29.行き着いた先は――。

「ふぅ……どうやら逃げ切れたようですかね」


「いえ、ユウマ様、まだ安心はできないかと。恐らく手間取ってはいるとは思いますが、いずれ追いかけてくるかと思われます」


 勇馬の言葉に、シモンは油断をしないように釘を刺した。


「とはいっても、しばらくは大丈夫でしょう。ユウマ様のお陰で敵もそう易々と近づけないと理解したでしょうし、これだけ明るければ我らのほうが早く進めるはずです」


「うむ、ティステの言う通りそれは間違いない。ユウマ様のまるでのようなお力のお陰ですな! この光る道具もそうですし……いったいユウマ様は何者――」


「シモン、それ以上の詮索は『ダメ』ですよ?」


「――はっ、出過ぎたマネを……失礼いたしました!」


 フィーレに窘められたシモンは、すぐに謝罪し、それ以上勇馬に聞いてくることはなかった。

 勇馬の『力』は、この世界の人間からすれば普通じゃない力で、事情を知っているフィーレ達からすると、勇馬は神の使いである使徒という存在なのだ。

 いつかは知られてしまう時が来るかもしれないが、それを今わざわざ明かすべきではないとフィーレは判断したのだった。


「いえ、そんな……それより、誰かを持ってもらえますかね?」


「ボクが持つよ!」


「ああ、じゃあ頼んだ、ルティ」


 勇馬はルティーナにフラッシュライトを手渡した。

 ルティーナが受け取ったフラッシュライトの光を覗き込むように自分の顔に向けると、


「わぶっ!? 目が、目があぁぁ――っ!?!」


「ちょっと、ルティ、大丈夫!?」


 光をもろに目に浴びたルティーナは、目を押さえながら悶絶して、某有名アニメのキャラのように叫んでいた。


「おいおい、それは覗き込んだりしちゃダメだぞ? あくまで周りを照らすための物だからな」


「うぅ、先に言ってよぉ……」


「すまん、すまん」


 目をゴシゴシ擦るルティーナに軽く謝り、勇馬は『ミリマート』を開いた。

 鉄帽に自前のヘッドランプを付けたかったが、ナイトビジョンとヘッドランプは併用できないので、ナイトビジョンをレーザーサイトと一緒に取り外して『収納ボックス』にしまう。


「よし、これでいいかな?」


 ヘッドランプのスイッチを入れると、勇馬の頭から広がった光が洞窟内をパッと照らし出した。

 これなら両手を使えるので、もしものときも安心だ。


「うん、問題なさそうだな。すみません、お待たせしました。敵が来ないうちに進みましょうか――どうかしました?」


 返事が戻ってこないことを勇馬が不思議に思っていると、


「これではまるで昼間ではありませんか……私が持っているコレもそうですが、中に太陽でも閉じ込めているのですか……?」


「シモン殿、ユウマ様のすることは我々の知る領域から外れているのです。気にしてたらきりがないのですよ……」


「うん、まぁ、ユウマだしね……」


「ええ、ユウマさんは私達とは少し違うので……」


「えぇ……」


 なぜか全員から総ツッコミを受ける勇馬なのだった。



 ◆◇◆



 歩き始めて数時間、洞窟内は徐々に広がっていき、終わりはまだ見えなかった。


「大分進みましたし、ここらで一旦休憩にいたしましょう」


 シモンの声に、勇馬は「ふぅー」と一息ついて石の上に座った。


「敵、追いかけてこないね。もう諦めちゃったのかなぁ?」


「その可能性は低いかもしれません。グラバル兵はしつこいことで有名ですし、今も追ってきている可能性は十分あります」


「そっか、それじゃまだ進まないといけないのかぁ……はぁ」


 ティステが追手の可能性を挙げると、ルティーナが大きくため息をついた。

 その気持ちは勇馬にもよくわかり、いつ追いつかれるかもしれないかという不安を抱えて逃げるのは、とても疲れることだった。


「でも、少しは休めるんじゃないかしら? ユウマさんのお陰で距離は広がったと思います。相手もこの歩きにくい道では思うように進めないでしょうし」


「ええ、それは間違いありませんな。このままいけば十分逃げられるでしょう。ただ、問題はここがどこに繋がってるかですな……」


「もしくは行き止まりなのか……」


 勇馬は洞窟の奥を見るが、光が途切れた先は真っ暗で何もわからない。こればかりは、行ってみないことにはどうにもならなそうだ。


「でしたら、こういう時こそ食べてしっかり栄養をつけなきゃいけないですね」


「――食べ物!」


 勇馬の言葉にティステがすぐに反応し、残りの面々も喉をゴクリと鳴らした。


(よっぽど美味しかったんだろうなぁ)


