27.大セール実施中!

(さて、何を買おうか?)


 フィーレとティステに『ミリマート』で購入すると伝えてみたものの、何を買えばいいか勇馬は迷っていた。

 ただ、勇馬の提案に2人は期待したような目をしていたため、「下手なものは買えないな」と勇馬は頭を悩ませた。


「えーと、この『ミリマート』では色々なものが売ってるんですが、例えばどんなものが欲しいとかあります?」


 迷いに迷った勇馬は、最終的に2人に聞いてしまうことにしたのだった。


「えと、ユウマさんの世界で売っているものが全くわからないので……あ、でも、ルティが出発する前に食べ物をあげてましたよね? それも確か、『甘いもの』だったはず……!」


「――! 甘味、ですか?」


(おぉ? 2人とも甘いものが好きなのか?)


 フィーレの指摘に、ティステがすぐに反応した。

 どうやら、この世界でも女性が甘いものに目がないのは変わらないらしい。


「ええ、『チョコバー』っていうやつなんですけど、高いものでもないですし、ちょっと買ってみますね」


「「はい!」」


 シンクロさせて嬉しそうに返事をする2人に、勇馬は吹き出しそうになるが、ぎりぎりで耐えるのだった。


「さてさて、まずはお金をどうやって入れればいいんだ?」


 恐らくはチャージする機能があるはずだが、パッと見わからなかったため、ページ右上にあるクレジットをタップしてみた。


「お、ここからできそうだな」


 そこには、『チャージする』という文字とともにお金の投入口が設置されており、どうやらそこに硬貨を入れればいいらしい。


「買い取りなんてのもあるのか」


 その隣には『買い取りはこちら』となっており、買い取ってもらった分をチャージすることができる仕組みになっているようだった。

 とりあえず今はフィーレから貰った硬貨を投入し、


「わ、お金が消えちゃいました」


「今入れた分のものを『ミリマート』で購入できるようになりました」


 クレジットが増えたことを確認し、チョコバーのページを表示させる。


「さて、どれにしようかなーっと……」


『ミリマート』の画面は彼女達に見えないようなので、選ぶのは勇馬のセンスに託されることとなる。

 チョコレートという甘味がこの世界にないので基本的にはどれでも美味しいはずではあるが、勇馬はできるだけ女子受けしそうな少しお高いブランドのチョコバーを3個900リアで購入した。


「『召喚』っと」


「わっ、また現れましたね」


「以前と同じです。ユウマ様には物を出し入れできる能力があるのですか?」


「んー、この『ミリマート』で買ったものはできますね。それ以外のものは試したことはないですけど」


「では、これはどうですか?」


 そう言って、フィーレが胸元から取り出したのはロケットペンダントだった。


「お母様の形見なんです。よかったらこれで試してみてください」


「多分大丈夫だとは思いますけど、そんな大事なもので失敗した時のことを考えると……」


「では、これをお使いください」


 今度はティステが腰に下げた剣を手に持った。


「いや、それも大事なものですよね?」


「そうではありますが、フィーレ様のロケットペンダントよりは大したことありません。どうぞ試してみてください」


「……わかりました」


 もし最悪この剣が消失してしまったとしたら、何か『ミリマート』で買ってあげようと、勇馬は『収納ボックス』を見てみる。

 だが、これまで購入した武器やチョコバーなどは載っていたが、ティステの剣は載っていない。この中に載ってさえいれば、頭の中で『収納ボックス』を展開し、『収納』と『召喚』をタップしなくても行うことができるのは確認済みだ。

 現状では勇馬が購入した武器ではない、ティステの剣は収納できなさそうだった。


「すみません、ちょっと無理そうですね……」


「そうですか。でも、対象が限定されているとはいえ、そんなことができればユウマさんの物だけでも持ち運びができますし、とても便利なのは間違いないですね」


「そうですね。はい、フィーレさん。ティステさんもどうぞ」


 購入したばかりのチョコバーを2人に手渡す。


「わ、ありがとうございます!」


「ありがとうございます。これは、変わった食べ物? ですね」


「いえ、これはただの包み紙なので、破っていただいて中身を食べてくださいね」


 キラキラと光るように派手な包装紙は、彼女達にとっては初めて見るもので、なんだかよくわからなかっただろう。ティステは若干顔を赤らめて「そうでしたか……」と、包装紙を破った。


