14 お子様魔法使い


「なっ、なに! なにか文句でもある!?」


 魔導書で釣れる奴に文句はない。疑問はたくさんあるけどもさ。 

 

『お子様が釣れた』


「お子様だな」


「お子様じゃない!」


 お子様だろう。焦げ茶髪をツインテールしてるし、見た目もそうだし。

 子犬が威嚇するような唸りを上げてこちらを睨みつけてきている。少しばかりつんけんどんとしているようだが「年齢相応な生意気」な感じではある。

 体は少女らしいもので、ぺたんと座り込んだ足は色白で細長くて華奢だ。

 瞳は透き通るような青色で知性が感じられる。ぐあ、と口を開けて怒ってる姿でも乱雑さやマイナス面を露ほども感じないのは、その目のおかげか、顔つきというか態度というか。なんでなんだろうな、わかんないわ。

 とりあえず、「生意気そうなおこさま魔法使い」という印象だ。


「なによ、じろじろ見てきて……」


 そりゃあ見るだろ。魔導書で食いついてきてもなお第一印象に「知性」を感じる奴なんか初めて見るんだから。

 あ、あれか。わかったぞ。言葉に自信があるからだ。なるほど、そういうことか。


「って、グラじゃない」


 俺の背後からひょこと釣果を確認したヒヨリコが名前を口にした。


「グラ? 知り合いか?」


「学園にいた子」


「仲は良いのか?」


「サイコーにね。でも、どこかのパーティーに入ってたはず……なんでいるの?」


 寝坊? と聞くと「んな訳ないでしょ」とヒヨリコの発言に噛みつき、膝をぱっぱっと払い、鼻を鳴らした。


「解散したの! ちょっと前に。だから、ワタシは今はフリーの魔法使いよ」


「なら!」


「でも、アンタとは一緒に組まないからね! このっ尻軽女!」


 おーおー、随分な言われようだな。

 ヒヨリコの素早い手のことは、結構周知で羞恥な事実って感じね。

 傭兵たちも「うんうん」と見守ってる。お前ら、ヒヨリコのこと好きだろ。


「ふっふっふ。ほら、仲いいでしょ? グラは可愛いの」


「可愛くないー!」


「ウリウリー!」


「やめろ! うりうりやめろぉ!」


「なんで解散したんだ? 解散が流行りなのか?」


「こんな大勢の前で言うことじゃないわ……」


 腕を組みながら聞いてみると、顔を背けながらそう呟いた。


「なら、場所を変えよう。宿で話そうか」


「え」困惑してるグラとやらを宿に連れ込んだ。「え?」


 そんな一瞬で移動をしたみたいな顔をして。数分は一緒に歩いただろ。

 フェイとヒヨリコがグラの隣に並び、俺が三人の前の椅子に座っている。

 これで大勢はいなくなったし、前にいるのは俺だけだ。問題ないな。


「それでは聞きます。どうして解散したんですか?」


 え、えーーーー、っと。なんて言いながら屋内に視線を泳がせ始めた。


「い、イヤになったのよ。旅に出るなんて、あー、せいせいしたぁ……」


「だとよ。どうする?」


「じゃ、旅に行こう」


「話聞いてたの!? いかないっての!」


「パーティーを組まなかったらどうなるんだ?」


 吠えるグラを他所にヒヨリコに視線を流す。

 すると、彼女は膝に手をおいたまま背筋を正して。


「次の勇者の育成が始まるのを待つ人もいる。けど、年齢制限があるし、次はいつ募集があるか分からないから学園が用意した場所で働いたりするのがほとんどです」


「家に帰る人とかは?」


「家には帰れない。あ、でも勇者枠じゃない人は家に帰ることもできたっけな」


「グラは?」


「愛称で呼んでほしくないわ。グラリエルって呼んで」


「グラリエルは何枠で学園に?」


 すぐに呼ぶとびっくりしたように目を大きくさせ、探るように目を細めてきた。

 猫みたいな反応をするな、この子は。


「一般枠。でも、家に帰るつもりもないわ。それこそ、他のトコに行くのも」


「だったら一緒に行こう!」


「アンタとは嫌だ」


「グラ! 一緒に行こう!」


「嫌だっての、近づくな。ちーかーづーくーなーよおおお!」


 手を握るヒヨリコの顔面を押しのけるグラリエル。仲良しではあるみたいだな。

 だが、話を聞く限り、グラリエルには何かしたいことがあるようだ。


「あんましこういうのを言える立場じゃないが、強引に旅に誘うのってのはどうかとおもうぞ、ヒヨリコ」


「いーのいーの。この子、素直じゃないから」


「頭噛みつかれてるけど」


「うん、ダイジョーブダイジョーブ」


「口から血も出てるけど」


「ヘーキヘーキ」


 見た目は凛とした猫ってイメージだったが、噛みつき癖の治らない子犬か。

 あー、血が止まんねぇーって言い、フェイに包帯をぐるぐる巻かれている。

 話を纏めると、勇者パーティーとして旅に出ないとお仕事を紹介される、か。

 で、グラリエルは家に帰りたい訳でもない。他のことをしたい? 

