28.行き着く先は、天国か地獄か

「ユウマユウマッ……ユウマァァ――ッ!」


「よーしよし、もう大丈夫だ」


 抱きついてぐりぐりと顔を押し付けるルティーナを、勇馬は優しく頭を撫でながら落ち着かせる。

 よっぽど不安で怖い思いをしたのだろう、ルティーナの抱きしめる手は震え、涙がぽろぽろと溢れていた。


「ルティっ!」


「フィーちゃん……?」


 フィーレは泣き出しそうな笑顔で、大切な妹を抱きしめた。


「わっ、とと――」


「あっ! す、すみません、ユウマさん……」


 勇馬ごと抱きつく形になり、バランスを崩して倒れそうになってしまった。


「いえいえ、ずっと心配してましたもんね。無事でなにより、間一髪だったか?」


「うん、ユウマのお陰で助かったよ! そこの洞穴にシモンと一緒に隠れてたんだけど、見つかっちゃって……助けてくれてありがとう、ユウマ」


「ああ、俺も心配だったからな。ルティが無事で安心したよ」


「えへへっ」


 勇馬がルティーナの頭を撫でると、嬉しそうに笑った。


「フィーちゃんも助けに来てくれたの?」


「ええ、そうよ。ユウマさんとティステと3人で来たの」


「え、そうなの!?」


 フィーレの言葉に、ルティーナとシモンが驚いた顔をしていた。

 彼女達からすれば、助けに来るのならば『軍』として来るものだと思っていたため、たった3人で救出に来たということが信じられなかったのだ。


「お父様はまだ軍を動かせないと仰ったから、何もしないでただ待ってるなんてことがどうしてもできなくて、飛び出してきちゃったの。その後をユウマさんとティステが追いかけてくれて、その後は合流して3人で……」


「え、じゃあお父様の許可は取ってないの?」


「ん、そうなるわね。でも、あなたのことが心配だったから……」


「フィーちゃん……!」


 ルティーナはフィーレを強く抱きしめ、


「フィーちゃん、助けてくれてありがとう。フィーちゃんが飛び出してくれなかったらボク達も今頃どうなってたかわからないし……本当にありがとう」


 父親に反抗してまで助けにきてくれた姉に、心からの感謝を伝えるのだった。


「フィーレ様、私からも感謝を述べさせてください。フィーレ様、ユウマ様、それにティステ……一兵士としてはキール様の命令を無視なさったということで言いにくいのですが、私個人としては、ルティーナ様と同様に大変感謝しております」


 シモンは頭を深く下げ、礼を述べた。

 兵士である彼にとって、最も上官となるキールの命令に逆らうことは『死』を意味するのだが、そうしてまで助けてくれた3人には感謝の気持ちしかなかった。


「シモン、あなたもルティをこれまで守ってくれてありがとう。大変な役回りだったでしょうけど、無事に戻ったらお父様にもちゃんとお伝えするわ」


「はっ!」


 シモンは胸に手を当てた敬礼で、フィーレの言葉に応えた。


「フィーレさん、とりあえずここを移動するべきかと思います。先ほどの発砲音で、敵兵が寄ってくる可能性が高いです」


「確かにユウマ様の言う通りかと思います。この洞穴に身を潜めていた時も、敵兵と思われる馬の走る音が聞こえましたし、ここに留まるのは危険です」


「――ま、待ってっ!」


「ルティ、どうした? そんなに慌てて」


「スミスとエミリが捕まったって、敵が話してるのを聞いたの! ボクのために囮になった2人を助けなきゃ……。それに、レオン達もボク達を逃がすために戦ったはずだから、捕まってるかもしれないし……」


 ルティーナは、数日前に洞穴の外でグラバル兵が会話していた内容を説明した。


「そう、やはり捕まってしまったのね……」


「レオン兄様が……」


「ね? だから助けに行かなきゃ!」


「いえ、ルティーナ様、それは難しいことかと思われます」


 シモンは真剣な顔で理由を説明する。


「捕らえられているとしたら、砦内の牢に閉じ込められていると思われます。そして、その砦内は今やグラバル王国軍に支配されているのです。ユウマ様は確かに私など足元に及ばないほどのお力がありますが、それでも戦とは『兵力』が物を言うのです。この人数では全員死んでしまいます。一旦、街に戻って軍で行動するべきです」


「っそんな……!」


 厳しいようだが現実的なシモンの話に、ルティーナは言い返そうとするも、言葉が続かなかった。

 ルティーナ自身も、この人数で、しかも戦力にならない者を連れて行ってなおかつ人質を救出するなど、あまりにも無謀すぎるということは理解できていた。


「ルティ……辛いけれど、それしか方法はないわ。私達もあなたがたまたま砦の外にいてくれたからよかったけど、中で捕まっていたらどうしようもなかったかもしれないわ」


「フィーちゃん……でも、ティステだってレオンが捕まってるかもしれないんだよ!?」


「……ルティーナ様、兵士というものはそれを覚悟していなければいけないのです。もちろん無事でいてほしいという思いはありますが……そのためにフィーレ様、ルティーナ様、そしてユウマ様を危険に晒すなど、例え兄様を助け出したとしても半殺しにされてしまうでしょう」