 どうやら食べ物で胃袋を掴むというのは、異世界でも共通のようだった。


「ちょっと待っててくださいね~」


 勇馬は『ミリマート』を開き、何かいいものがないかと探す。

 甘いものもいいが、それはデザート代わりに食べるとして、勇馬的には主食となるものを何か腹に入れたかった。


「えーと、なになに? 『サバゲー中ならこれ! ミリ飯特集!』って……今はサバゲー中じゃないんだけどなぁ」


『ミリマート』はドラッグストア的な側面もあったので、栄養補助食品などチョコバーだけでなくミリ飯やペットボトル飲料なんかもあった。


「えーと、とりあえずこれとこれとこれと……」


「フィ、フィーレ様、ユウマ様はいったい何をしておられるのですか……?」


「それ以上は詮索しちゃ『ダメ』よ?」


「は、はっ!」


 シモンからすれば、何もないところで指を動かしている勇馬の姿は、異様な光景に思えるのも当然だった。

 付属の発熱剤ヒートパックを利用してしばらく温めて出来上がった、シチューとライスが一緒になったミリ飯を、勇馬が全員に配る。


「はい、どうぞ召し上がれ」


「わぁ、美味しそうな匂い!」


「飲み物はここから選んでくれ。オレンジジュースとリンゴジュースと……」


 勇馬は色々な味のジュースを置いて説明していった。


「ユ、ユウマ様、どれが一番甘いものですか!?」


「え? いや、ジュースはどれも同じくらいだと思いますけど……ちゃんとティステさんの好きなチョコバーもありますから安心してくださいね?」


「ユウマ様ぁ……あ、ありがとうございます!!」


「い、今いったいどこから食べ物が――」


「――『ダメ』よ、シモン。いただきましょう?」


「は、はいっ!」


 それぞれスプーンですくったシチューとライスを口に入れた。


「おいっしい!」


「本当に美味しいです……こんなの初めて食べましたが、味がすごいしっかりしていてとっても美味しいです! しかもこんなところで温かいものを食べられるなんて……」


「そういえば、普通は温かいものを食べられないんですかね?」


「普通はこんな美味しくてあったかいのなんて食べられないよぉ」


「通常は干した肉やパンなどが多いですね」


「そうなんですね」


「ユウマ様、このジュースも甘くておいしいです!」


「はは、お口に合ったようでよかったです」


 果実酒やアルコールの入っていないものはこちらにもあったが、ジュースのように甘く美味しく作られてるものはなかったので、これも気に入ってもらえるはずだ。


「チョコバーもあるので、しっかり食べてくださいね」


 その一言にティステや女性陣は目を輝かせ、普段は割と冷静なシモンでさえ、「やっぱりチョコバーはたまりませんなぁ」と幸せそうな顔で食べるのだった。



 ◆◇◆



「ここからかなり広くなってますね」


 勇馬が手に持ったフラッシュライトで辺りを照らすと、それまでは5m程度だった横幅が、その3倍程度には広がっており、上の広がりも大きくなっていた。

 ここまで特に危険もなかったため、89式小銃は『収納ボックス』に入れ、全員分フラッシュライトを買って持つことにした。


「ユウマ様、お気を付けください。こういったところには危険な生物が住み着いている可能性があります」


「危険な生物、ですか?」


「はい。私は見たことありませんが、レオン兄様が以前鉱山の調査に行った際、中には巨大な地上では見られない凶悪な昆虫のようなものがいたとか……」


「昆虫……」


「それは私も隊長から聞いたことがあります。私が隊に配属される前のことですが、こういった暗い中でもやつらは動けるらしく、ネズミや迷い込んだ人などを捕食すると」


「うげぇ、そんなの絶対やだ……」


「ちょっと、ルティ。そんな声出さないの」


 これまでファンタジー要素のある、例えばドラゴンやスライムといったものは見たことがなかった。その昆虫がファンタジー要素に入るかは微妙なところだが、用心しておくにこしたことはないと、勇馬は心構えだけはしておく。


「……ねぇ」


「どうした? ルティ」


って、今言ってたのじゃないよね?」


「「え?」」


 ルティ以外の全員の声が重なる。

 彼女が指差す方向には、よく見ると壁にくっつくように巨大な黒い何かがいた。


「あ――」


 それはむくりと起き上がった。


「うわぁ……気っ持ち悪ぅ……」


 ルティが心底気持ち悪そうな声を出すが、それについてはその場にいる全員が無言で肯定していた。

 そのは、足が何本もあってうねうねしており、口らしきところからはダラダラと涎のような液体を垂らしていた。


「――『召喚』!」


 勇馬はすぐに89式小銃を召喚し、黒い昆虫に狙いを定める。


「撃ちますので、耳を押えていてください」


 外皮の硬さがわからないので、勇馬はすぐにセレクターを『タ(単発)』から『レ(連発)』に切り替える気持ちの準備だけはしておく。

 ルティーナ達を助けた際に弾丸を結構消費したので、できれば単発で仕留めたいところだ。


『キシャアアアアァァァァァ――ッ!!』


「っ! ――撃ちます!」


 シャカシャカと動き出した昆虫に目掛け、勇馬は1発の弾丸を飛ばす。


キィン――ッ!