「いい匂いがしますね……んんっ!?!?」


「だ、大丈夫ですか、フィーレ様!?」


 口に入れた瞬間、フィーレが目を白黒させたため、ティステは慌てて問いかけた。


「すっっごい美味しいわ! ティステも早く食べてみて!」


「そ、そうでしたか。では失礼して――ん、こ、これは……っ!!」


 ティステは口をあぐあぐさせて、


「――おいひぃ……」


 涙をぽろぽろと流し始めた。


「えっ!? ティステさん!?」


「こんなおいひぃもの、初めて食べまひた……っ」


「そ、そうですか……美味しいなら何よりです」


 フィーレは恍惚とした表情で、ティステは涙ながらに2人とも脇目も振らずに黙々と食べていた。

 勇馬は、チョコバーはこの世界の人間には少し刺激が強すぎたかもしれないと、反省するのだった。



 ◆◇◆



 あれからも休憩を挟みつつ走って数時間、辺りは薄暗くなってきていた。

 だが、クレデール砦までは森を抜ければというところまで来ており、勇馬達は森に入る手前で一度立ち止まった。


「ここから先は敵国の兵士が隠れていたり、警戒している可能性が大いにあります。暗くなってきたので危険ではありますが、相手も我々を認識しにくいという利点もあります。どうされますか?」


「行くわ。そのために来たんですもの」


 ティステの問いに、ルティーナは即答で返すのだった。


「むむ、ここからは敵兵もいるのですね。しかも日が落ちて、あるのは月明りだけと。森の中だとその月明りも届かない場所もあるでしょうし……ちょっと『ミリマート』で買い物してもいいですか?」


「何かいいものがあるんですか?」


 フィーレさんが興味津々といった顔を近づけてきた。

 不意に近づく美少女の顔に、驚いた勇馬は思わず少し引いてしまった。


「え、ええ、まあ。きっとこのの中では役に立つはずです」


「ふぃーるど?」


「あ、すみません、つい癖で……ただのサバゲー用語ですので気にしないでください」


 勇馬がそう言って『ミリマート』を開くと、


(……狙ったかのようになぁ)


 トップページにはでかでかと『夜戦特集! 大セール実施中!』と表示されていたのだ。

 まるで勇馬の思考を読み取ったかのような文言に、どこかで誰かに見られてるのかと、勇馬はちらりと空を見上げた。当然、そこには綺麗な星空が広がっているだけで、勇馬は再び目線をウィンドウに戻した。


「えーと、まぁセールで特集されてるなら探す手間は省けそうだな」


『夜戦特集!』のバナーをタップすると、


「おっ、あったあっ――高っ!?」


 個人用暗視装置JGVS‐V8、お値段なんと50万リアだった。

 これは陸上自衛隊でも採用されている暗視装置で、アダプターを使って鉄帽に取り付けることができるため、使用しない時は上に跳ね上げておくことも可能だ。

 セールなのでそれでも相当安い価格なのだが、せっかくフィーレに貰ったお金の大半をこれにつぎ込んでしまうことになる。


「どうされましたか? もしかして先ほどのお金では足りませんでしたか?」


「あ、いえ、そんなことないですので気になさらないでください」


 心配そうな顔をするフィーレに、勇馬は慌てて否定した。

 あれだけの大金を貰っておいて足りませんでは、さすがに申し訳なさ過ぎたのだ。


(うーん、とはいっても暗視装置は必要だよなぁ……お?)


 勇馬が悩んでいると、すぐそばに「中古品はこちら」というボタンがあった。

 すぐにタップして見てみると、


「おぉ、いいじゃないか」


 ズラッと先ほどのページに劣らない数の商品がページに表示された。


「お、これなんていいかもしれないぞ」


 それは先ほどのJGVS‐V8と88式鉄帽2型、さらに不可視レーザー照準器のJVS‐V1がセットとなったものだった。

 お値段はなんと35万リア、3点セットなのにさっきよりも安くなっている超大特価品だ。


「購入っと」


 勇馬はこれ以上のものはないだろうと、すぐに購入ボタンを押した。


「よし、『召喚』!」


 勇馬の手元には先ほど購入した3点セットがガチャガチャと現れた。


「それは何ですか?」


「これはですね、この暗闇の中でも相手を視認したり、私の89式小銃で正確に撃つことをサポートしてくれる道具です」


 興味津々に聞いてくるフィーレに、勇馬は1つずつ手に取って説明した。


「これは88式鉄帽2型という、通称『テッパチ』とも呼ばれる帽子です。とても硬度の高い鉄という材質でできているので、頭を守ってくれます。今回はこの暗いところでもよく見えるようになる、暗視装置ナイトビジョンのJGVS‐V8というものを取り付けるためにセットで買いました」


