第4話 料理のできない二人
翌日の朝、俺はいつも通りに登校していた。
神志名さんの服はそのあとちゃんと干したので、今日は仮病を使わずにちゃんと登校してくるだろう。
そんなことを考えながら教室のドアを引くと、いつものようにクラスメイトに囲まれてる神志名さんの姿が見えた。
特に変わった様子はなく、自分の席に着くと、「風邪大丈夫だった?」という心配の声が聞こえてきた。
「うん、この通り元気だよぉ!」
神志名さんは腕を曲げて力こぶを作り、なんでもないよとアピールしていた。
その力こぶは見るからにぷにぷにで少し可愛い。
「よかったー」
ほかのクラスメイトが安堵の息を漏らした。
誰一人としてあの完璧超人の神志名さんが仮病だったなんて知らなかった。
少しだけ優越感に浸かり、俺は一時限目の教科書とノートをカバンから取り出し机の上に置く。
あとは予習でもしてるふりをして、HRまで時間を潰すつもりだ。
「真宮くん、おはよう!」
ただ、予想してなかったのは、神志名さんが挨拶してきたことだ。
神志名さんが俺に挨拶をしたのを見て、彼女を囲んでいるクラスメイトたちも続々と俺に挨拶してきた。
それを愛想良く返して、最後に「神志名さん、おはよう」と何事もなかったのように神志名さんに返事をした。
別に素っ気なくしたいわけではないが、なんだか俺のような陰キャが神志名さんと仲良くしているのを他の人に見られたらまずいと思った。
それを察したのか、神志名さんは特に追及もせず、そのままクラスメイトとの会話に戻った。
一時限目の出来事だった。
黒板の板書をノートに写している俺のところに、ごちゃごちゃに握られた紙が飛んできた。
飛来した方角を見ると、神志名さんは口笛を吹いていた。見るからに怪しい。
紙を広げてみると、それには一文が書かれていた。
◇
今日からよろしくね! わたしの世話役
◇
返事を待っているのか、神志名さんの口笛が途切れない。
先生に気づかれたらやばいと思った俺は、そそくさと紙に『分かった』とだけ書いてまた握って神志名さんの机の上に投げた。
横目で神志名さんの反応を確認しつつ、シャーペンでノートに適当な文字を書く。
しばらくすると、紙団子が再び飛来した。
急いで開いて内容を確認する。
◇
わたしの部活が終わるまで待っててくれる?
◇
思わずどきどきしてしまった。
脳内が『神志名さん可愛すぎる』で埋め尽くされそうになった。
紙に「了解」と書いて、また神志名さんの机の上に投げる。
ただ、それから紙団子は飛んでこなかった。
放課後、生徒が出払ってる教室で、俺はラノベを読んでいた。
昼休みとか空いた時間の暇つぶしに常備されている俺のお気に入りのやつ。
ただ、いつもと比べて全然ページが進まない。
今朝の神志名さんとのやりとりを思い返して、にやにやしてしまう。
我ながら気持ち悪いと思うが、仕方がない。
今までは会話どころか、挨拶すら神志名さんとしたことがなかったのだから。
俺が神志名さんのことを好きになったからと言って、特に変わることはないが、こういう小さな接点でも嬉しかったりする。
リア充たちからしたら取るに足らないような、ほんとに些細なことでも、俺にとってはどきどきするのに十分すぎるくらいだ。
「待ったぁ? 真宮くん」
そうこうしているうちに、神志名さんが教室に入ってきた。
部活が終わってそのまま帰る人が多いから、今は俺と神志名さんの二人きり。
「結構待ったかも」
「えー! そこは待ってないというところだよぉ!」
眩しい。神志名さんの笑顔が眩しすぎる。
もちろん、結構待ったというのは照れ隠しだが、神志名さんは相変わらず明るく突っ込んでくれた。
「そういえば、世話ってなにをすればいいの?」
「うーん、全部かな!」
「全部?」
「ほら、わたし家事とか全然できないじゃん。今日も朝ごはん食べてなかったし」
「えっ? それって大丈夫なやつ?」
「全然だいじょばないっ!」
昨日の神志名さんの部屋を見た時から思ったけど、神志名さんってほんとに生活力ゼロなんだよね。
かく言う俺も料理も家事もからっきしなのだが。
でも、神志名さんと比べたらまだマシなほうだと思う。
「とりあえずスーパー行くか?」
「えっ? 真宮くんって料理できるの?」
「……できない」
突如だが、俺と神志名さんは沈黙のベールに包まれた。
すごく気まずい。
神志名さんの世話役を引き受けた時は特に何をするか考えていなかった。
ただ、また神志名さんと会話ができるのなら引き受けたい一心だった。
「大丈夫……頑張ってみる」
「うん! 頑張ってね! わたしの晩御飯がかかっているんだからぁ!」
とは言ったものの、何を作ればいいのだろう。
料理は一朝一夕でできるようになるものじゃないし、今日作ってみたら奇跡的に美味しいなんてことも期待できそうにない。
「……今日はカップ麺でいい?」
「晩御飯だよ!? カップ麺だけなの!?」
「俺はそれしか作れないんだ」
再び、沈黙のベールが降りる。
とにかく、今はこんなことを言ってても始まらないから、とりあえずスーパーに行ってみるか。
もしかしたら、なにかいいアイデアが出てくるかもしれない。
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