9.帰還と再出発

 ルルは理解が追い付かなかった――。

 親を殺され、村からララと共に無理やり連れてこられ、監禁されていた。奴隷として売るつもりのようだった。

 次の日、運良くララが逃げ出した。

 ルルとしては、そのままララが無事に逃げてさえくれれば良かった。


 奴隷商品ということもあり、暴力は振るわれなかったが朝の食事は出されなかった。

 盗賊達は略奪した酒や食べ物で騒いでいたが、突然慌ただしくなった。

 外が騒がしくなり、そのうちに盗賊の頭のウォロフがルルを監禁している小屋へやって来た。

 そして腕を掴まれ、引き摺られるように裏口から外へ出た。

 ウォロフはルルを人質に、逃げようと企てていたのだ。


 しかし、あっさりと兵士に見つかり、変わった格好をしている相手にウォロフが怒鳴り始めた。

 すると、バスンッと何かの音がし、急にルルの腕が引っ張られた。

 ウォロフがルルの腕を掴んだまま倒れたため、自然とルルも倒れ込むことになった。

 身体を起こしながらウォロフを見やると、物言わぬ死体となっていた。

 ルルはをじっと見て動くことができなかった。

 あんなに自分を苦しめてきた相手が、一瞬でこうなってしまったことに理解が追いつかなかったのだ。


「――大丈夫? 立てるかな?」


 ふと声のしたほうを見上げると、先ほどの変わった格好をした男がルルに手を差し伸べていた。

 男の手を取り立ち上がると、


「ルルちゃん……だったよね? 君のお姉ちゃんのララちゃんも無事だよ。ララちゃんが教えてくれて、助けに来たんだ。もう安心だよ」


 ルルは、そこで初めて男の顔を見た。

 あまり見かけない黒髪と黒い瞳の男は、ルルの頭を撫でながら優しく微笑んでいた。


「……うっ……うぅ……うわあぁぁん!」


 ララを信じたい気持ちもあったが、もうダメかもしれないと思っていた。

 だが、男から伝えられたのはララの無事だった。

 ララは盗賊から逃げ、ルルのために兵に助けを求めてくれたのだ。


 ルルは、張り詰めていた糸が切れて涙が溢れ出し、大きな声で泣いた。

 静かになった森には、少女の泣き声だけが響き渡るのだった。



 ◆◇◆



「おかえりなさいませ。お怪我はありませんか?」


 勇馬達の姿を認めると、フィーレはぱあっと表情を輝かせた。

 彼女は彼女で、親衛隊の安否を考えると気が気ではなかっただろうと勇馬は思った。

 実際のところは、親衛隊ももちろんだがそれ以上に勇馬の心配をしていたのだが。


「ただいまです。なんとか怪我もなく、無事に戻って来れました」


 フィーレの輝いた顔を見て、勇馬はほっと一安心した。

 リズベットやフランも笑顔で迎えてくれて、思わず顔が綻んだ。


 ――今日、勇馬は初めて人を撃ち殺したのだ。


 戦いの最中は興奮していたせいか、思ったよりも罪悪感は持つこともなかった。

 だが、盗賊の頭を倒してようやく終わりだと思ったら、どっと疲れが出てきて手が震えていることに気付いた。

 やはり盗賊とはいえ人間相手ということもあり、ウルフの時以上に精神的にクるものがあったようだ。

 しかしそれよりも、目の前の少女が助かったことを喜ぶでもなく、只々呆然としている姿を見て「何とかしなきゃ」と思った。

 少女に声を掛け、頭を撫で、泣いているのをなだめるうちに、勇馬自身も自然と落ち着いていった。


(簡単に割り切れればいいんだけどなあ……)


 それは、平和な日本から来たただの会社員には、中々難しいところだ。


「ルルっ!」


 フィーレの横から飛び出してきたララは、勇馬の横で上着の裾を掴んでいたルルへ、そのままの勢いで飛びついた。


「わっ! ……ララ、無事でよかった」


 お互いを確かめるように、2人は抱きしめ合った。

 2人とも目に涙を浮かべているが、その表情はとても穏やかな笑顔だった。

 ララとルルの2人はひとしきり抱きしめ合った後、手を繋ぎながら全員を見渡すように向きを変えた。


「あの……ルルを助けてくれて、ありがとうございました!」


「ありがとうございました!」


「無事でよかったわ。ユウマ様、我が領民を救っていただき、ありがとうございます。ティステ達もご苦労さま。大変だったでしょう?」


 地につきそうな勢いで頭を最大限に下げて礼を言う2人を見て、フィーレは優しく微笑み、勇馬達を労った。


「いえ、親衛隊の皆さんのおかげです。私は離れた安全な位置から撃ってただけなので」


「ご謙遜を……ユウマ様のお力がなければ、あの人数はとても我々だけでは対処できません。それに我々こそ大した事はしておりません」


「そうですよっ、私なんて1人も相手がいなかったくらいなんですから! バババババッて、あんな遠くから倒しちゃうんですもん。盗賊の頭だって一撃だし――凄すぎですよ!」


 勇馬としては事実を言っただけだが、ティステとリズベットは勇馬のことを持ちあげた。

 正直なところ、彼女達のように剣を片手に突っ込む方が凄い勇気ある行動だと勇馬は思ったが。


「さすがですね」


 まるで勇馬のことをよく知っているかのようなフィーレの口振りに、勇馬は首を傾げる。


「ともあれ、これで一先ず解決ですね」


「ただ彼女達のご家族は……その、亡くなってしまったようで……」


 帰る道すがら、勇馬にぴったりとくっつくルルに被害状況を聞いていた。

 村は壊滅こそしなかったものの、彼女達の両親は殺されてしまったようで行く当てもない。

 もし戻ったとしても、村にたった2人で暮らしてくのは難しいだろうとティステは言っていた。

 今回は奴隷にされずにすんだが、いずれ生計を立てることができずに、結局、奴隷落ちする可能性が高いと。

 そうなってしまっては、何の為に助けたのかわからなくなってしまう。


「そうでしたか。孤児院も、今は運営がなかなか大変だと聞いています。それでしたら……うちで働いてみますか?」


「「え!?」」


 フィーレがララとルルに提案する。

 2人は目を丸々と見開いて、きれいに声を重ねて驚いた。


「使用人として働けば給金も出るし、住むところも用意されてるわ。大変だとは思うけど、姉妹で一緒にいられるし悪くないとは思うんだけれど……どうかしら?」


「ぜ、是非!」


「働かせてください!」


 2人は目を輝かせ、返事をした。

 その様子を黙って見ていた親衛隊の面々も、どこか安心したような表情をしている。

 きっと、彼らも心配していたのだろう。

 2人にとって辛いことはあったが、心優しいフィーレ達に出会えたことは幸運だろうと勇馬は思った。


「では、『クレイア』に向けて出発しましょう」


 フィーレがそう言って、勇馬やララとルルの双子姉妹は馬車に乗り込み、屋敷のある街――クレイアへと走り出した。

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