 それこそ勇者パーティーにならなくても……魔法使いなら進路は多いか。

 口元を覆うように考え込んでいると、グラリエルはふんっと鼻を鳴らした。


「アンタ達もよくこんな奴と組めるわね。勇者っていっても末席よ? ソレに体のことは聞いたの?」


「聞いたぞ?」


「だったら……」


「別に体が弱かろうが、旅に出たいなら出りゃいいじゃねぇか。あと、俺らは別にコイツのパーティーに入る訳じゃないぞ」


「え? じ、じゃあ……なんで一緒に」


「俺はコイツの喉を治すための方法を探してるんだ」フェイの方を手で示す。フードを被ってるフェイと顔が合うと会釈をしていた。顔が見えていないんだろう。「だから、ヒヨリコソイツの理念に感動した訳でもなんでもない。ただ、北に行くなら勇者と一緒の方が色々と都合がいいとは思ってる」


 勇者特典ってのはデカイしな、と言うと膝に置いていた手を丸める。


「……」


『嘘じゃないぞ。ノランは嘘は着くが嘘つきじゃない』


「余計だ」


『ほんとのことだもーん』


「……聞いても良い?」


 グラリエルはおずおずと口を開いた。

 

「もし、もしよ……? 旅をするとして、自由があるって約束できる?」


「ああ」


 俺は即答した。


「元より、俺とフェイは……」と言いながらフードを外すようなジェスチャー。「元々、国境警備隊にいた。勇者の旅路に憧れを持ってる訳じゃない。ただ、フェイの喉が治すことができたら良い。それもどれだけ時間がかかるか分からないしな」


 フェイの素顔を見て、グラリエルは小さく「エルフ……」と呟く。

 初めて見ると衝撃が強いのはそうだが、リアクションとしては不思議な反応だ。

 すると、ヒヨリコが「私もそれで一緒に旅をするの」と耳打ちしていた。


「グラリエルは何か旅をしたい理由があるのか?」


 聞き方が変だったか。すまん。そんな反応をされるとは。語彙力がないんだ。


「あ、えーと。自由に、こういうことがしたいっていう旅の目的があって。それが勇者と一緒にいたら叶いそうにない、とか。そういうの」


 旅には出たいが、勇者と一緒にいたくないという印象を感じた。

 その理由が何か分かれば、と思い聞いてみたのだが。


「あ、あなた。エルフ……なのよね」


『うん』


「ワタシに魔法を教えてくれる……?」


『魔法? 古語エルフ語を勉強したら』


「もう勉強したわ。だから、その……なんていうか。えぇっと……。エルフなら、何か知ってるかと思うんだけど」グラリエルは口ごもり、目線を下に下げた。言いづらいことが口の中でもごもごと姿を変える。「魔法の勉強をしたいの……。ダンジョンとか、エルフの秘蔵の魔法とか」


 勇気を振り絞ってフェイに聞くと、彼女は薄い胸をトンッと叩いた。


『ボク、人に教えるの絶望的に下手だけど、それでもいいなら!』


「~っ! や、やった! っし……!」


 喜びのポーズを決めながら、あ、と俺の視線を感じて手を下ろした。


「何回も言うけどアンタのパーティーに入る訳じゃないからね! あと、アンタとも!」ビシッと指をさされ、大人の余裕を見せて足を組んだ。「男は嫌いなんだから! 酒の匂いさせる男! 女慣れしてそうな男! 髭をキレイにそらない男ッ!」


「……そ、そんなにボコボコ言わなくても……」


「ワタシと一緒のパーティーに入るならそこらへんをキレイにしなさい!」


「はい……」


 いつの間にか俺は組んでいた足を下ろしていた。

 怖い。女の子、怖い。

 俺が怯えて震えていると、ヒヨリコは軽快にパチンッと指を鳴らした。


「じゃあ、勇者パーティーの結成だ! 早く申請にいかないと! レッツ~!」


「……」


『れっつー!』 


「ごー……」


 こんな空気の中の俺たちを連れて、王立学園の室長の部屋に向かった。


「──いや、無理だぞ。さすがに」

 

 どうやら、再結成の時期が過ぎていたようで突き返された。


 次の勇者選定の時期は未定なので、そのまま2人は学園を卒業することになった。

 ヒヨリコは「勇者の末席」のまま選定期の超過により無資格勇者に。

 グラも勇者パーティーに入らなかったため、卒業証明書だけもらって無職に。

 そんな2人の卒業日の祝いで宴を開き、同時にパーティーの決起会も行う。

 無資格勇者。無職魔法使い。無職の元国境警備隊2人。

 そんな顔ぶれではあるが、無事にパーティーを結成できたので良しとしよう。

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