 ティステは困ったように微笑んだ。

 彼女なりにルティーナを思いやり、気に病むことがないように配慮したのだ。


「う、うぅ……」


「必ず後でキール様がお救いになってくださるはずです。ですから、まずはここから抜け出しましょう。よろしいですね? フィーレ様、ルティーナ様」


 ティステの問い掛けに、ルティーナは小さく頷いて理解を示した。


「そうね、そうしましょう。でも、シモン達の馬だと思うんだけど、さっき道に倒れていた馬がいたわ。他にないのよね?」


「はい、運悪く馬が潰れてしまったため、この洞穴に逃げ込みました。他にはいないのですが……馬は、フィーレ様、ユウマ様、ティステの3頭ですか?」


「いえ、私は馬を操れないので……ティステさんの後ろに乗ってきたんです。だから2頭ですね」


「2頭ですか……」


 シモンは少し難しそうな顔を浮かべた。

 馬に乗るには3人でも乗れないことはないが、当然その分の負担が馬にのしかかる。そうなってしまえば速度も落ちるし、馬が走れる距離も減ってしまうだろう。

 それは、敵兵に見つかった場合に逃げることが難しくなるということだった。


「しかたないわ、それしか方法はないんだもの。どちらかが3人――」


 フィーレの話が、2頭分の馬の悲鳴によって遮られた。

 それは尋常ではない声、断末魔を意味する叫び声だった。


「――いたぞ!」


 すぐに男が仲間を呼ぶ大きな声が聞こえた。どうやら、グラバル兵に見つかったようだった。

 勇馬は跳ね上げていたナイトビジョンを下ろしてレーザーサイトを起動し、89式小銃のセレクターを『タ(単発)』に切り替えた。


「くっ、馬が殺されたか!」


「シモン殿! やるしかありません!」


 シモンとティステが剣を抜いて戦闘態勢を整え、フィーレは怯えた顔をしているルティーナを抱きしめた。

 勇馬はナイトビジョン越しに捕捉した敵兵に赤外線レーザーで狙いを定め、


「2人とも、下がってください! 撃ちます! 絶対に俺の前に立たないようにしてください!」


 タンッ! タンッ!


 と、連続して2発の弾丸を発射した。

 放たれた弾丸は、勇馬の狙った場所を正確に射貫き、敵兵は声も発せずその場に崩れ落ちた。


「おぉ……!」


「ユウマ様! あちらからも来ます!」


 勇馬はティステの指差す方向に銃口を向け、


 タンッ! タンッ!


 と、更に2発の弾丸をお見舞いするのだった。


「ぐは――ッ!?」


 1人は即死しなかったようで、うめき声が聞こえた。だが、それもすぐに聞こえなくなり、即死できなかった分、苦しんで絶命するのだった。


「いったい何の音だ!?」


「隊長! 我が隊の兵士がどんどん殺されています!!」


「なにぃ!? 原因は何だ!?」


「わかりません! ですが、弓矢のように遠くから攻撃されてると思われます!」


 遠目に、松明の灯りを伴って現れた部隊が見えた。その数は少なくとも10人以上、もしかしてらその後ろからも来ているかもしれない。

 勇馬との距離はおよそ50m、途中にある木々のせいで全員は無理だとしても、近づかれる前に少しでも数を減らしておきたい。


「す、すごい、これがユウマ様の力なのですか……!」


「ええ、シモン殿は初めて見られたと思いますが、ユウマ様のこの力の前に、敵は近づくことすらできないのです」


「なんと……レオン隊長に近接戦で勝っていたので得意分野は剣かと思っていたが、遠距離攻撃もできるなんて無敵ではないか!」


「いえ、さすがに無敵ではないですけどね。身体の強さは普通でしょうし……でも、私ができる限りこうして減らすのでこのまま逃げれないでしょうか?」


「確かにこれだけのお力があれば逃げ切れるかもしれませんが、敵ももっと多くの人数をかけてくるでしょう。100を超えた数を同時に相手できるのでしょうか?」


「この暗さですし、さすがにそれは厳しいかもしれませんね……」


 89式小銃のセレクターを『レ(連発)』に切り替えて弾丸をバラ撒けば、ある程度は対応できるかもしれない。だが、捨て身ですり抜けてくる敵は絶対に出てくるだろうし、そこから危機に陥る可能性のほうが高いと思えた。


