10.クレイオール邸

 クレイアの街へと再出発してからは、何事もなく馬車は止まることもなく順調に進んだ。

 ララとルルの双子姉妹が乗ることとなったため、車内は多少狭くなってしまったが、2人ともまだ子供なため狭くて辛いというほどでもない。

 ちなみに、フィーレとフランの対面に、ララ、勇馬、ルルという席順で座っている。

 どうやら勇馬はルルに懐かれたようで、移動中ずっとくっつかれていた。

 よっぽど怖かったのかなと、勇馬は特に気に留めなかったが。


「あ、見えてきましたよ。あれがクレイオール領で一番栄えている『クレイア』の街です」


 森を抜けてしばらくすると、フィーレが御者台との仕切りの布を開いて教えてくれる。

 前方には巨大な壁が横に広がる城壁があり、中までは見えないようになっている。有事の際には、防御壁として役に立つのだろう。

 監視塔のようなものがあり、兵士が警戒のために配置されているのが見えた。正面には大きな門もあり、その脇にも兵士がいた。


「すごい……」


「わぁ……! 見て、ルル!」


「うん! すごい大きいね、ララ!」


 ずっと森の景色しか見てなかった勇馬は、初めて見るまさに異世界といった風景に感動の声が漏れた。それはララとルルの双子姉妹も同じようで、勇馬と同じように目を輝かせながら外を見るのだった。

 馬車は門の前で一旦停止するが、「すぐに門を開けます!」と衛兵は声を張り上げた。領主の娘の馬車ということもあり、馬車の中をチェックされることもなかった。

 徒歩の人間は別で用意された通用口を出入りしているが、こういった馬車のときは大きな正門を開けるようだ。

 大きな門が開き、馬車がゆっくりと進み出した。


「おぉ……」


「「わぁ……」」


 勇馬は街を見て感嘆の声を漏らすと同時に、ララとルルも感激した声を出した。2人の瞳は一層キラキラとさせながら、街並みを眺める。


「ここが我が領自慢の街、『クレイア』です。人も物もここを中心にクレイオール領は廻っています」


「賑やかでいい街ですね」


「人がいっぱいだよ、ルル!」


「建物も大っきいね、ララ!」


 日本の都市からすれば、大したことのない都市レベルとは言える。だが、目に映る街は十分に勇馬の心を惹きつけた。

 クレイオール領の中心都市のようだが、所々に石畳がある程度で地面は土そのままが多い。馬車が走れば土煙が舞うし、目ぼしい高い建物もない。高くても3階建のようなものしか見えない。

 中世ヨーロッパというよりも、もっと古い年代といえる街並みが、勇馬にとってはむしろ現実離れした風景で感動をもたらした。


「あそこに見える建物がクレイオール家の屋敷になります」


 一般市民や店が立ち並ぶ区画を抜けると、貴族街に入る。

 周りは先ほどまでと違い、豪邸が多くなってきた。

 フィーレの指す方向には、遠くからでも一際目立つ高さの建物が見えた。


「大きいですね。この距離でもわかるくらいだ」


「元々は王家から与えられたものでしたが、長い年月をかけて少しずつ拡張してるんです。傍には訓練場や兵舎など領内の重要施設があるので、家という感じはあまりしないかもしれませんね」


 そこから馬車に揺られて5分ほどで屋敷に到着した。

 門を衛兵が開けると目の前には立派な建物があった。


(これはもう家というより、施設といったほうがしっくりくるな……)


 貴族街を通ってきたときに色々な豪邸はあったが、ここまでの大きさのものはなかった。殆どが平屋に近い豪邸の中、それは3階はある屋敷というより要塞といった出で立ちだった。


「「お帰りなさいませ、お嬢様」」


「ただいま、スミス、ソフィ」


 馬車から降りると、上品な髭をした執事と耳がピンと上に長いメイドが出迎えてくれた。その後ろには数人のメイドが並んで頭を下げていた。


 ――あれって、もしかしてエルフか?


 ファンタジーの象徴ともいえるエルフと思われるソフィを、勇馬はついついガン見してしまった。


「スミス、こちらは恩人のユウマ様よ。夕食の準備をお願いね。それと、お父様はいる?」


「承知いたしました。旦那様は執務室にてお待ちしております」


「そう、それじゃあ私はご報告に行くから、ユウマ様を客室にご案内して。それと、夕食の前にお風呂もお願いね」


「承知いたしました」


 フィーレはてきぱきとスミスへと指示を出していく。

 道中はそういった素振りがあまりなかったので、その姿を見て「若くてもちゃんと領主の娘なんだな」と勇馬は感心した。


「ユウマ様、スミスがお部屋にご案内いたします。お風呂を用意いたしますので、夕食の前にどうぞお入りになってください。何かあれば、遠慮なくスミスにお申し付けください」


「わかりました。お気遣いありがとうございます」


 フィーレはにこりと微笑むと、ソフィへと顔を向けた。


「あ、それとソフィ。この娘達は、盗賊に村を襲われて身寄りがなくなってしまったの。うちで使用人として雇えないかしら?」


「かしこまりました。責任を持って教育をいたします」


「「よ、よろしくお願いしますっ!」」


 一瞬、2人を見つめるソフィの目がキラリと光ったように勇馬には見えた。

 双子姉妹にとってこれから大変な日々だとは思うが、少なくとも食べていくには困らないだろうと、勇馬はほっと一息ついたのだった。

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