はにかみ屋のニッカ
とある街に、ニッカという名前の、すごく恥ずかしがり屋の小さな少年が、ひとりぼっちで住んでいました。
本当は誰かと一緒にいたかったのですが、もうずいぶんと長いこと、一人でいたものですから、人と話そうとすると、すぐにはにかんで、顔が真っ赤になってしまいます。
それで、ちっとも友達ができないのでした。
ニッカが真っ赤になって、もじもじしていると、街の人たちは、ほら、はにかみ屋さんが来たよ。
はにかみ屋のチビ助ニッカが、また赤くなっているよ、と囃し立てるものですから、ニッカはますます恥ずかしくなって、真っ赤な顔を見られまいと、うつむいてどこかに隠れてしまうのでした。
ニッカは自分のはにかみを悩んでいました。
どうして僕は人前に出ると、いつもはにかんでしまうのだろう。
一人でいるときには、なんともないんだけどな。
誰かが見てると駄目なんだ。
でも、困ったな。
このまま、はにかみが治らないと、僕はずっと友達ができなくて、一生、一人でいるはめになってしまうぞ。
ニッカは長いこと悩んでいましたが、ある朝、名案を思いつきました。
そうだ。
お店を開いて、はにかみを誰かに買ってもらったらどうだろう。
この街には、こんなにたくさんの人が住んでいるんだもの。
誰か一人ぐらい、僕のはにかみを買ってもいいっていう人がいてもおかしくないよな。
そうしたら、僕はこのはにかみとおさらばできるぞ。
早速、ニッカは街の通りに小屋を出して、お店を開きました。
こうしてニッカは、はにかみ屋さんになったのです。
ニッカのお店には、毎日お客さんがやってきました。
でも、なかなかはにかみは売れませんでした。
それというのも、お客さんがやってきても、ニッカはもじもじしてしまうばかりで、話しかけるということができなかったからです。
ただ一人だけ、ニッカが話をするものがいました。
寂しがり屋のウサギです。
ウサギは、とっても寂しがりなものですから、いつもニッカのところにやってきては、話し相手を見つけていたのでした。
ニッカはあまり話し上手ではありませんでしたので、これ幸いと、ウサギは自分のことばかり喋っていました。
「ニッカちゃん、私ね、とっても寂しがりなの。だからね、ほんのいっときでも、一人でいられないのよ。ニッカちゃんはいいわね、いつも一人で。私だってね、本当は一人でいたいときがあるのよ」
と、ウサギがいうものですから、ニッカは、ウサギの寂しがりも一緒にお店で売ってあげることにしました。
「あら嬉しい。私、もう一人でも寂しくないわ。じゃあ、ニッカちゃん、さようならね」
といって、ウサギはピョンピョン跳ねてどこかへ行ってしまいました。
ニッカは、はにかみ屋で、寂しがり屋になりました。
そのまましばらく商売を続けましたが、はにかみも寂しがりも売れませんでした。
ある日のこと、ニッカのお店に、大きくて鮮やかで、遠目に見てもよく目立つ、立派な羽を持ったクジャクがやってきました。
「やあ、ニッカ。探したよ。ウサギさんに聞いてきたんだけど、ここではにかみ屋をやっているんだってね。それで来てみたんだけど、見つけるのに時間がかかっちゃったよ。なにせ、あんまり君が地味なものでね。僕みたいに立派な羽をしていると、すごくよく目立つんだけど」
ニッカにしてみれば、いわれて気持ちのいい言葉ではありません。
「そんなに不機嫌にならないでくれたまえ。僕は君が羨ましいんだ。どうしてそんなに地味でいられるんだろうってね。こう見えて、僕だって人目につきたくないときだってある。でも、どうしても目立とうとしてしまうんだ。生来の目立ちたがり屋なんだね。いやはや、困ったものだよ」
と、クジャクがいうので、ニッカは目立ちたがりもお店に置いてあげることにしました。
クジャクはすっかり地味になって、羽をたたんでどこかにいってしまいました。
ニッカは、はにかみ屋で寂しがり屋で、目立ちたがり屋になりました。
またある日のこと、ニッカのお店に、ずんぐりむっくりした、カピバラがやってきました。
いかにも動作が鈍そうです。
「やあ、ニッカ」
といって、ふわぁ、と大きなあくびをしました。
「僕はね、あのね、ちょっと休憩」
ニッカは、これまたずいぶんと、のんびりした人だな、と思いました。
しばらくして、やっと口を開いたかと思うと、