「――くっ!」


 だが、それはいとも簡単に昆虫は弾丸を弾いたのだった。予想通りといえば予想通りだったが、勇馬の焦りは少し増す。

 勇馬は予定通りセレクターを『タ(単発)』から『レ(連発)』に切り替え、今度は大きく開けた口の中に狙いを定め、


 タタタタタタッ――!!!


 その全てはただの外れることなく、昆虫の口の中へ吸い込まれていった。


『シャアアァアァァアアァ……ァア……ァ……』


 口の中が大惨事になったであろうその巨体は、勇馬達の元にたどり着く前に、その生命活動を停止するのだった。


「お、終わった……?」


「ああ、多分な……ってか、それフラグだから次から禁止な?」


「ふらぐ?」


 ルティは勇馬の言ってる意味がわからず、こてんと不思議そうに小首を傾げた。


「伏線ってことだよ。終わったと思ったら終わってない……みたいな」


「えぇ!? まだ死んでないの!?」


「いや、今のは例えだからっ! さすがにもう死んだと思うぞ? どれだけ体は硬くても、中までは硬くないってのはよくあるテンプレだし」


 勇馬はピクリとも動かなくなった昆虫を見る。さすがに死んだフリとかでもなさそうだ。


「いやぁ、すごい音でしたなぁ。ですがそれよりも、ユウマ様のお力はやはりとてつもないですね! 外にいた時もすごかったですが、こうしてじっくり見てみたら改めて勝てるものなどいないように思います」


「えぇ、それは間違いないわ。ユウマさんの力で倒せないものなんてないんじゃないですか?」


「いや、さすがにそれは……どうなんでしょうね」


 勇馬は気恥ずかしくなって、頭を掻きながらフィーレの質問をはぐらかした。

 生身の人間やこういったが相手ならば、実際弾丸を撃ち込むだけで倒せてしまうかもしれない。とはいっても、ここは異世界なのだから油断は禁物だと、勇馬は頭の片隅に置いた。


「お見事です、ユウマ様! この先から風の流れを少し感じます。もしかしたら、出口が近いかもしれません」


 勇馬には全くわからなかったが、ティステの言うことが正しければ、本当に出口があるのかもしれない。そうであれば、今感じている疲れも少しは休んで取ることができるだろう。


「出口!? やっとかぁ……ふわぁ、それ聞いたらなんだか眠くなってきちゃった」


「ふふっ、外に出れたらどこかで休みましょう」


「んー……ううん、まずは頑張ってちゃんと家に戻るよ。そうしないとお父様も心配するだろうし、スミスやエミリみたいに捕まった人達を助けに行かなきゃいけないから……」


「ルティ……そうね、あともうちょっと頑張りましょう」


 もう何時間この洞窟内にいるかわからないくらいに時間が経っていた。距離的にはそれほど歩いていないだろうが、ライトで照らしながら足場の悪い中を休憩しつつ歩いていたので、時間がかかってしまった。


 ――だが、ようやく外に出ることができる。


 そう考えると、全員の足取りは若干軽くなり、道は徐々に狭まるものの出口まではそれほど時間がかからなかった。


「――この天井に木の板がありますね。これを破ったら出られるかもしれません」


 洞窟の最後のほうは上り坂になっており、どんどん狭くなって最終的には屈んで通れるくらいの狭さになっていた。そして突き当たって行き止まりかと思われたが、天井部には木の板がはめ込まれていた。


「ユウマさん、開きそうですか?」


「ええ、これ押し開けれそうですね。行ってみましょう」


 勇馬は木の板をゆっくり持ち上げ、顔を出してみる。きょろきょろと周りを見渡してみると、ここが家か小屋の中に思えた。


「大丈夫そうです。どうぞ出てきてください」


 外に出た勇馬が声を穴に向かって声を掛けると、順番に穴から全員這い出てきた。


「家のようですが、ここはどこでしょう?」


「誰の家なんだろうね。見つかったら怒られるかなぁ?」


 フィーレとルティーナはそう言いつつも慌てた様子はなかったが、


「シモン殿……これは……」


「ああ、ここら辺に家がある場所なんて……しかないはずだ」


「どこなんですか?」


 何かに気づいて青褪めた顔をするシモンに、勇馬は問いかける。


「それは――」


「ふわぁ、朝だ朝――だぁ!? だだだ、誰だお前ら!?」


 突然現れた人物に、シモンの声が遮られる。


 そして――、


「そ、その装備……貴様らエリアス王国のやつらか!?」


 その瞬間、勇馬は行き着いた先がクレデール砦の中だと理解したのだった。

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