 勇馬の説明に、フィーレとティステはまったく意味が通じてなさそうだったが、それでも一言一句逃さずにしっかりと聞いていた。


「これは何なのですか?」


「ああ、これはですね……お見せしましょうか」


 説明するより見せたほうが早いと、勇馬は『収納ボックス』から89式小銃を取り出し、レーザーサイトのJVS‐V1を銃身に取り付けた。


「このナイトビジョン越しに見てみてください。光があると思うんですけど、これを敵に合わせて撃てばこの暗闇でも正確に狙えます」


 フィーレに88式鉄帽2型を被らせ、ナイトビジョン越しにレーザーサイトの照射先を覗かせた。


「わっ、なんですかこれは!?」


「フィ、フィーレ様、私も見せてくださいっ」


 驚くフィーレに、ティステもどのような効果があるのか気になってしまう。

 フィーレの頭から外した88式鉄帽2型を、今度はティステに被らせてナイトビジョンを覗かせる。ティステは、「こ、これは……とてつもなくすごいですね……」と、心底感心したような声を漏らした。


「正確にユウマさんの攻撃を当てれるのもすごいですが、この暗闇の中でも視ることができるというのが、とてつもないことですね」


「フィーレ様の言う通りです。こんな神の目を持つことができたら、誰も相手にならないと思います」


 2人は興奮気味に感想を述べた。


「――ユウマさん、本当にごめんなさい」


「え?」


 急にフィーレが勇馬に向って頭を下げた。


「私のせいでここまで巻き込んでしまって……今の現状はユウマさんの望んだものではないはずですし、ユウマさんの力にまた頼ってしまって……」


「フィーレさん……頭を上げてください。私もルティを助けたい気持ちは同じですから。それに、確かに戦わずにすむのならそれにこしたことはないのですが、恐らくそうもいかないでしょう。私も、覚悟は決めました」


 勇馬の中で、何を優先してどう生き抜くか、それが決まったからこそ2人に勇馬の持つ特別な力を話した側面もあった。


「まずはルティを探しに行きましょう!」


「っ――はい!」


 勇馬の言葉に、フィーレは顔を綻ばせるのだった。



 ◆◇◆



「これは――! フィーレ様、この馬は我が領の馬と思われます」


 森に入ってからは慎重に動いていたが、今のところ敵軍との接触はなかった。

 だが、道端に馬が倒れているのを勇馬が見つけて駆け寄ったところ、馬に取り付けられている装具からクレイオール領の馬だと判明した。


「これに誰が乗っていたかまではわかりませんが、近くに死体がないことからも、さらに逃げたか捕まった可能性があります」


「――っ」


 ティステの「死体」という言葉に、フィーレは息を吞んだ。


「近くを探してみましょう」


 勇馬の提案に、2人は静かに頷いた。

 道を外れるととても馬を走らせそうにないため、馬を道脇に置いて、道なき道を月明りを頼りに進んでいく。ただし、勇馬はナイトビジョンを使っているので、2人に比べれば幾分視界はマシだ。


「――しっ! 声が聞こえます」


 先頭を行くティステが立ち止まり、勇馬達を制止させた。彼女の言う通り、誰かが話す声が聞こえてくる。


『――ぐはっ!』


『――シ、シモンっ!』



 今度ははっきりと聞こえた。

 ルティの声だ。


「ルティ――!」


 それは全員に聞こえたようで、大きな声で名前を呼びそうになったフィーレは、慌てて自分の口を押さえて言葉を飲み込んだ。


『――へっ、悪いようにはしないからよ。まあ、連れてく前に少しくらい味見してもいいよなぁ?』


 下卑た男の声が聞こえ、勇馬は走り出した。


「ユウマ様っ」


 ティステは声を抑えつつ呼んだが、勇馬は止まらない。止まる気がない。

 なぜなら、一刻の猶予もないと判断したのだ。


『まぁ、そう嫌がるんじゃねぇよ』


『や、やめろ……やめてくれ……っ!』


(――見えた)


 表情まではわからないが、座り込む人影2つとその前に立つ影が1つ、その後ろにもいくつかあった。

 勇馬は89式小銃を構え、立っている男の頭に不可視の赤外線レーザーを照射し、それをナイトビジョンで覗き込んで確認する。

 立っている人影が手を伸ばすと、


「誰か……助けて――ユウマぁ……」


 勇馬は、セレクターを『ア(安全)』から『タ(単発)』にし、なんの躊躇もなくトリガーを引いた。


 ――タンッ!


 夜戦のために発射炎を隠すよう、サプレッサーからフラッシュハイダーに付け替えていたため、静かな森の中に破裂音が響き渡る。

 手を伸ばした人影の頭からナイトビジョン越しに血しぶきが舞い、あっけなく絶命した。

 勇馬は、後ろに立っていた残りの人影が動き出す前に、


 ――タンッ! タンッ! タンッ!


 と、まるでただの作業のように確実に頭を撃ち抜いていった。


「ふぅ……」


 勇馬は息を吐き、人影がすべて倒れたことを確認してから、「ルティ!」と大きな声で呼びかけた。

 すると――、


「――ユウマぁ……っ!」


 立ち上がった小さな人影は走り出し、勇馬の胸に飛び込んでくるのであった。

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