■精神科入院生活24日目~色即是空/夏の花火~■
■24日目■
土曜日。
同室の相部屋の源さんは80代男性の身寄りのない高齢者。
挨拶をしても帰ってこないのは茶飯事。
面白くない。
面白くないが、たまには挨拶を返してくれるのである時、担当看護師に「気難しい気分屋な方ですか?」と聞くと、「実は…。」と補聴器を付けていない時が殆どだとの事。
補聴器を付けると物凄い音が大きいらしい。それで殆ど外していたのだ。
「そういう事だったのか。」
それ以来、同部屋の私のパーテーションの隣の彼の机にメモを書き置きしたり、必要なコミユニケーションを取るようになっていた。誤解が解けたのだから。
話してくれて分かったのが、彼には身寄りがない事。それで老人ホームに入所する為に一時的に入院というより、生活する仮の住まいでしかないということ。
老人ホームの空き部屋が空くのを待っているのだそうだ。
それで、彼の元にはソーシャルワーカーの30代女性が時折尋ねては、今後の生活相談の支援をしていた。
食堂フロアで話し合いをしていたのだが、時折、彼女が持って来た話に彼が押し返し、時には彼が意を押し込みながら。
日増しに、感情の熱もしばしば帯びていった。
「これは、ワシの一人言。一人言だぞ。一人言だけどな。」
「…。」
補聴器を付けているとは言え、敢えて無機質に発した彼の言葉は周りに聞こえる誰よりも大きな声を出してしまっていた。その為、その刹那が周りに大きく空を切ってしまった。
彼の触れて欲しくないプライベートな話を補聴器のボリュームの繊細さを自分で微調整する加減が滑ってしまった。
昔気質な職人的な人。
先に「一人言だけど」と断り、釘を刺しておけばその不満に言い返しは出来ない。一人言だから。まして、ソーシャルワーカーの方が立場は上でも孫くらいの歳の離れた女性。
何処で生まれて、どんな風に育ち、どんな仕事をして、どんな生活をし、子どもは?孫は?結婚は?
何故病気ではないのにここで暮らしているのか?
彼とは、単なる同部屋で、袖振り合うも多少の縁でしかない仲。歳も考え方も何かも違いすぎる。
人はなるべくしてなり、なるべくしてならないのは、なるべくしてなる仲ではない。
ならば、詮索をしたり、事細かに立ち入った事を聞いたりするのは野暮である。
日頃、これが何でもない日常生活で人と知り合う時に例え相手が異性であろうがなかろうが、なるべくしてなる仲になれたらと思っていたとしても。
平日の午前中に、コロナ禍だから購買に買い物にいけない代わりに看護師に買い出しに行って貰うのだが、彼はよくあんぱんを食べていた。彼が食べるあんぱんは凄い様になっていた。
何でもない昔からある何の変哲もないシンプルでただ世に存在するだけでパンの棚から消える事がないパン。
そのアンパンと短髪で白髪が頭にかなり占める源さんが大口で食べる姿が凄いマッチをしていた。
土曜日は、殊更緩い暇な空気が流れるこの食堂の空間。
その日は、何故か看護師ではなくソーシャルワーカーのスタッフが慌ただしく動いていた。
ボクは、その様子を何故か不思議に眺めていた。
暫くフロアに慌ただしく人が何人も動いていた。
その朝、食後に彼の机の上に「ありがとうございました」と簡単なメモに絵文字を添え、もしかしたら「トラブルの元になるので、入院患者同士交換禁止」と、してはいけないお菓子も彼の机に置いたかもしれない。
彼に何のお礼をしたか。お互い大したことも何もやっていない。
ギスギスしていて宜しくない。
揉めなければそれでよい。所謂「普通」でよいのである。
ただ、単なる袖振り合うも多少の縁の中で、耳が遠い彼にメモを置いた。
午後も夕食後も、部屋に戻ってもパーテーションの向う側にいつもいる彼がいない。
「彼はもういないよ。老人ホームに空きが出てそこに移ったよ。」
看護師に尋ねると、不意に虚をつかれた。
メモをした事への「ありがとう」や何か見返りが欲しかった訳でない。
彼は誰にも何も言わず、他の部屋の人と親しかった訳でもない。
午前中のプログラムも金曜のカラオケにも参加をしない。食事は常に自室。基本一人。誰か親しい話し相手がいたっけな?
挨拶も何も無く彼は私以外のほぼ誰からも知られないまま、2階フロアからサッと消えた。
この生活自体が実態のない幻。
が、これもまた現実。
仲の良い友達だろうが、愛を誓った恋人であろうが、必ず大事なモノは自分の意思を裏切り、裂けて割れる。
そして、自分の元から無くなる。
儚い。
これもまた人生であり、これが人生なのだ。
源さんの推定80歳の人生の処世術ではない無駄がない身の振り方こそ、生きる芯を捉えていたのか?
人生は夏の花火みたいなもの。
彼の歩いてきた人生とまでいかなくても、酒も飲めないこの生活での楽しみ。
何ヶ月前からこの入院生活をしていたのか?老人ホームで部屋があくまで彼は何を思っていたのだろうか?
彼の人生の夏とは?夏の花火とは何だったのか?
ゆっくりゆっくり人生の階段を降りて、無駄を削ぎ、無理をせず、目的の為に時には貝に。自分とは違う異に意を唱える。その真の目的の為にその芯を貫くー。労力をかけずに。
これが日本人の昔からのよく知らない同じ地域で生きる人と摩擦を避け凛として生きる生活に根ざした「侘び寂び」なのであろうか?
それは、今のボクにはまだ分かりきれない。
儚く散るのが人生だとするのなら、志の元に夏の花火をあげ「何か面白かったよね」とその一瞬でも誰か知らない人の記憶に残りたい。残って散りたい。
怒られる内が花なのであるのなら、
「何かうるさい人がいたけど、そう言えばいなくなったよね」
怒れる内が花で、そう言わる内も花。知らない人に知られる事は価値のある勝ちなのだ。
源さんいなくなったこの日、相部屋はガランと静まり返り、部屋の空気が沈んだ。
色即是空。
生きとして生きるこの人生も、当たり前に手にしている何でもない生活も、好きも嫌いもいがみ合い憎しみあっている事象や永遠を誓ったはずである愛おしい感情をも全てが儚い。
いつか何処かで必ず無くなるのだから。
なら、ボクが源さんにした聞こえない彼への意思疎通の為のメモ書き。
尽くすも尽くさないもない。
単なる一方通行的なモノ。
ボク側の想いや何処か迷惑な親切心な下心をも、彼は人生を達観して、透けて見ていたのかもしれない。
その補聴器で補っていた聴力。
聞こえないのではなく、ノイズが届かない世界。聞こえる世界と居心地がよかったのは本当はどっちの世界だったのだろうか。
あるいは、施設に入居前に作る人間関係は壊れても新しく運べない。
だから、同年代の人とも関わりを持たずに一人で過ごしていたのだろうか。
この生活の人間関係は儚い。
築いては壊れる夏の海の砂浜のように。
まだ、これは、ほんの序章にしか過ぎなかった。
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