「――数で制圧するのだ! 進め――っ!」


 勇馬はそれに反応して、再び89式小銃を構える。

 松明の灯りが目印となり、勇馬は「ふぅ……」とゆっくり息を吐いて、引き金を引き始めた。


「ぐあっ!?」


「――ぎゃッ!?」


「恐れるな! 敵は少人数だ! 進め、進め――っ!!」


 頭の中で『ミリマート』を展開し、『収納ボックス』から直接弾倉へ『召喚』して弾薬をリロードする。

 勇馬はどんどん敵を撃ち倒していくが、敵の増援も来たようで、松明の数は減るどころかむしろ増していった。


「――ぁぐっ」


「あああぁぁぁっ!?! 痛い、痛い、いだいいいぃ――ッ」


 増える敵兵を勇馬は確実に倒していくが、それに伴って即死ではない人間が増えていく。暗闇の中を1発で仕留めるだけでもとてつもないことなのだが、それでもターゲットが増えることによって精度は落ちていった。


「何をしている!? 敵はたかだか数人しかおらんのだぞ! 貴様らそれでもグラバル王国の兵士か!! さっさとあのレオンとかいう口だけの男のように、徹底的に痛めつけて連れてこいッ!!」


「あの男……ッ!」


 ティステは、男のレオンを馬鹿にする口調に、ギリッと歯ぎしりをして怒りを露わにした。だが同時に、レオンが生きているかもしれないという希望も生まれるのだった。


「さぁ、いけいけ!! 離れた位置からしか攻撃できん、エリアス王国の腑抜けを」


 ――タンッ!


「ッ!? 隊長――っ!?」


 勇馬は、名も知らぬ隊長の男の頭を射貫いたのだった。

 これ以上、レオンの妹のティステやフィーレ達に嫌な思いをさせないよう、優先的に排除することに決めたのだ。

 だが――、


「くそっ! 全隊、進めッ、進め――ッ! 隊長の仇を取るのだ!!」


 グラバル兵達は止まるどころか、より勢いを持って立ち向かってくるのだった。


「ねぇ、シモン! あの洞穴、どこかに通じてるかもしれないんでしょ!?」


「ですが、確実ではありません! 行き止まりの可能性もあります!」


「でも、もうそんなこと言ってる場合じゃないよ! 周りを見てみてよ!」


 ルティーナの言うように、松明の灯りの数はどんどん増えていき、もはや囲まれているといってもいい状況だった。


「シモンさん、ルティの言うようにこの状況はマズいです! 弾は余裕あったとしても、これだけの数を同時に相手にするのは不可能です!」


 弾にはまだ余裕はあったが、さすがにさすがに大人数で攻撃を仕掛けられれば話は変わってくる。

 勇馬としても、今のままジリ貧になるより、可能性ある方法を取りたかった。


「シモン、行きましょう。ユウマさんがいなければ私達にはどうすることもできません。今ならまだ私達のほうがあそこまで早く行けるはずです!」


「……わかりました。行きましょう!」


 勇馬達は、ルティーナ達が隠れていた洞穴に向かって走り出した。時折近づいてきた敵兵は、勇馬が確実に排除し、無事にたどり着くことができた。


「あ、そうだ、暗かったんだ……」


 ルティが思い出したかのように呟く。


「どうしよう……これじゃまともに歩けないよ……っ!」


 真っ暗闇の中で、ルティーナの震えた声が洞穴内に響く。


「うわっ……確かに石がごろごろしていて、何も見えないと歩けそうにないです!」


「と、とにかく、這いつくばってでも行くしかありません! さぁ、進みましょう!」


 フィーレが戸惑った声を上げ、ティステが暗闇の中で指示を出す。外に見える松明の灯りはどんどん迫ってきており、捕まるのは時間の問題だった。


 ――勇馬がいなければ。


「大丈夫です! これを持ってついてきてください!」


「え? わっ!?」


 突然、洞穴の中が昼間になったように明るくなり、ルティーナが目を閉じて驚いた。

 それは彼女だけでなく全員だったようで、あまりの眩しさに目を瞑っていた。


「ユ、ユウマさん! 何ですかこれ!?」


「これは『ランタン』というもので、説明は後程します! 私が『フラッシュライト』で先行するので、シモンさん、これを持って周りを照らしてください!」


「え、え――」


「さぁ、早く!!」


「は、はい!」


 フィーレ達が暗闇に焦っていた時、勇馬が『ミリマート』を開くと、なぜか『あなたの未来を照らします。ライト特集!』というバナーが大きく表示されていた。勇馬は疑問を抱くよりも先に、バナーからランタンを急いで購入したのだ。

 ちなみに、フラッシュライトは元々勇馬が持っていたものだ。


「――な、なんだあれは!? 日の光のように明るいぞ!?」


「お、恐れるんじゃない! い、行け――ッ!」


 勇馬達は、背後から聞こえるグラバル兵の声に振り返ることなく、現代技術の明かりを頼りに奥へと進んで行くのであった。


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