うそどり
毎年、春になると、長かった冬も終わりを告げ、お日さまがポカポカと、暖かな光で地上を照らし出します。
冬眠から覚めた虫たちがモゾモゾと動き出し、蝶々がヒラヒラと空を舞いはじめます。
野に生えた草がつぼみをもたげ、くすぐったそうに花びらを広げます。
川の土手に植えられた桜の木も、もうじき花が満開になり、あたり一面を桜色に染めることでしょう。
大勢の人たちがその下に集い、おいしいお酒やお料理を広げて、幸せそうに楽しんでいる様子が目に浮かびます。
ところが、よく耳を澄ませてみると、桜の木の上から、ひぃひょう、ひぃひょう、と、笛を吹くような悲しげな鳴き声が聞こえてきます。
目を凝らして枝と枝の間を見ると、ほっぺたに赤い斑点を持った、小さな丸い鳥がいるのに気付くことでしょう。
この鳥がこんなに悲しげな声で鳴くのは、実は深いわけがあるのです。
今よりずっと昔のこと。
おそという、身分は低いけど、心のきれいな青年がいました。
本当なら、貴族の人たちに会える身分ではないのですが、おそは横笛が大変得意で、いつもお殿様のお屋敷に呼ばれては、横笛の音色を披露していました。
おそは真面目で、正直者であったため、お殿様もおそを信頼して、いつもお側に置いていました。
お殿様は、いい領主であろうと努めていたため、おそに尋ねては、庶民がどんな暮らしをしているか、気にかけていました。
おそは正直に、なんでもありのままに答えてくれたため、お殿様はますますおそを信頼しました。
そんなある日のことです。
お殿様が、仕事でしばらく遠くに行くことになりました。
地方に行って、一年間その国を治めるのです。
これは大変に立派な仕事でしたが、お殿様には一つ心配事がありました。
それは、お殿様には、まだ小さな子どもたちが、男の子ばかり三人いたことです。
いずれもやんちゃ坊主ばかりで、お殿様は自分がいないあいだ、子どもたちがちゃんとしているかどうか、心配でなりませんでした。
そこでお殿様は、自分がいないあいだの世話を、おそに頼みました。
信頼しているおそになら、子どもたちを任せても大丈夫だと思ったのです。
早速、おそは子どもたちの面倒を見始めました。
でも、小さい子どもをあやしたことなどありません。
得意の横笛を聞かせても、子どもたちはちっとも関心を持たずにお互いに喧嘩ばかりしています。
庶民の暮らしぶりを聞かせても、そんな話は退屈だといって、駄々をこねます。
すっかり参ってしまったおそは、妙案を思いつきました。
庶民の暮らしをありのままに話して聞かせるのではなく、物語を聞かせることにしたのです。
おそは横笛を口にくわえると、拍子をつけて一節演奏しました。
そうして、子どもたちの興味を惹きつけると、物語を語り始めたのでした。
おそは鬼を退治した、凛々しい若者の話をしました。
地面の下から大判小判を掘り出した男の話をしました。
華麗な舞を舞った天女の話をしました。
おそが物語を語り始めると、子どもたちの目が輝き出します。
おそは知っている物語を全部語ってしまいましたが、子どもたちが、もっともっとと、せがむため、自分で物語を作って聞かせました。
一番上の男の子がとりわけ興味を惹かれたのが、遠い天竺の国から来た、美しいお姫様の話でした。
このお姫様は、どこかに隠れ住んでいて、立派な若者に見つけられるのを待っているのです。
将来、君はこのお姫様と結婚するかもしれないね、と話したので、一番上の男の子は、すっかりその気になってしまいました。
二番目の男の子が夢中になったのは、黄金のコガネムシに、財宝のありかを教えてもらう話です。
おそは、このコガネムシはどこかにいるのだと話したため、二番目の男の子は、今にも虫取りに行きそうになりました。
末の男の子が好きだったのは、子どもを取って喰らう鬼の話です。
おそは大変恐ろしげにこの話をしたため、最初は面白がっていた末の男の子も、とうとう泣き出してしまいました。
やがて一年が過ぎ、お殿様が任務を終えて帰ってきました。
お殿様は、おそに礼をいうと、たっぷり褒美を取らせました。
ところがです。
しばらくして、おそがお屋敷に呼ばれていくと、お殿様がかんかんに怒っています。
わけを聞くと、子どもたちの様子がおかしくなってしまったというのです。
一番上の子は、天竺から来たお姫様を探して、他人のお屋敷に勝手に入り込みます。
二番目の子は、黄金のコガネムシを探して、夕飯の時間になっても帰ってきません。
末の子は、人を喰らう鬼が怖くて、夜にかわやへ行けなくなってしまいました。
おその話が上手だったため、みんな本当のことであると信じてしまったのです。
おそは、子どもに嘘の話を教えたとして、お殿様のお屋敷から追放されてしまいました。
家も田畑も取り上げられて、おそに残ったものは、いつも大事にしている横笛が一本あるばかりです。
おそは気を落として、トボトボと川沿いの道を歩いていました。
季節は春で、川原には桜の花が咲き誇っています。
おそが横笛を吹くと、ひぃひょう、ひぃひょうと、悲しげな音が鳴りました。
ああ、私はなんて愚かなことをしてしまったのだろう。
今まで正直者で生きてきたというのに、子どもたちが面白がるものだから、調子に乗って嘘の話をしてしまった。
おそは自分が恥ずかしく思えてきて、顔が赤くなりました。
おそがいっそのこと死んでしまおうと、川に身を投げたとき、それを極楽から見ていたお釈迦様が哀れにお思いになって、おその身を鳥に変えました。
毎年、春になると、桜の木の上で、ひぃひょう、ひぃひょうと、悲しげに鳴く鳥がいます。
昔の人は、この鳥のことをオソと呼んでいましたが、今ではウソと呼ばれています。
嘘のような真の話。
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