#3-2 阿部 草太

阿部 草太あべ そうた

28歳。B型。

ベンチャー企業経営。

独身(彼女ナシ)。


 友人の陽介ようすけの通夜に来た。

久々に高校時代の友人達、智也ともやしのぶ瑛莉華えりかと通夜会場の隅で陽介を偲びつつ、お互いの近況を話した。しかし真帆まほがいない。

「真帆、ニューヨーク住んでるよ、日本ヤになっちゃって」

と、瑛莉華が言った。

 瑛莉華はあいかわらずかわいい。というか想定通り美人な大人の女性になった。スタイルもあいかわらず素晴らしい。18歳の瑛莉華はギャルっぽかったが、今は落ち着いた茶色の長い髪をふんわりとさせ、ただの喪服なのに28歳の瑛莉華は色気も漂わせている。

 瑛莉華は大手企業の社長秘書をしている。

彼女は昔からわりと勉強ができた。いい大学に行ったし語学もいくつかできたはずだ。見た目がギャルで甘えた話し方でスタイルが良すぎるから誤解されがちだが、意外と知的なのだ。そのギャップがまた俺のツボだった。

金持ちのオヤジに抱かれたりしているのだろうかと、通夜の場に似つかわしくない妄想をした。

「草太、いい時計してるぅ、さすが社長さんっ」

瑛莉華は俺の腕時計を見逃さなかった。

 俺は大学卒業してすぐにIT系ベンチャーを起業した。俺に才能があったわけではなく、父が有名な大学病院で教授をしているので金があった。弟の方が出来が良くて医者の道は弟が進んで、俺は長男ながら自由にさせてもらった。

それで父からの融資で会社を始めた。なんとか軌道に乗り贅沢な時計を買えるまでになった。

広告代理店で使われている身の智也よりきっと収入はあるしイイ時計をしている。今なら瑛莉華を手に入れられるかもしれない。

経験を積んだ俺はだいぶシャイな性格は緩和されて、今なら彼女の大きな瞳を見つめながら話せる。彼女が喜びそうな甘い言葉もささやけそうだ。

自信をつけた俺は堂々と彼女の目を見て聞いた。

「真帆と連絡とってるの?」

「うん、瑛莉華にはメールくるよ」

「瑛莉華、会社でも自分の事『瑛莉華』って言ってんじゃねぇだろうなぁ」

「あ、みんなといるとツイね。普段は『アタシ』って言ってるよぉ」

と、俺の右腕を軽く叩いて笑いながら言った。その笑顔と触れられたことで俺はまた高校生の頃のように心臓が高鳴った。

 俺は10年経っても瑛莉華に執着しているのか。再会してそんな自分に驚いた。

それほど俺を夢中にさせる瑛莉華の変わらぬ美しさにも驚いた。


 3年の時付き合っていた忍とは、大学に入ってすぐ別れた。

大学に入ってなんとなく会わなくなり、忍からハッキリさせようと連絡が来て関係は終わった。だけど大学3年になった頃、また忍から連絡が来て一緒に飲み行った。その日の夜ホテルで過ごしたがまた会わなくなった。よりを戻すわけでもなくただ一夜を過ごしただけで忍は淋しかったのだろうか。

今日それ以来ぶりに会った。

彼女は1番遅くやって来て仕事が忙しいそうだが、彼氏がいて愛されているようだ。

 俺と忍の交際の始まりはお互いの失恋を慰め合うのが目的で、どこまで本気で愛し合っていたかはわかならない。だけど俺は彼女を大切に思っていたし、友達になった頃から気が合ってイイ友人でもあった。幸せそうで何よりだった。


「あの……、陽介の高校時代の同級生ですよね?」

俺達に女性が声をかけてきた。清楚で慎ましい雰囲気の彼女は陽介の妻、結衣と名乗った。彼は早く逝ってしまったが、好きな女性と幸せな結婚生活を送れていたのはせめてもだった。残された彼女は気の毒だが。

結衣は色あせたのノートを俺達に差し出した。

「これ、夫が高校生時代に書いたモノなんですけど。私が持っているより同級生のどなたかが持っていた方がいいと思って」

代表して俺がそのノートを受け取った。パラパラとノートをめくるとびっしりと何かが書かれていた。俺達との思い出か何かだろうと思い、俺はとりあえずそのノートをカバンにしまってまた友人達と立ち話を始めた。

 それほど仲良くなった同級生も来ていたし、担任だった先生も来ていたので、次々といろんな人と挨拶していたら、瑛莉華と智也の姿を見失った。

「智也と瑛莉華は?」

横にいた忍に聞いた。

「知らない。どうせヤリに行ったんでしょ」

冷めた顔で彼女は答えた。

確かな情報ではないが、10年経っても瑛莉華は智也を選ぶのか。智也は大人になって色気まで身に付けた瑛莉華も抱けるのか。

10年ぶりに俺は嫉妬した。

「つーか、コレどうする?」

忍に陽介のノートを見せた。

「2人で読む?私達もホテルに行って。」

「おまえ、彼氏いんだろ」

「草太、儲かってんだから高級ホテルおごってよ」

「何言ってんだよ」

「また瑛莉華にフラれて、慰めてあげようと思ったのにぃ」

ニヤついた顔で忍は言った。

今はフリーの俺は心が動かなかったわけではないが、彼氏持ちの彼女とまたそういう関係になるのはよくないとモラルが働いた。


 俺と忍は通夜会場を後にして居酒屋の個室に入って陽介のノートを開いた。

「何これ……。エグ……っていうかキモッ」

1ページ目を読んで忍はそう言ってジョッキのビールをゴクゴクと飲んだ。確かに淫靡いんびで下品な内容だった。18歳の女の子と彼氏とのが描かれている。

「何なのこれ、アイツ、エロ小説でも書いてたの?」

と、忍が言ったが、俺にはすぐわかった。この18歳の女の子は瑛莉華だ。外見の描写もセエリフの言い回しも瑛莉華そっくりだ。

「瑛莉華だよ、これ。瑛莉華と誰かだね」

俺が言うと

「まぁ確かに、陽介、瑛莉華の事好きだったし」

と、忍が返した。陽介は瑛莉華が好きだろうと薄々は気がついていたがやはりオレの感は当たっていたようだ。陽介は瑛莉華とどれくらいの関係だったのだろうか。

「陽介は瑛莉華とヤってた?これ本当のこと?」

俺は思わず聞いた。

「それはないよ、完全に片思いだったし。瑛莉華も気づいてないし。妄想だね」

「おまえ何で言い切れるんだよ」

「え、私と陽介、地元隣じゃん。よく一緒に帰って話してたから」

俺が疑いの眼差しでノートと忍を眺めていると

「あのさぁ、18の処女が『オッパイにかけて』とか言うと思う?」

忍は呆れた顔で言った。確かにそれもそうだ。それに瑛莉華の初体験は智也だし、瑛莉華に限って2人同時に関係を持ったりしない、完全に陽介の妄想だ。文章にしたりしないが俺だって妄想はした。陽介の気持ちがわからなくもない。

「アイツ、エロ漫画読みすぎなんだよ」

と、言いながら忍はページをめくった。俺達はノートを読み進めた。

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