06 仕事やめてやった


 次の日。

 兵舎、上官の部屋にて。


「あぁ、いいぞ~」


「え、いいの!? え、なんでっ!」


 土下座のために両手で三角形を作っていたのに。変な中腰のまま止まっちゃったよ。九分九厘断られると思ってたのに……。


『ヤッタ~』と喜ぶフェイはバンザイして俺の周りを走り回ってる。


「俺、一応……この職場にそれなりの期間いたつもりなんだが……」


「あぁ、だから良いぞって」


「ちょっとくらいは引き止めてくれよ! 寂しいだろ!」


「なんだお前! 面倒くさいな!」


 机から乗り出す上官とそれを宥める副官。


 見知った奴らしかいないからこんな調子フラットだが、この上官はとっても厳しい人だ。


 すっかり後衛に引っ込んだが、昔は前線でぶいぶい言わせていた、分け目から禿げが進行しきった人だ。この前ギャンブルで大負けしてたのもこの人だ。


「はあ……いいから行けっての。今までお前らには世話になったんだから、それくらいしてもいいって言ってんだ」


「なんか裏がありそう……信じていいのか」


「じゃあ行くな」


「なんでそんなこと言うんですか」


『人でなし……』


「面倒くさい奴らだなぁ! 良いから行けって。だから、フェイも」


『はい?』


「二年間、よく戦ってくれた。ノランはこういう奴だが、よろしく頼む」


「なんで俺が子守される側なんですか。おーい。おかしいだろ」


 でも、なんだかトントン拍子で進んだぞ。もっと引き止められると思ってたが。仮にも隊長と副隊長。隊長級の人員なんていないし、副隊長ですらいない。


 どういう扱いになるんだか。まぁ、何か考えがあるんだろう。


「世話になったなノラン。元気でな」


 上官はすっかりと別れの挨拶を終えたような表情で笑った。


「ああ。こちらこそ。また会った時は酒でも飲もうぜ、ゴートン」


「ノラン隊長」

 

 副官から敬礼をされて、胸元に手を抑え、その礼を簡易的に受け取った。すっかり男の顔をするようになりやがって。後衛に引っ込んだ奴の顔じゃないな。

 

「では、失礼します」


『失礼します』


 扉を締め、俺たちは国境の街から旅立った。



     ◇◇◇



 扉が閉められると、兵たちの稽古の音が執務室内に響いてきていた。


 その微かな音の中に椅子がきしむ音が混じり、ため息の音が上書きをされた。上官のソレを姿勢を正したまま見つめ、副官は扉を向き直して呟く。


「良かったので?」


 ノランとフェイ。あの二人が担っていた役割は、ここ一番手前の国境線でとても大きかった。

 

「あの二人が抜けられると困るのですが」


「ずっと抜けられたら困る。だから今、抜けて貰わないといけない」


「ですが……」


「ノランはこんな場所にいて良い奴じゃないんだよ。今はただの飲んだくれだがな。昔はここらじゃ名前を知らん奴がいないほど強かったんだ」


 ノランの実力は上官が一番よく分かってる。そして、抱える事情も。


「……それは、弟さんの件ですか?」


「なんだ、知ってたのか」


「いえ、ただ、前代勇者と下の名前が同じだから。もしかして、と」


 上官はため息をついた。

 知っているなら隠さなくても良いだろう。


「お前の言う通り、あいつの弟は前の勇者だ」


「エリオット・グレゴールですね。やはり、そうでしたか」


「その弟について最北まで着いていったのがノランでな」


 ノランは前代勇者の兄であり、パーティーメンバーだった。

 それも、ただの勇者じゃない。

 歴代最強と名高い勇者パーティーの神官として旅に同行していた。


「だが、弟は魔族に殺され、アイツはこの街に帰ってきた。それからずっとあんな調子でな。まぁ、仕事をしてくれるから困らんかったんだが」


 上官は頭を掻いた。


「ノランはここよりも北に行った方が良い。なにせ……最前線の最終門番なのだからな」


(最前線の最終門番……?)


 副官は手を後ろに組んだまま聞いたことがない二つ名もどきを脳内で反芻する。それが、ノラン隊長の二つ名か? 初めて聞いたが……いや、フェイがそんなことを言っていた気がする。


「ノランにこんな平和な場所は似合わねぇさ」


 この上官も当たり前のような顔で続きを話してる。なんか、そういう二つ名があるんだろう。


 いや、とりあえずは、そんなことよりも。


「ですが、隊長とフェイは南に下ると言ってましたよ」


「え、そうだっけ」


「ええ。何やら、大事な子ども? とフェイの喉の治療方法の情報を集めるために一度王都に向かうと言っていました……聞いてなかったんですか?」


「……」


「聞いてなかったんですね?」


 ゴートンは退職話を切り出されたタイミングでOKを出すつもりだったから、話の大筋を聞き逃していた。


 だが、それを部下に悟られては顔が立たぬとして、死んだ頭皮ごわごわと掻いて誤魔化す。部下からの冷ややかな視線に頭皮が疼くが、話を変えるために咳き込み一つ。


「コホンッ。まぁ、アレに鍛えられたお前がいるんだ。頼りにしてるぞ、新隊長?」


「これでも私は負傷兵ですが」


「ちょっとの間だけ。補佐をする形で頼む」


 上官からのお願いに副官は口元を緩ませて、微笑んだ。

 明らかに許諾の笑みだ。これでしばらくは安泰だな。

 その表情にゴートンも得心したように前を向くと、


「あー、俺もやめてぇ~」


「それを俺の前で言うなっての……」


 これだからノランの部下達は。

 ゴートンの苦労はこれから多くなりそうだ。

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