4.懇願
クレイオール家へと向かう道中。
初めて乗った馬車に勇馬は若干興奮していた。
馬車の中はそれなりに装飾されている程度で、豪華というほどでもない。勇馬の想像していた貴族とは少し違うようだ。
御者には赤毛のリズベットが務め、馬車を挟むように前後に2人ずつ配置されていた。
「――それでは、ユウマ様は『ニホン』という国から来られたのですね」
「はい、どうして旅をしていたのかは忘れてしまったのですが……」
フィーレと侍女、そして勇馬は向かい合うように座り、ボロを出さないよう気を付けながら身の上話をしていた。といっても、ほとんどフィーレが質問して、それに勇馬が答えるといった質問形式だったが。
「お気の毒に……。ねぇ、フランは『ニホン』って聞いたことある?」
「い、いえっ、私はあまり地理に詳しくありませんので……」
フィーレは、肩ほどの長さのダークブラウンの髪色をした少女――フランに話を振った。
髪と同じ瞳の色もあってか、日本人っぽく見えないこともなく、フィーレと同じ位の幼さを感じる。
彼女はフィーレ専属の侍従で、ほとんどいつでも一緒にいるらしい。
(結構揺れるもんなんだな)
舗装されていない道を走る馬車の中はかなり揺れているが、2人は慣れた様子で会話をしている。
勇馬はというと、振動が椅子を通してダイレクトに伝わり、中々にツラい状況だ。当然、馬車の車輪は木製で、振動を和らげるスプリング的なものなどないのだから仕方はないが。
(問題は……コイツだな)
勇馬は彼女達と会話をしながら、視界の端に映るウィンドウを眺める。そこには『ミリマート』というネットショップサイトがあった。
『ミリマート』は頭の中で念じるだけでも出現させることができ、他人には見えないようだ。
開いているページには様々な商品が掲載されている。その大多数は銃などの武器だ。
しかも――恐らく本物の。
(意味がわからん……)
『ミリマート』は、本来ミリタリー関連の専門ショップだ。
それがなぜか色々商品を置きすぎて、さながらドラッグストアのようになっているだけで。
もちろん扱われている銃というのは、エアガンやガスガン、電動ガンなどといったいわゆるトイガンだ。つまり本物ではない。
だがどういうわけか、目の前にあるページの商品画像は本物にしか見えない詳細な画像とスペック、そして値段が表示されている。
指で下の方へスクロールすると、本家の『ミリマート』にはない軍用車や戦闘機、なんと軍艦まである。
その下には『?』となってシルエット画像のみの、詳細は不明なものが並ぶ。
「うお……戦争でも始める気かよ」
あまりの兵器の数々に、思わずツッコミを入れてしてしまう。
その瞬間フィーレの顔から笑顔が消え、ぽつりと反応する。
「……恐らく、いえ、間違いなく近いうちに始まると思います」
「え?」
ただ声に出してしまっただけのツッコミに大真面目に返されるとは思っていなかったため、勇馬は聞き返してしまう。
「この10年のうちに、グラバル王国は次々と周辺の国を併呑しています。このエリアス王国へ侵攻してくることは間違いありません。もはや時間の問題といえるでしょう。そうなれば、国境沿いの我がクレイオール領は戦の最前線となります。ですから……」
段々と俯きがちになりながらも、この国、このクレイオール領の状況を教えてくれるフィーレ。その表情は暗く、先ほどまでの笑顔が嘘のようだ。
「えと……まだこちらの国、エリアス王国のこともよくわかっていませんが、戦争が起きそうなのですか?」
「はい、いつ起きてもおかしくはありません」
即答だった。
勇馬は思う、何てタイミングの悪いときに来てしまったのかと。
勇馬は思わざるを得ない、このタイミングでこんな兵器を持ってるだなんて、何か裏があるのかと。
ティステ達親衛隊の持っていた武器や防具は、どう見ても時代遅れだった。地球でいえば、千年単位で違うレベルだ。
そして、この国は戦争に巻き込まれそうだと言う。
そこへ現代兵器を持って現れる勇馬。しかも、ネットショップで兵器の通販が出来そうだ。
あまりにもお約束展開ではあるが、日本への道を模索するためにも、それまでの自分の居場所を確保することが先決であることは間違いない。
一先ず、フィーレに恩を売っておくに越したことはないだろう。
「なるほど。そうだったんですね――」
勇馬が話していると、ガクンッと急に止まる馬車。思わず舌を噛みそうになってしまった。
「どうしたの?」
フィーレが仕切りの布を開けて、御者台にいるリズベットへと声を掛ける。
「子供が飛び出してきたようです」
リズベットの報告に、フィーレは馬車の入口から顔を出して確認する。
「た、助けてくださいっ!!」
馬車の外から聞こえてくる子供の声は、中にいた勇馬にもしっかり聞こえた。
それは、悲壮感溢れる叫び声だった。
「おい待て、クソガキッ!」
次に聞こえたのは男の怒鳴り声だった。
これには勇馬も驚き、立ち上がろうとすると、
「止まれッ! 貴様、何者だ!!」
今度はティステの一喝する声が響き渡った。
男の怒鳴り声とは違う、思わずビシッと背筋を正しそうになる声だ。
「げっ……おい!」
「しかたねぇ! どうせ1人は女だ、殺るぞ!!」
ついには、はっきりと物騒なワードが出てきた。
さすがにこのままではヤバいと思い、フィーレへ「外へ出ます!」と伝え、89式小銃を抱えて馬車から飛び降りた。
「――はあっ!」
勇馬の目に飛び込んできたのは、ティステが一刀のもとに男を斬り捨てたところだった。
「でやあっ!」
「ぐぁっ!!」
もう1人いた男は、同じ男性親衛隊員によって斬られた。
「ぐ……こんのやろ――ッ!?」
「詰めが甘いぞ、ロイン」
ロインと呼ばれた隊員に斬られた男は、一撃では倒れずロインに斬り掛かろうとしたが、ティステの剣が胸を貫いた。男は少しの痙攣の後、事切れてしまった。
「す、すみませんっ!」
「うむ」
恐縮するロインに対し、人を2人も斬ったというのに、ティステは全く動じることのない堂々とした態度だった。
目の前には、先ほどまで生きた人だったものが地面に転がっており、今自分の立っている場所が本当に現実なのかと疑いたくなる。
「あのっ、助けてください! 妹が捕まってるんです!」
あまりの現実離れした光景に勇馬が一言も発せずにいると、猫の耳を生やした少女が、目に涙をためながら懇願するのだった。
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