あずきちゃん
あずきちゃんは、小さい。
ぼくの手のひらに乗るくらいに、小さい。
身長はカブトムシと同じくらい。
体重は10円玉三枚分。
ぼくは、こないだの席替えで、あずきちゃんと同じ席になった。
普通、一つの席には、一人の子どもが座っているものだけど、あずきちゃんはとても小さいので、椅子に座ると先生から見えなくなってしまう。
だから、あずきちゃんは、ぼくの机の上にちょこんと座っている。
授業参観のとき、あずきちゃんのお母さんを見たけど、ぼくのお母さんと同じくらいの身長だった。
どうしてあずきちゃんがこんなに小さいのか、誰にもわからない。
わからないけど、あずきちゃんはとにかく小さい。
あずきちゃんは、みんなの人気者だ。
休み時間になると、クラスの女の子たちがこぞってやってきて、あずきちゃんと遊びたがる。
かわりばんこに手のひらに乗せて、「かわいい」「かわいい」といって、あずきちゃんにリボンをかけたりする。
あずきちゃんも得意になって、ニカァっと笑って、おしりをフリフリするものだから、女の子たちは「きゃあ」といって、ため息をつく。
あずきちゃんは、授業中は、ぼくの教科書のページをめくってくれたりする。
先生は「あずきちゃんは、偉いね。タマ君のお勉強を、お手伝いしてくれるのね」といって、褒める。
でも、ぼくは知っている。
あずきちゃんは、遊んでいるだけだ。
ページの端っこを持って、タタタタっと走るのが面白いらしい。
時々、クルクルっとページにくるまって、みのむしごっこをするけど、たいていはそのまま寝てしまう。
だから、ぼくの教科書は、所々ページがクリンクリンしているし、あずきちゃんのよだれがついている。
あずきちゃんはいたずらが好きだ。
ちょっと目を離すと大変だ。
ぼくのシャツの中に入って、こちょこちょとやるものだから、くすぐったくてたまらない。
授業中だから、笑うのを我慢していたけど、どうしても我慢できなくなって、「ニャハハ」と笑ってしまった。
そうしたら、先生に「タマ君、授業中は静かにしてね」と、怒られてしまった。
「あずきちゃんがくすぐったんです」
というと、先生はあずきちゃんを見て、目を丸くした。
でも、あずきちゃんが、ニヘラっと笑って、おしりをフリフリさせたら、「あら、かわいいわね」といって、許してしまった。
こっそり給食の牛乳瓶に隠れていたときには、びっくりした。
プーッと牛乳を吹き出したら、口からあずきちゃんが飛び出してきた。
危うくあずきちゃんを飲み込んでしまうところだった。
ぼくは先生から、「タマ君、牛乳を吹き出してはいけませんよ」と、怒られたけど、やっぱりあずきちゃんは怒られなかった。
あずきちゃんが口の周りについた牛乳をペロペロ舐めて、二マラっと笑って、おしりをフリフリさせたら、先生は「まあ、かわいいわね」といって、許してしまった。
あずきちゃんは、ぼくに「ノートにプールの絵を描いてちょうだい」と頼む。
ぼくがプールの絵を描いてやると、そこに入って、バシャバシャと遊ぶ。
あずきちゃんは泳ぎが得意なのだ。
時々、深くまで潜って、帰ってこないときがある。
ぼくは心配になって、プールに指を突っ込んでみようとするけど、ぼくの指はプールに入れない。
ここはあずきちゃん専用のプールなのだ。
いい加減、心配したころ、ザバァっと上がってくる。
「もう、心配したのに」
というと、全然悪びれもせずに、ニマアっと笑って、おしりをフリフリしたものだから、ぼくはあずきちゃんを許してしまった。
あるとき、プールに消しゴムを落としてしまった。
すると、あずきちゃんは、すぐにザブンと飛び込んで、探しにいってくれた。
でも、戻ってきたあずきちゃんが持ってきたのは、消しゴムではなく、あさりだった。
ぼくはあさりでプールのフチを消してみようとしたけど、消えなかった。
やっぱりあさりはあさりだった。
消しゴムじゃなかった。
あずきちゃんは、「違うの。違うの」といった。
「くすぐるのよ」といって、あさりをこちょこちょやりはじめた。
ぼくはあずきちゃんのこちょこちょが、どれだけくすぐったいか知っている。
だから、すぐに口を開けて笑い出すと思っていたけど、あさりはなかなか口を開かなかった。
でも、あずきちゃんはやめなかった。
その日から、毎日あさりをくすぐり続けたのだ。
ぼくは、すぐに飽きて、やめてしまうと思っていたけど、あずきちゃんは根気よくあさりをくすぐり続けた。
その根気よさは、すごいなと思う。
でも、本当はあさりをくすぐるのをやめて、プールの底から消しゴムを取ってきてほしかった。
消しゴムがないものだから、ぼくのノートは、真っ黒になっていった。
「ねえ、あずきちゃん。もう、やめようよ。あさりは笑わないよ」
「なにいってるのよ。これほど大事なことはないわ」
あずきちゃんは、ニパアっと笑って、おしりをフリフリした。
ぼくのノートが、おまんじゅうの中のあんこよりも真っ黒になったころ、とうとう、あさりが笑った。
最初は「アシャアシャアシャ」とか、「シャリシャリシャリ」なんて、笑うのをこらえようとしていたけど、あずきちゃんがくすぐるのをやめないものだから、とうとう「アシャリアシャリアシャリ」と、大きな口を開けて大笑いした。
そうか。
だからあさりっていうんだ。
アシャリアシャリって笑うから、あさりなんだ。
あずきちゃんは、満足そうに、ニヒャラっと笑って、おしりをフリフリさせると、ノートにクルクルくるまって、寝てしまった。
次の日、席替えがあって、ぼくはあずきちゃんと席が離れてしまった。
あずきちゃんは、あいかわらず人気者で、クラスの女の子たちは、かわりばんこに、あずきちゃんを手のひらに乗せて遊んでいる。
あずきちゃんが、ニパラっと笑って、おしりをフリフリさせると、「かわいい」といって、ため息をつく。
ぼくは、同じ教室の中にいるのに、なんだか、あずきちゃんが遠くに行ってしまったように感じた。
新しくあずきちゃんと同じ席になった子のことは、よく知らない。
同じクラスにいるけど、話したことはない。
最近、その子の教科書が、クリンクリンしてきた。
ぼくの筆箱には、まだあさりがいる。
あの子の筆箱にも、そのうちあさりが入ると思うな。
今日もあずきちゃんは、ニコラっと笑って、おしりをフリフリしている。
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