「僕はね、クジャクさんに聞いてきたんだけどね」
と、そこまで言って、また休憩してしまいそうでした。
ニッカは機転をきかせて、きっとこの人も買い物に来たのではなくて、のんびりなのを手放したいんだなと思い、カピバラの、のんびりをお店に置いてあげることにしました。
「それだよ、それ。まさに僕が君にお願いしようとしていたことなんだ。君は物分かりがいいなあ」
ニッカは、褒められたって嬉しくないや、と思いました。
だってカピバラと比べてみれば、誰だって急いでいるように見えます。
「僕もこれからは、君みたいに何でも、ちゃっちゃっとやっちゃうぞ」
キビキビとそういって、カピバラは、あっという間にどこかへ行ってしまいました。
ニッカは、はにかみ屋で寂しがり屋で目立ちたがり屋で、のんびり屋になりました。
相変わらず何も売れませんでした。
またある日のことです。
ニッカがお店に行ってみると、店の前にナマケモノが横たわっていました。
「やあ、ニッカ。おはよう」
と、ナマケモノは横になったまま、目だけを動かしていいました。
「カピバラさんに聞いてやってきたんだよ。本当は昨日の夜にここに着いたんだけどね。家に帰るのが面倒くさいから、ここで待っていたんだよ」
ニッカは、やれやれ、こいつはまた、すごい面倒くさがり屋だぞ、と思いました。
この人も、僕に面倒くさがりを引き取ってほしくて、来たんだろうな。
そんなもの、欲しくもなんともないけど、このままここに寝ていられると、お店が開けないぞ。
仕方なく、ニッカはナマケモノの面倒くさがりを、お店に置いてあげることにしました。
「ありがとう、ニッカ。君は僕と違って真面目だなあ。僕もこれからは君を見習って、ちゃんとするぞ」
ナマケモノは、急にシャキッと立ち上がり、手で体についたホコリを払うと、颯爽と歩いて帰っていきました。
ちぇ、あの人に褒められたって、ちっとも嬉しかないや。
ニッカは、はにかみ屋で寂しがり屋で目立ちたがり屋でのんびり屋で、面倒くさがり屋になりました。
またある日のことです。
ニッカのお店に、背が高くて、シルクハットを被り、フロックコートを着て、ステッキをついた、素敵な紳士がやってきました。
「えー、ぅおっほん。ここかね、そのぅ、はにかみ屋というのは」
ニッカはその紳士を見上げて、コクリと頷きました。
こういう人は初めてです。
とうとう、はにかみを買ってくれる人が現れたのかもしれません。
「えー、ぅおっほん。店のものを見せてくれるかね?私は何か買おうと思っているんだが。いやね、ナマケモノさんに聞いてきてね。ここでいいものを売っているというんだね。そういや、君はナマケモノさんの面倒くさがりを引き取ってくれたそうだね。いえね、私だって、引き取ってもらいたいものが、ないわけではないんだよ」
紳士の様子がなんだかおかしいようです。
初めは買いにきた様子だったのに、売りたいものがあるみたいです。
不審に思って、ニッカが紳士のお尻を見ると、なんと、フサフサしたタヌキの尻尾が生えています。
ニッカが尻尾をぎゅっと掴むと、ボンッと煙が出て、紳士がタヌキに戻りました。
「あっ、ぼ、僕は決して、君にへそ曲がりをもらってもらおうとして、来たんじゃないよ。ほ、本当だよ」
タヌキは、あたふたといいました。
ニッカは、この人、素直じゃないなあ、と思いましたが、タヌキのへそ曲がりを引き取ってやることにしました。
「ありがとう、ニッカ。君は素直でいいなあ。恥ずかしいときに、ちゃんと恥ずかしがるものなあ」
すっかり素直になったタヌキは、深々とおじぎをして帰っていきました。
僕は好きではにかんでいるんじゃないやい。自分勝手な人だなあ。
ニッカは、はにかみ屋で寂しがり屋で目立ちたがり屋でのんびり屋で面倒くさがり屋で、へそ曲がり屋になりました。
またある日のことです。
ニッカがお店にいると、向かいの家の陰から、じいっとこちらを覗いているものがいます。
隠れているつもりのようですが、枝分かれした角が見えてしまっています。
シカです。
シカはしばらくして、ようやくニッカの前までやってきました。
「こ、ここ、こんにちは」
なんだか、おどおどして、何かに怯えているような様子です。
「ぼ、ぼぼ、僕は、タ、タヌキさんに聞いて、こ、ここここ、ここに、き、来たんだ、けど」
