第51話 白星の光と虹鷹の雨
虹鷹の聲が頭上より砂の王国へ降り注がれた。昊を見上げれば、群青の上で虹鷹が白の大翼を広げて悠々と旋回し、色鮮やかな長い飾り尾で昊に浮かぶ
ラーミウは背に頭陀袋を携え、ガイム河沿いの大通りをひとり歩行いていた。
其処は都で最も大きな市場街である。幾人ものの赤銅の肌に砂色の眼と髪を有する
無論、今年四十を迎えたラーミウとて例外ではない。
質素な砂色の着物で腕を除く身體をすっぽり覆い隠し、頭は柔らかな砂色で縁取っている。周囲の者たちの視線を引き付けるとすれば、それは彼の眼と若々しく見える貌造りと――その爛々と輝く対の翡翠である。
「うわっ
聲を鳴らしたのは横を過ぎていた肉屋の男である。他の街の者らと共に、布や板を白や赤、青、緑に染め上げては飾り付けている。彼らは
ラーミウは苦笑すると、屈んでその塗料を拭き取るのを手伝った。塗料は混ざり合って紫や黄緑と様々な色になって最早収集が付いていない。ようやく片付けが終うと、ラーミウはすっくと立ち上がって穏やかな聲でよえやく肉屋の男の問いに応えた。
「そうですよと言いたいところですが、今日は違いますよ」
宮殿のある南方へ向けて、ラーミウはまた歩行き始めた。建国祭間近で、人の数が増やされており歩行いているのか押されているのかは定かではないが、それでもラーミウは前に進んだ。その途中、ガイム河の辺でふたりの人影を捉え、ラーミウは彼等に走り寄った。
「ヤト!」
其処にあるのは十年
「迎えに来いとは言ってませんよ」
「どうせ迎えに来なければ、人混みが厭になって逃げ帰っていたでしょう」
きっぱりとラーミウが返すと、ヤトは更に眉間の皺を増やす。ラーミウは彼の足元でラーミウを見上げているもうひとりの人影へ視線を移した。猫の目のように吊り上がった眼の愛らしい
「へえ、この子が新しい
「――まあ、そんなところですよ」
ヤトはやや気不味そうに返すと、ラーミウは首を傾いだ。だがふと昊に雨雲が掛かり始めているのを視界の端に捉え、ラーミウは我に返ってヤトの腕を引いた。
「兎に角、宮殿へ行きましょう。皆、久しぶりに会いたいと言ってましたよ」
「……分かりましたから、手を離して下さい」
ラーミウは「
ヤトはラーミウの横に並ぶと、低く聲を鳴らす。
「そういえば、
「
「恐ろしい女ですね……」
まったくです、と笑いながらラーミウは同意すると、思い出したように「あ」と聲を上げる。何事かとヤトが貌を引き攣らせていると、ラーミウはにっこりと笑って云った。
「そういえば、アウス様も背が伸びたんですよ。考えてみれば不釣り合いなくらいに手足が大きかったので、成長期の手前だったのでしょうね」
ラーミウのそれはまるで親が子の成長を祝うような物言いだが、アウスはあれでも背を気にしていたのである。故に、周囲の者も自然と気に留めており、背が伸びれば何故か宮女まで喜んだのだ。
下らないラーミウの報告に、ヤトは呆れた風に嘆息すると語を返した。
「ずっと十五で止まっていただけですからね。あのもう片割れは可也長駆だったのでしょう?可怪しくはない」
ヤトが云い終えると、ラーミウたちはつと足を止めた。眼前には昊高く続く長い石壇がある。宮殿へ続く石壇だ。この長い石壇を視れば、ヤトでなくても踵を返したくなるものだ。ラーミウは嘆息を落とすと、一歩一歩、静かに上がってゆく。ヤトも新しい
登りきった場所で待ち構えていた剃髪の男は貌を引き攣らせながらもラーミウたちへ駆け寄った。
「お疲れ」
「……マージド、出迎え有難うございます。ちゃんと捕まえてきましたよ」
とラーミウは後方のヤトを指差す。マージドは苦笑いをしながら
「御前、どうせ逃げても走って追い掛ける
と云ってラーミウの足許を見る。動きやすいように、沓は旅に用いる頑強な物を態々履いていたのだ。ラーミウの沓に心付いたヤトは思わず「げ」と苦虫を噛み潰したような聲を鳴らして後退った。
逃げようかと思案し始めたヤトの腕を捕らえながら、ラーミウはマージドへ尋ねる。
「カリーマ様は?」
「ドゥリーヤ様と共に、白の宮でお待ちだよ。ナジュム殿もいらしてる」
「そうですか。じゃあ、行きましょう」
ラーミウたちは白塗りの煉瓦造りの建物――本宮へ這入り、白装束の官僚や宮女の間を抜けて行った。無論、ラーミウに気づいた者たちは慌てた様子で簡易式でも礼をした。ラーミウは彼らに構うこと無くすたすたと進み、白い柱廊へ出る。
その柱廊から垣間見える鏡の泉は今日も水面に燦々と輝く白星の光を弾いている。その水面では白や赤、青、緑の睡蓮の花がゆらゆらと揺られて、まるで昊を飾り付けているようだ。
ラーミウたちが柱廊の突き当りの虹鷹の紋様の描かれた白い戸へ辿り着くと、マージドが駆け寄りそっとその扉を開けた。室に這入ったラーミウは明るい聲を室内へ鳴らした。
「ただいま戻りました」
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