15 何でも治す薬



「くそっ! 私たちを部屋に監禁しやがって」


『しやがって!』


「してねぇっての。出てけよ」


「ねぇ、何してるのよ」


 グラリエルよ。聞かれても俺も分からんのだ。

 フェイとヒヨリコが部屋の扉の前でなんか変なことをくっちゃべってるだけだ。

 かれこれ10分はこんな茶番を繰り返してやがる。

 4人部屋がなかったから俺とフェイ、学園組で二部屋借りたんだが。


「くそぉお! 部屋から出ていけれない!」


 ガチャガチャとドアノブを捻り、膝から崩れ落ちた。

 さっきからこの調子だ。


「ノランさん! 部屋から出してください!」


「今開いてたよ」


「フェイさん、ちょっと部屋から出てみて」


『任せろ』


 慎重にフェイはドアノブに手を伸ばした。

 きゅるっ、と金属音が鈍く鳴った。

 廊下の明るい灯りが部屋に差し込み、徐々に伸びてきた。


「お、開いた。開いた──」


 と言うと、フェイはそのまま開けた扉にぶつかりながら扉を閉めた。

 そして、


『出れない!』

 

 と壁に顔面をぶつけたまま叫んだ。

 

「いや、隙間から出ていけって」


「変わりなさい。私が出ていくわ」


「ちゃんと出てけよ」


 今度はヒヨリコが出て行こうとして、同じ様子で扉にぶつかっていた。


「フェイさん。私達はここから出ていくことができない」


『悪魔め……』


「出てけよ……」


 この茶番をグラリエルは途中で離脱。1人で俺の横で魔導書を読んでる。

 最年少が呆れてる中、最年長と無資格勇者が遊んでる絵面。明日、宿主に怒られるのは俺なんだがなあ。


「二人で出ていくなら出れるんじゃ」


「さっきも出て行けれたよ」


『じゃあ、ボクが先に行くぞ』


「聞けよ」


 フェイはドアノブを開き、外に出る。が、ヒヨリコは扉にぶつかる。

 閉まった扉の前で佇むヒヨリコ。


「何してんだよ」


『何してるんだよ。ほら、出れるぞ』


 律儀にフェイが顔を覗かせて、戻ってきた。


「戻ってくるな。向こうで待ってろよ」


「次は私ね」


 今度はヒヨリコが先に出る。で、今度はフェイが扉にぶつかった。

 閉じた扉の前で佇むフェイ。それを見かねたグラリエルが一言。


「ねぇ! なにしてんのよ! 何を見させられてるの!」


 俺も聞きたい。


「いや、な……眠いから後日に話をしようとしてるんだが」


「ノランの話は分かってる。それは分かってるんだけど。あの二人は何してるの」


「ふっふっふ!」


 満足した様子のヒヨリコは部屋に戻ってきて、靴下を脱いでベッドに腰掛けた。

 フェイはそのままぼふんとベッドに沈む。


「出ていかなかったらどんな反応するかなって思ったのだ」


『ノランと遊ぶの楽しいから遊んでた』


 無邪気な2人を相手にグラリエルはやれやれと頭を抱える。


「寝ないなら、話さない? どうせ明日もこんな調子なんでしょ」


「えー」


 グラリエルが真面目な性格で助かった。最年少がそれなのはどうかと思うが。

 そうして話をすることになったのだが、フェイは起こされ、ヒヨリコも立たされ、俺も何故か立たされた。なんでなんだろう。俺、何もしてないのに。

 まぁ、寝台の上で正座をしたグラリエルにそんなことを言える訳もなく。


「三人の旅の理由は、その……アレね。そういうのを治すっていう方向ね」


「フェイの喉を治す旅だ。な、ヒヨリコ」


「あぁ、そうだとも。正解したグラには……ほら、靴下をあげよう」


「うわあ! 汚い!」

 

