12 レアな勇者(訳あり)


「ひっぐ……うぇ……うう……」


『むふー!』


 想像どおりと言えばそうだが、フェイはニコニコしてるなぁ。

 国境警備隊で真面目なやつはいない。どこか狂ってる。それが俺の持論だ。

 そこの副隊長なんだからフェイも真面目な奴じゃあない。フェイは「やられたらやり返す」っていういい性格をしてる。

 黙ってやられる訳はないと思っていたが、ヒヨリコも同じ目にあったかぁ。


「フェイ。ちなみに、女性がそういう行為をしようとしたらどうなるんだ?」


『不感症になる。↓なった』


 律儀にヒヨリコを矢印でさしてる。律儀にクイクイと二度さしやがった。

 不感症か。勃起不全よりも強烈だな。可哀想に。


「そんな可哀想な顔で見るなぁ!! うううっ……」


「まー。フェイに手を出そうとしたのが運のツキだな」


「ってことは、ノランさんも……」


 変に察しがいい。言うのが恥ずかしいから黙っておこう。

 だが、今度はヒヨリコに向けていた矢印が回転し、俺の下を指した。


『↓』


 フェイが矢印で指す方向をヒヨリコは見つめ、俺の顔を見上げる。


「たっ、たっ……勃起不全たたないのォ!?」


「ああ。見事にな」


「……可哀想に」


「お互いにな」


 疲れた顔同士でガチッと腕を組んだ。なんかヒヨリコと仲良くなった気がする。

 フェイも微笑ましいって顔で見てくる。お前が元凶だぞ、分かってんのか。


「というか、そうなるなら早く言ってくださいよ」


「言う前に連れて行ったんだろ?」


「そだけどさ」


『あと何回も言ったよ。な·ん·か·い·も!』


「ひ、ひぐっ……だって……こんな可愛い子を前にしたら……」


「分かる。分かるぞ~ヒヨリコ」


 腕を組んで頷く。フェイは可愛い。とてもだ。そこばかりは譲れん。


「それでどうする?」首を傾げたので付け加える。「呪いのことは聞いたんだろ?」


「聞いた。正座して聞かされた。となると薬師に聞いてみるか。……神官さんは」


「あぁ、ノランだ。ノラン。好きに呼んでくれ」


『ボクはフェイ』


「知ってる知ってる。よろしくね」


 名前を聞かないと名前呼びしないという律儀さよ。

 そんなに律儀なのにフェイを拉致るとは、人ってのは良く分からんな。


「ヒヨリコが言った薬師の件だが、あらかた当たってみたが情報はなかった。俺の方も治癒魔法を試してみたがどうも無理だ。神官の魔法で治せるのかも微妙かな」


 神官の治癒ってのは、ある程度のものなら治せれる。呪いとかは十八番なんだが、フェイのコレは見たことがない。

 呪いってのは「A」って呪いがあったら、それ単品で使われることがほとんど。

 だが、これは「A」~「Z」までを複雑に絡めてかけられた呪いだ。

 「A」が分かっていもそれが「B」や「C」の領域も侵し、「A」と「AB」と「AC」と「B」単品や「C」単品があって~という風に。治せる気がしない。

 

(フェイの喉に関しては、複数人に同時にかけられた呪い、ってのが妥当か)


 薬師も王都の薬師が無理そうなだけで、北方の薬師ならいけるかもしれない。

 呪いを治せる薬があるとは思えないが、それでも可能性は0じゃないしな。

 1回、高い薬を買わされたが効果はなし。フェイの肌がもちもちにはなった。


「じゃあ、んーっと。とりあえずはノランさんは神官の魔法を片っ端から当たってみるのと、私は薬師に知り合いがいるから聞いてみるかな……どの道、北方か」


「もしかして、着いてくる気か?」


「当然!」


『コイツ、勇者になりたいから押し切ろうとしてる』


「ぎ、ぎくっ」


 フェイの指摘に張っていた胸がしぼみ、額に汗がだらだらと出てきている。

 ……この様子だと、室長の言ってた話通りか。まぁ、嘘をつく訳もないか。


「室長に聞いた。ヒヨリコ、お前、体が弱いんだって?」


 ギクッと体が跳ねた。ろこつ〜。


「聞いたの?」驚いた顔を数秒、呆れた顔に切り替わった。「余計なことを」


「だから、勇者の資格を貰えなかったんだろ?」


「……そうだよ。その通りさ」


『どういうこと? ヒヨリコ、元気そうだけど』


 当然の疑問だな。

 性欲の化け物なのに体が弱いってのは一見、矛盾してるだろう。あと、ヒヨリコは年齢にしては体が育ってるしな。


「勇者の条件で、魔力と闘氣っていう二つの煌気オーラを持ってないとダメ。ヒヨリコは勇者候補ってことはもちろんソレを持ってることになる」


「でも、私はそれに体が着いてきてないのよ」


 手をヒラと動かして、腰に手を当てる。


「要するに勇者の出来損ないってこと。だから旅に出させてくれないの」


『へー』


「逆に言えば珍しいタイプよ。レアよ、レア。どう? 仲間にしない?」


 笑顔で胸に手を当てて売り込んでくる。もっと神妙な雰囲気になるかと思ったが。

 いや、慣れてるのか。彼女なりに自分の事情を飲み込めてるんだろう。


「ま、ダメだよねー……こんな奴、体が弱いと面倒かけるし」


「そういう体質なのは別に気にはしてないぞ」


「え?」


「俺は神官だ。ある程度のことなら治すことができる」


 そう、別にヒヨリコの体質で拒むことはしない。だって、俺の体じゃないしな。


「器が耐えきれてないって言い方はきれいだが、普通に激しい運動がダメなだけだろ」頷かれたので話を続ける。「それで勇者になりたいっていうなら、本来なら断る。が、覚悟があるなら着いてくれば良い」


「いいの……?」


「俺は別に良いぞ。止める理由がない。フェイは?」


『変なやつだけど嫌いじゃない』


「ってことだ。傷の舐め合いみたいなもんだが、連れは多いと頼もしい。ヒヨリコが良ければ、フェイの喉を治す旅についてくるか?」


「…………」


 出した手に目を落とすヒヨリコ。

 彼女はしばし悩むような時間を使い、体の中の酸素を入れ替えた。

 上がってきた顔は俺の目を真っ直ぐ見据え、手を握ってきた。


「私で良ければ! よろこんで!」


「よし、交渉成立だな。勇者候補がいると頼もしい。旅の口実にもなる」


「自由行動もできるんでしょう?」


「ああ。そこは構わない」


「やったっ」


 室長の話によれば、どのみち、北方に行かなければならないしな。

 情報が集まる場所は魔導士協会や、戦士協会が有力。強いやつが集まる場所は必然と情報が集約されてる傾向がある──ってのが室長の話だ。

 でも、どうすれば治るか分からないから、寄り道も良しとする。寄り道先になにかいい話があるかもしれないしな。


「あと、さっきの話だけど違うわよノランさん」


「?」


 チッチッと指を左右に振るヒヨリコは、ニヤリと笑った。


「傷の舐め合いって言ってたけど、正確には股を舐めあう仲──」


 ボゴォ! というフェイのパンチを受け、ヒヨリコが飛んでいった。

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