ニッカは、やれやれ、シカってのは、いつもこんな風に怖がりなんだからな、と思いました。
どうせ、怖がりを引き取ってもらいに来たのでしょう。
ニッカにしても、自分がはにかみを売っているぐらいですから、その気持ちはわからなくありません。
それで、シカの怖がりを店に置いてあげることにしました。
「ありがとう、ニッカ。ああ、なんだか楽しくなってきたな。世界って、こんなに面白そうな場所だったんだね。ニッカは勇気があるよ。こんなにたくさんの嫌な性格を引き取っているくらいだもの」
シカは、堂々と胸を張って帰っていきました。
ニッカは、あんな褒められ方ってあるんだろうか、と思いました。
いずれにせよ、ニッカは、はにかみ屋で寂しがり屋で目立ちたがり屋でのんびり屋で面倒くさがり屋でへそ曲がり屋で、怖がり屋になりました。
またある日のことです。
ニッカのお店の前を、一匹のネコが行ったり来たりしていました。
ネコは、お店に興味があるそぶりを見せたかと思いきや、すぐにどこかに行ってしまいます。
どこかに行ったかと思いきや、またお店に来て、じいっと売り物を眺めたりします。
「こんにちは、ニッカさん。あたしはシカさんに聞いてきたんだけど。シカさんじゃなかったような気もするけど。どっちでもいいわ。だって、どっちみちここに来たかったのよ。あ、でも、来たくなかったような気もするわね。あたし、ニッカちゃんにこの、あたしの気まぐれを引き取ってほしいの。あ、でも、やっぱりやめた。あ、でも、やっぱりやめるのをやめとこう。引き取ってほしいのよ、あたし。でも、別にどっちでもいいか。うん、でもやっぱり気が変わったわ。どっちでもよくないような気もするわね。ねえ、ニッカ君、どう思う?」
ニッカはたまげました。
こんなに気まぐれな人がいるなんて。
喋っているうちにも、コロコロと気分が変わります。
ニッカは結局、ネコの気分が変わらないうちに、気まぐれを引き取ってあげることにしました。
「ありがとう、ニッカ。あたし、今度また気まぐれが出てきたら、絶対あなたに引き取ってもらうわ。だって、あなたは初志貫徹、はにかみしか置いていない小さなお店からはじめて、今ではこんなに大きなお店にしたんですものね。ほんと、尊敬するわよ。あたしは今までそういう、首尾一貫ってやつができなかったんですもの」
ネコは、脇目も振らずに駆けていきました。
やれやれ。売り物ばかりが増えちゃったな。
こんなにお店を大きくするつもりはなかったんだけど。
ニッカは、はにかみ屋で寂しがり屋で目立ちたがり屋でのんびり屋で面倒くさがり屋でへそ曲がり屋で怖がり屋で、気まぐれ屋になりました。
またある日のことです。
ニッカがお店にいると、すごくツンとした、おしゃれに着飾ったツルがやってきました。
最新のモードを着て、頭には、ぐるっと一周お花が咲いた幅広の帽子まで被っています。
ツルは、ツンとしたまま小さなニッカを上から見下ろすと、すぐに目を逸らしました。
「あたくしは、ネコさんに聞いてやってきたざますよ。普段、おしゃれなお店にしか行かないざますけど、あたくし、鳥だけに、気取り屋だなんて言われているざますの。そりゃあ、あたくしがおしゃれできれいなのは、わかっているざますけど、あんまりざますでしょ?それで決めたざますの。気取りはここに置いていくざますの」
ツルは勝手にニッカに自分の嫌な性格を押し付けると、帽子と服を脱ぎ捨てて、せいせいした表情で、羽を広げて大空へと羽ばたいていきました。
ニッカは、今の人、なんだか嫌な感じの人だったな。だって、僕の意見なんて何も聞かずに置いてっちゃうんだもの、と思いました。
結局ニッカは、はにかみ屋で寂しがり屋で目立ちたがり屋でのんびり屋で面倒くさがり屋でへそ曲がり屋で怖がり屋で気まぐれ屋で、気取り屋になりました。
またある日のことです。
ズシン、ズシン、と大きな足音が近づいてきました。
誰かと思えば、立派なたてがみを持った、大きな大きなライオンです。
「エヘン!ここだな、はにかみ屋というのは。俺様はツルに聞いてやってきたんだが、なんでも、お前さんは人の嫌な性格を引き取ってくれるそうだな」
どこでそんな話になってしまったのでしょう。
ニッカは、はにかみを誰かに買ってもらいたいのに、これでは、いらないものがどんどん増えてしまいます。