 放り投げてきた靴下を持っていた杖で叩き落した。


「汚くないよぉ……」


「話が進まないから!」きつく言われ、泣きそうな顔になるヒヨリコを無視「で、その傷? はどうやって治すの?」


『わかんない』


「色んなのを試してみたけど、治らなかった。あと傷じゃなくて呪いだな。な?」


『そうだとも。訳ありだ』


「呪い……」


 ちら、と見られる。お前、神官なんでしょ、って顔だな。

 自分的な解釈を伝えると納得をした様子。ここらの説明は難しいからな。


「そんなに複雑な呪い、か……んー、じゃあ、なんでも治す薬が必要ね」


 オーディエンスの三人はうんうん、と頷く。

 だが、待てよ? グラリエルの言い方は”そういう薬”があるみたいな言い方だぞ。


「もしかして、なんでも治す薬ってのがあるのか?」


 なんの気無しに聞いてみると、ぽかん、とした顔で見上げられた。


「え、うん。なんでも治す薬。仙薬とか、霊薬とか、宝薬っての……知らない?」


「霊薬ってのは聞いたことある。大病もなんなら死者を蘇らすことができるって聞いたことがある薬だ」


「そ。不老不死にもなれると言われてる」


 順調に話が進みだしたのが嬉しいのか、指をカスッと鳴らしていた。

 本人は鳴らしたつもりみたいなのでツッコムのは辞めておこう。

 ヒヨリコの指がよく鳴るだけで、それが普通だよ。安心して。


「どうやって作るんだ? そんな薬の作り方なんて公開はされてないだろう」


 実在してるのかも怪しいし、と言うとまた変な顔をされた。


「高位貴族の人たちなら知ってるわよ。実際に作られたことあるって聞くし」


「え」


「材料を取って来いって依頼が出てることもあるし」


「へー……」


「でも、不老不死や蘇るって話は聞かないからそこらは期待しない方がいいかも」


 世の中は知らないことばかりだなー……。

 俺以外の二人も関心した様子で腕を組んでいる。

 

『若い子にはついていけないな……』


「な。俺もおっさんだから──」『ボクはおばさんじゃないけど』「そうだな悪い」『あと、ノランはおっさんじゃないよ。ボクより若いんだから』「そうだな、悪い」


「じゃあ、それを作りにいこう。決まりだ。解散! 明日に備えよう」


 ぱちんっと指を鳴らすヒヨリコを恨めしく見るグラリエル。おぉ、怖い。


『決まりだ。ほうやく、をつくる』


「そうだな」


 俺とフェイは立ち上がる。ここは学園組の部屋なのだ。

 明日からは仙薬、宝薬、霊薬──(呼び方はなんでもいいが)──探しだ。

 そう思ってドアノブを捻ろうとしたら、グラリエルは杖をかつんと突いた。


「こほんっ! まだお話があるわ。座って頂戴」


「もっとはやく言えばいいのに」


『もしかして気難しい奴なんじゃ……』


「こら、そんなこと言うな。泣きそうな顔になってるだろ」


「ええーい! 座れ煩い黙りなさいーっ! だまって話を聞きなさーい!」 


 先生のように怒ってきたので、俺とフェイは先程の位置についた。

 皆の聞く準備が整うと、グラリエルはこほんと咳き込み一つ。


「作り方が公開されてるなら、なんで生産されてないんだって考えない訳?」


 というと小さな人差し指を立てて、グラリエルは聴衆三人を順番に指さした。


「”何でもなおる薬”は作るのが難しいのよ。とっっても。とーーーっってもね」


 分かった? というと彼女は前のめりだった重心を後ろに倒した。

 彼女の中で話は終わったみたいだ。だが、


「でも、作れるんだろ。じゃあ、作るしかないんじゃないか?」


 俺としてはこの感想が出てくる。


「え、は、話聞いてた? 作るのが難しいって」


「だから作れはするんだろう? 今のところ可能性が一番高いのはソレだ。だから、旅の目的の一つにしよう」


 キョトン、としてるグラリエルの気持ちも分からなくもないが。


「その通りだ。やる前から諦めることはない。それにフェイさんは喉。私とノランさんは大事なモノを取り戻すために」


 互いに目配せをしあい、にやりと笑う。

 俺たちの利害は一致しているなヒヨリコ。

 大事なものを取り戻すためには、難しいなんて言葉で諦めるかよってな。


『で、何が必要なの?』


 フェイが聞くとグラリエルは観念したようにため息をついた。


「そんなに作りたいなら教えるわ。丁度、ここでしか取れない材料もあるし」


「おお。それは丁度良かった」


「王都で取れるのかー……なんだろ。治安が良いくらいしか利点がないけど」


「難易度はゲキムズ。やる気満々な気持ちを削いじゃうかもしれないけど良い?」


「おう。かかってこい」


 ニヤと笑うグラリエルに、俺たち3人も同じ顔をして応える。


「あと、最悪死ぬかも」


「それは嫌だ」「死ぬのは話が違う」『そうだぞ。死ぬのは嫌だ』


「最悪の場合って話。上手く行けば大丈夫。うまくいくわけがないんだけどさ……」


 そこまで言うほど難しいのか。

 モンスターで強いのがいたか? ここらへんは魔族も来ないしな。

 でも、霊薬の材料っていうんだから想像もつかないようなものだろう。


「……」


 俺たちはグラリエルの言葉を待った。

 その意思が伝わったのか、彼女は足を組み替えながら材料名を口にする。


「ここ王都で取れる霊薬の材料。それは──王家の髭よ」


 俺たちが驚いているのを見てグラリエルは悪巧みをするように笑った。


「さ、誰が王様の髭を抜いてくる?」




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 これで、一章が終わりです! 

 最終章まで一日三話ペースで投稿していきます!

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