09 魅力的な提案



「断るにも断る言い方があると思います!」


「あー、うるさいうるさい。キーキー言うな」 


 やけに騒いでるなぁ。その割に周りの奴らは止めようとしない。


「痴話喧嘩か?」と、受付台カウンターテーブルでグラスを拭いてる酒場の主に問う。


「いやなあ。勇者候補らしいんだが、仲間が集まってないみたいで」


「勇者か……」


 言い合いをしている男性を見て、剃り残しのある顎を撫でた。

 ふぅむ。なるほどなるほど……。


「少し身なりは汚いが体が良いし、いい尻だ。ただ、ちっと年齢が上すぎるか」


『へー……あれが勇者』と若干遅れてフェイも参上。


「勇者は初めて見るか?」


『何回かみたことあるよ。ふぁあー……』 


「……あの、ソレは」


「ああ。慣れてくれ、俺らの会話方法なんだ」


 フェイの装飾付き文字を見て、店主が驚き、傭兵はなにやら囁いてた。始めてみたらビックリするよなー、分かる分かる。まぁ、慣れてくれや。


「でも、勇者の年齢層が上がったなぁー、一応は学園って扱いだったと思うんだが」


 今日、出征祭をしていた首席の勇者も風格は20歳は超えていたが、酒場のアイツは違う。30は行ってる。それも風格というより、おそらく実年齢が。


「あれで勇者になるなんて余程のことがなけりゃ……」


「旦那、違うぜ。そっちじゃない方だ」

 

「はっ? え、あの赤髪の女か?」


「ああそうさ。男の方は俺の仲間でな」


 横から顔を突っ込んできた傭兵の声を聞いて、へぇ、と頬杖を着いた。

 話しかけていたのはどうやら赤髪の少女の方で、勇者もそっちみたいだ。


「でもよ、最初の勇者はさっき出て行ってたぞ。まだ人員補充してんのか?」


 出発日に余裕があるってことは、彼女は席次としては最後の方ってことだ。

 首席~五席までは毎度選ばれてるから五席……くらいか? 

 でも、五席までは王国も自信を持って送り出す新進気鋭の勇者達だしなぁ。

 王国側が味方探しに協力してない時点で、それよりも下の可能性があるか。


「俺らには関係ない話か」傭兵のジョッキの中身と同じのを店主に頼んだ。メインの話と行こう。「いま、調べ事をしててな。ここらで治癒に詳しい奴はいるか?」


「教会は行ったのか?」


「行った。薬草の類でも治らんのだ。コイツ、俺の相棒でな。喉に呪いをかけられて喋れなくなってるらしい」


『✌』


 説明をすると、得心した顔をしてた。


「呪いってなったら俺は教会以外知らんな、悪い」


「そうか。いや、話してくれてありがとう。その酒は奢りだ」


「感謝するよ──」


 と傭兵がジョッキに手を伸ばすと、横からジョッキを取る奴がいた。


「げっ」と傭兵が声をあげる横で喉をゴクゴクと鳴らす少女の姿。


「ぷはあ……!」


 傭兵の酒を飲んだ奴──赤髪の女勇者は豪快にジョッキをカウンターに付き、ゴシゴシと口元を袖で拭った。

 

「おい、お前。それは俺のだぞ!」


「情報を支払えば酒がもらえるんでしょ? 聞いてたらあなたは何も話してなかった。だから代金は払うべきだ」


 いつの間にか傭兵の男からくすねていた銀貨が俺の前に落ちてきた。

 ちゃっかりとこのエール分の金額だ。いつの間に……。


「って、お前が飲んだんだろ。払うならお前の金で支払えよ」


「いやいや、こういうのは雰囲気なんですよ。野暮はなしです」


 とんでもねぇ性格してるな、コイツ。


「図に乗るなよヒヨリコ! てめぇなんか!」


 酒を奪われた傭兵が癇癪を起こし、女勇者に手を出そうとして。


「ちょ、ちょーっ! 落ち着け!」


 仲間たちに羽交い締めにされた。それをガヤガヤと盛り上げる外野達。

 おーおー、これはなんだかヤバイ雰囲気だ。

 