でも、ライオンが恐ろしい顔で睨みつけるので、怖くて何も言い返すことができませんでした。
「俺様は一度、お前みたいな弱い生き物になってみたかったんだ。なにしろ強すぎるもんでな。みんなに怖がられてしょうがない。みんなの怯えた顔を見ると、俺様も、ついつい威張ってしまう。そこでだ、俺様の威張りをここに置いてってやる」
言うが早いか、ライオンは威張りをニッカに無理矢理押し付けてしまいました。
「ああ、すっきりした。なんか、肩の荷が軽くなったって感じだなあ。威張らないって、いいもんだ」
すっかりしおらしくなったライオンは、スキップを踏みながらどこかに行ってしまいました。
ニッカは、ライオンがあっちに行ってしまうと、ホッとしました。
今やニッカは、はにかみ屋で寂しがり屋で目立ちたがり屋でのんびり屋で面倒くさがり屋でへそ曲がり屋で怖がり屋で気まぐれ屋で気取り屋で、威張り屋になりました。
またある日のことです。
ヤギがペコペコおじぎをしながら、お店にやってきました。
「へえへえ。こちらがニッカさんのはにかみ屋さんでございますか。わたくしはライオンさんから聞いてきたんですけど、へえ。あの人も今じゃすっかり大人しくなられて、わたくしみたいなものにも、気安く話しかけてくれるようになりましたんで、へえ、へえ」
なんだか、やたらとへりくだった人です。
ニッカは、威張ってるのも嫌だけど、こういうのも嫌だな、と思いました。
「へえ、わたくしはね、大変厚かましいお願いだとは、重々承知しておりますけれど、ニッカさんのように一人ぼっちでも悠然としていられたらと思いまして。それで、つきましては、わたくしのへりくだりをこちらでお引き取りくださいますよう、なにとぞお願いにまいった次第で、ここはひとつ…」
ヤギの話が永遠に続きそうだったので、ニッカはへりくだりを引き取ってあげました。
「おや、なんだか背丈が100メートルぐらい伸びたような気がするぞ。ニッカ君、センキュー」
ヤギはメエメエ鳴いて帰っていきました。
ニッカは、はにかみ屋で寂しがり屋で目立ちたがり屋でのんびり屋で面倒くさがり屋でへそ曲がり屋で怖がり屋で気まぐれ屋で気取り屋で威張り屋で、へりくだり屋になりました。
またある日のことです。
誰かが落とした飴玉を、小さなアリが、いかにも大変そうに、うんしょ、うんしょ、と運んでいました。
「手伝ってもらわなくてもいいよ。僕はこんな飴玉ぐらい、一人で運べるんだからね。本当だよ、本当。強がってなんかいないよ。僕は一人で運べるんだ。本当だからね」
ニッカは、またここにも嫌な性格を持った人がいるな、と思いました。
「ああ、なにいってるんだろう!こんなもの、一人で運べるわけないじゃないか!あー、もう強がるのはやめだ。仲間を呼んでこよう」
アリは、強がりをニッカのお店に勝手において、どこかに行ってしまいました。
ニッカは、はにかみ屋で寂しがり屋で目立ちたがり屋でのんびり屋で面倒くさがり屋でへそ曲がり屋で怖がり屋で気まぐれ屋で気取り屋で威張り屋でへりくだり屋で、強がり屋になりました。
とうとう、ニッカのお店には、1ダースもの嫌な性格が並ぶことになりました。
僕は、はにかみを手放したかっただけなのに、余計に悪くなっちゃったな。
以前は恥ずかしがりなだけだったのに、今や僕は、はにかみで寂しがりで目立ちたがりでのんびりで面倒くさがりでへそ曲がりで怖がりで気まぐれで気取っていて威張っていてへりくだりで強がりなんだ。
嫌な性格がいっぱいになっちゃったな。
それにしても、みんないろんな嫌な性格を持っているもんだな。
僕は、はにかみだけでいいや。
ニッカは、お店をたたみました。
売り物の中から、はにかみだけを手に取ると、一人ぼっちで住んでいた家に帰ることにしました。
もうはにかみを無理に売ろうとするのはやめようと思いました。
そうすると、心がすうっと落ち着いてきて、不思議と満ち足りた気分になりました。
僕のことを、はにかみ屋だなんていって笑う人とは友達にならなくていいや。
僕が便利だからって、近づいてくる人もいらない。
僕ははにかみ屋だ。他のものは売らない。でも、はにかみも売らないよ。
ニッカは、はにかみ屋の自分も好きになれそうな気がするのでした。
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