったノアの体は、緑になりました。
「だめよ、ノア。人間は蝶々みたいに空を飛べないわ」
「ふんだ。ぼく、空なんて飛べなくたって、いいんだもん」
へそを曲げたノアの体は、今度は青く変わりました。
「ノア、いけません。おまえは蝶々になるのだから」
「いやだよぉ。ああ、いやだ。本当にいやだ。もう何もかもいやになっちゃった」
悲しみすぎたノアの体は、藍色に変わるました。
「いいかい、ノア。蝶々になるのは、とっても素敵なことなのよ」
「そんなことないよ!白いだけの蝶々になったって、一つも面白くないや。ぼくはずっといもむしのままでいるよ。だって、ぼくみたいに色が変わるいもむしなんて、いないもの。ぼくは世界で一番のいもむしなんだ!」
うぬぼれたノアの体は、紫に変わりました。
こんな感じで、ノアの体は、気分が変わると色も変わるのでした。
「ノアはきれいだね。ぼくたちは地味な白色なのに、ノアにはいろんな色があって、いいなあ」
お母さんの心配をよそに、他のいもむしたちは、ノアのことをきれいだと褒めます。
ノアも得意がって、わざと怒って体を赤くしたり、本当はもう食べたくないのに、余計にキャベツを欲しがって、橙色になったりしました。
「どうだい、すごいだろう。ぼくはいもむしの王様だ!」
ところが、他のいもむしたちは、だんだんノアと一緒にいることがいやになってきました。
というのも、ノアはいつも、怒っているか、余計に欲しがっているか、他のいもむしに冷たいか、誰かを羨ましがっているか、へそを曲げているか、悲しみすぎているか、うぬぼれているかの、どれかだったからです。
他のいもむしたちは、ノアの体に色がついているときは、ノアを避けるようになりました。
そこでノアは、元の白い色に戻ろうとしましたが、うまくいきません。
長いあいだ、コロコロと気分を変えて、体に色がつくようにしていましたので、気持ちが落ち着かなくなって、元の白い色に戻れなくなってしまったのです。
そのうちに、いもむしたちがさなぎに変わる時期が近づいてきました。
ある日のこと、ノアはキャベツ畑の上を、ヒラヒラと飛んでいる、妖精を見ました。
この妖精は、キャベツ畑にいて、キャベツがちゃんと育つように働いているのです。
妖精は、ピカピカと体を七色に光らせながら飛んでいました。
ノアは、他のいもむしたちが自分を見てくれなくなっていたので、妖精を呼びました。
「妖精さん、妖精さん。僕とお友達になりませんか。僕もあなたのように、体の色を変えることができます」
妖精は、ヒラリと舞い降りてきていいました。
「あら、あなたの色は私の色とは違うわ。私のは、光でできているから、七色を全部混ぜると白色になるのよ。でも、あなたの体は色はついていても、光っていないのね。全部混ぜたら、真っ黒になるわよ。あなたはこのままでは、黒いさなぎになって死んでしまうわ」
それを聞くとノアは、大変に驚きました。
「妖精さん、僕は黒いさなぎになんてなりたくありません。実は僕は、色がついたまま、戻れなくなってしまったのです。本当は白いいもむしなのですよ」
「あら、それはいったいどうして?」
「得意になって体の色を変えていたら、気分が元に戻らないのです。いつも怒って赤くなっているか、余計に欲しがって橙になっているか、他の人に冷たくして黄色くなっているか、羨ましがって緑になっているか、へそを曲げて青くなっているか、悲しんで藍色になっているか、うぬぼれて紫になっているか、そのどれかなのです。本当はそんなふうになりたくないのです。でも、どうしようもないのです」
「かわいそうないもむしさん。それは7つの悪い癖だわ。悪い癖はいったんつくと、なかなか取れないのよ」
ノアはとても困ってしまいました。
「僕はこのまま、黒いさなぎになって死んでしまうのでしょうか」
と、藍色になっていいました。
それを見ていた妖精がいいました。
「もし、あなたが変わりたいと思うなら、私が力になってあげるわ。あなたには、助けが必要よ」
やがてノアはさなぎになりました。
残念なことに、それは真っ黒なさなぎでした。
さなぎになるまでに、7つの悪い癖は治らなかったのです。
このままだと、ノアは蝶々になれずに死んでしまうでしょう。
でも、妖精は諦めませんでした。
ノアのことを信じていたのです。
ノアがさなぎになって一日目。
妖精は、赤く光って、黒いさなぎを照らしました。
ノアを助けてあげたいという、情熱があったからです。
さなぎはまだ黒いままでした。
二日目。
妖精は、橙に光って、さなぎを照らしました。
ノアのために、何かをしてあげることが、嬉しかったからです。
さなぎはまだ黒いままでした。
三日目。妖精は、黄色く光って、さなぎを照らしました。
誰にでも分け隔てなく優しいからです。
さなぎの黒い色が少し薄くなりました。
四日目。妖精は緑に光って、さなぎを照らしました。
自分の役目を果たしたかったからです。
さなぎは、濃い灰色になりました。
五日目。妖精は青く光って、さなぎを照らしました。
素直にそうしたいと思ったからです。
さなぎは灰色になりました。
六日目。妖精は藍色に光って、さなぎを照らしました。
喜びを知っていたからです。
さなぎは、薄い灰色になりました。
七日目。
妖精は紫に光って、さなぎを照らしました。
ノアのことを、自分と同じように大切に思っていたからです。
さなぎは、もうほとんど白くなりました。
「これが最後よ。ノアが、どうか立派な蝶々になりますように」
そういって妖精は、全ての色を合わせた、白い光でさなぎを照らしました。
すると、さなぎは白く輝いたかと思うと、割れて、中から眩ゆいばかりの金色の光が溢れました。
やがて金色の蝶々が現れ、ゆっくりと金色の羽を広げると、光はますます強くなり、辺り一面を黄金色に染めました。
「妖精さん、ありがとうございます。あなたが毎日、光で照らしてくれたおかげで、僕は怒りっぽくなくなりました。余計に欲しがらなくなりました。人に優しくなりました。誰かを羨ましく思わなくなりました。素直になりました。ひどく悲しまないようになりました。人を好きになれるようになりました」
妖精は、にっこりと笑顔になっていいました。
「あなたが諦めなかったから、私とあなたの力が合わさって、思っていたよりもずっといいことが起きたのよ」
ノアは、力強く羽ばたくと、ヒラヒラと大空を舞いました。
羽ばたくたび、金色の光がキャベツ畑に降り注いで、キラキラと、キラキラと、光っているのでした。
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