「フェイ。今のうちに出るぞ」


『分かった!』


 と、こっそりと出ていこうとしたところ、


「ちょっ~と、逃げないでもらえます?」


「ヌわぁ!」


 目の前に立ちはだかった女勇者を見上げ、思わず野太い悲鳴が出た。

 中腰になっていた俺らに目線を合わせた女勇者は、にこりと微笑む。


「ここら辺じゃあ見ない顔ですね。旅人さんですか?」


「まぁ、旅人というかなんというか。色々と捜し物があって」


「じゃあ、数合わせでもいいのでちょっと着いてきてくれませんか!? 誰も着いてきてくれなくて……ちょっとだけで良いんです!」


 パチンと手を合わし、片目を開けてこちらを見てきた。


「あー……さっき、男を勧誘してたのもソレ?」


「そー! そーなの。話を合わせてくれるだけでいいから。ね、お願いっ!」


 今度は腰を折られてお願いをされ、俺とフェイは顔を見合わせた。


「こっちも条件を出していいか?」


「はい! いいですよ! なんでしょう!」


「俺らの探しものを手伝って欲しい。それでいいなら付き合う」


「わ、さっきの話の奴ね。わー! 魅力的な提案! わっかりました!」


 胸に手を当てる礼をされ、思わずこちらも礼を返す。

 話す口調や素振りからその手の礼をされるとは思わなかったが。まぁ、勇者育成の王立学園に通ってるだけあるか。

 

「あ、言いそびれました。私の名前はヒヨリコ! そちらは魔法使いさんですね! で、あとは剣士さん!」


「違う違う。こっちは剣士で、俺は神官だ」


 よろしく、とフェイはぺこっと頭を下げた。

 フェイは剣を背負って、俺は二本も剣を背負ってる。

 良く間違われるがここらはハッキリさせておかないとな。


「でも大剣を二本持ってるのは……」


「神官だって大剣くらい持つぞ。一本は弟の形見でな。持ち歩いてんだ。あと、魔法使う奴だって剣くらいは持つよな?」


『うむ』


「へ、へー……そうなんだ。そうなんだ」 


 その時、ヒヨリコの背後に影が立ったのが見えた。


「!」


 ってオイ。おいおいおい! 傭兵が自由になってるじゃねぇか。

 仲間はどうした!? なにしてんだ!?

 酒を奪われた傭兵は鼻息を荒くして両手を振りかぶる。

 

「このクソガキ──ッ!」


 後ろから傭兵が襲いかかり──それを、ヒヨリコは身軽に躱した。

 熱い抱擁が失敗に終わった傭兵は、ぐぇ、と潰れた蛙のような声を出して地面に転び、その後ろ首にヒヨリコの剣が触れる。

 といっても、もちろん鞘には収まったままなのだが。


(転したのか……)


 さっきの一瞬で足払い、流れるように背後に回り、無力化。

 あの一瞬でそこまでするのは戦い慣れてる証拠。勇者ってのは伊達じゃないか。

 今代の勇者は少しやんちゃな奴が多いみたいだな。綺麗な戦い方ではないし。

 無力化された傭兵の凄む視線をヒヨリコはニマッとした笑顔で受け取り、俺たちの方を向き直した。


「じゃあ、お二人さん。私に着いてきてくださいなっ!」


 指をぱちんっと鳴らす彼女は酒場を出ていく。

 フェイに『ついていく?』って顔をされたもんだから、頬をぽりぽりと掻いた。

 情報のためだし、性格は難ありっぽいけど仕方ない。

 外野の人垣が割れ、できた道を俺とフェイは歩いていった。




 

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