13 魔法使い釣り



「普通の人間が必要だ」


 四席目の勇者が出ていった日の昼間。俺はそんなことを突然切り出した。

 今、飲み食いしてる場所はヒヨリコと初めて出会った『ヨイミヤ亭』。

 やたら歓迎されたのが不思議で仕方ないが、皆はなんだかんだヒヨリコのことを気に入っているらしい。あれほど喧嘩してたのにな。憎めない奴、ってことか。

 やっとパーティー組めたんだな! なんて言ってる奴もいたし。

 

「普通の人間?」


 ヒヨリコは骨付き肉を頬張りながら聞いてきた。ので、頷いて応える。


「ああ、普通のだ。このパーティーの良心が必要だ。純粋な奴が」


「私は純粋だよ?」


『ボクも』


「風呂上がりにおっさんの前を裸でうろつく奴は純粋とは言えん」


『エルフはそういうのは気にしない』


 なんで自慢げなんだよ。


「恥らいなぞ母胎に置いてきた。求めるなら持ってきてくれ」


 なんでエラソーなんだよ。


「ってノランさんも私達の前で裸でうろつくじゃん」


「そりゃあそうだ。俺は自分の体に自信があるからな」


「勃たないのに?」


「不感症よりはマシさ」


 ヒヨリコの口に固いパンをねじ込むと、向こうはジョッキを頬に押し付けてきた。

 

「俺らが下品だと思われるのは勘弁したい。俺らは至って普通だ。そうだろう?」


『ボクもそう思う』


「わはひもほおおおう」


「だろう。だが、昨晩の宿の主から注意された。俺たちは品行方正ではないとな」


 ひとしきり騒いだ後、店主から「あのぉ、もう少し上品に」と言われた。

 それも朝っぱらからだぞ。信じられるか? 俺の気持ちを察してほしい。

 国境警備隊にいた時は自分はマトモな方だと思っていたが、外に出ると違った。

 あと司祭に「神は酒もギャンブルも異性との交際も認めていない」とも言われた。

 南の方はなんだ、窮屈な暮らしをしてるんだな、と思った。

 勝手にルールを作って、自分で生きづらくして、何が楽しいんだか。

 が、郷に入っては郷に従えだ。ここがそうなら、そうするしかない。


「それでもう一人ほしい。旅をするなら後衛が必要だ。魔法使いが欲しい」


 魔法使いってのは真面目な奴が多いから丁度良い、と付け加える。


「フェイさんは魔法使いじゃないの? エルフ魔法得意。噂で聞いた」


『魔法は使える。でも、本職には負ける。喋れないのはそれだけ厳しい』


 酒のおかわりをしてるフェイを目で追い、ヒヨリコは腑に落ちたように。


「だから剣をね~……なるほど。じゃ、魔法使いを捕まえましょうか」


「何かアテでもあるのか?」


「それはお楽しみ」ヒヨリコは飲んでた酒をグビグビと飲み干し、勢いよく立ち上がると「ちょっとまってて」とだけ言い残して店から出ていった。


「何が出るか楽しみだな」


『ヒヨリコは不思議な奴だから、きっとボク達には想像がつかないことをする』


 酒を飲んで待っているとドタドタと足音が聞こえてきた。帰ってきたみたいだ。


「じゃーん。魔法使い釣り。これなら行けるでしょ!」


「……本当に想像もつかんかった」


 自信満々に出してきたのは木の枝の先端に紐を結び、その紐先に魔導書をくくりつけてる『釣り竿』だった。

 普通は張り紙やら何やらで募集するもんだと思ってたんだが。


「魔導書で魔法使いを釣るって……こんなんで釣れるもんか?」


「魔法使いは知識欲しかないの。男も猥本がぶらさがったたら食いつくでしょ?」


「もちろんだ。気になるからな」


「そういうこと。このヒヨリコに任せなさいな」


 胸を叩いてそう言うと、飯屋の窓の外を開け、魔導書を放り投げてぶら下げた。

 丸椅子を近くまで持っていき、そこで座って待っている。

 座ってる姿はなぜかサマになってる。もしかしてコレ初めてじゃないのか。


「……フェイだったらアレに食いつくか?」


『魔導書の種類にもよるかなー。お高いのだったら食いつくかも』


「そういうもんか」


「オイ、ありゃあ何してんだ?」


 と、先日ヒヨリコと喧嘩していた傭兵が顔をのぞかせてきた。


「魔法使い釣りらしいぞ。どうもアレで釣れるらしい」


「ンな馬鹿な」


「騒がないで。魔法使いが逃げちゃう!」


 振り返ってシィーと指を立てられたので、口の前でバッテンを作った。

 しばらくの間、ヒヨリコの背中を見つめながら、酒を飲んだ。

 小声で傭兵たちと他愛のない話を挟みつつ、気がつけばフェイと俺で酒場の酒を飲み干していた。そんなに時間は経ってはいない。飲むペースが早すぎた。

 それにしても真剣さが感じれる背中だ。ヒヨリコは本気マジで釣るつもりなんだな。

 そう思っていると──竿がしなった。


「ちょっ! ちょっ、引っかかった!」


「まじか!」


「網! 網とかないの!? 逃げられちゃう!」


 顔を真赤にして釣り竿(木の枝)で引き上げようとするヒヨリコをフェイに任せ、俺は窓の外の──魔導書に噛み付いてる人影の服を掴んだ。


「ぐぬっ、ふんぬっ──オラァ!」


 あれ、軽い。やば、力入れすぎた。

 若干酔いが回っていたってのもあるが、その人影は思ったよりも軽かった。

 ぶぉんっ! と魔導書を口に加えたまま酒場のカウンターまで飛んでいく。

 がしゃがしゃーん! と音を立て傭兵のジョッキを蹴飛ばしたソイツは、カウンターに足が引っかかって地面にバタンッと勢いよく落ちた。

 あまりにも一瞬の出来事で、状況の理解が追いつかずに皆が黙りこくっていると、


「いてて……なによ一体……魔導書が動いた? そんな馬鹿──なァッ」


 魔導書を大事そうに持ってる少女は大人達にジロジロと見られてることに気づき、ピシャリと顔が固まった。

 その傭兵達の間を割り、俺とフェイは呆れながらも笑った。

 

「釣れるんだな、人って」


 あんな釣り竿で釣果があることが驚きだ。

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