第41話 鳴海
知立の宿を出て、しばらく行くこと、二人は
これは元の三河の国と尾張の国を隔てる
ここから先は、尾張の国である。
「いよいよ、織田領に入ったわ」
「名古屋ももうすぐね」
「一茶さん、安心して宮まで来るようにと言っていたけど、大丈夫かしらね」
「やっぱり、シティホテルを探した方がいいかもね」
名鉄線沿いに飛ばしているうちに、やがて中京競馬場の近くまでやってきた。
桶狭間古戦場跡地だ。
少数気鋭の織田信長軍が、今川義元の大軍を打ち破った、桶狭間の戦いが行われたとされる場所である。
「きゃっほーっ!ここから日本の歴史が動いたのよ!」と、歴史的な場所に立って、興奮が高まるミケコであるが、
「ここでたくさんの人が亡くなったのよ。よくそんなはしゃいでいられるわね」と、タマコは何だか背筋がゾクゾクする。
「大昔の話じゃないの。それより、桶狭間の戦いで信長が勝利しなければ、今頃、日本はなくなっていたかもしれないのよ」
「それは言い過ぎじゃないの?」
「だって、信長じゃなかったら、天下統一は出来なかったわよ」
「そうかしら?今川義元が天下を取っていたかもしれないっていう可能性は?」
「残念だけど、それはないわ」
「武田や毛利とか、あの当時、強い武将はいっぱいいたじゃない。信長でなくても、きっと誰かが天下統一していたわよ。それに家康だっているし」
「そう思うでしょ?でもね、良く思い出してみて。信長って、すごく酷いこともやっているのよ。比叡山とか本願寺とか、宗教勢力に対しても容赦がなかったの。こんなことは、他の武将には出来ないわ」
「確かに、戦国武将って、情に熱いイメージもあるし。敵に情けをかけてそう」
「逆に言えば、戦国時代の日本というのは、こんな酷いことをしなければ統一出来ないような群雄割拠の状況にあったっていうことだわ。だから、それが出来た信長じゃなければ、統一は不可能だったというわけ」
「なるほどね。でも、どうして今頃日本がなくなっているのよ?」
「だって、その頃、ヨーロッパじゃ大航海時代よ。日本にだってフランシスコ・ザビエルを始めとした宣教師が来てたんだから。もしそのとき日本が、地域ごとに争ってまとまりを欠くという状態を続けていたら、アジアの他の国々のように制服されていたでしょうね」
「なるほど〜」
と、ここぞとばかりに高説を垂れるミケコである。
彼女の説が正しいかどうかはわからないが、どこかで言いたくてたまらなかったのであろう。
一方、相方に付き合ってはやるものの、歴史にはさして興味のないタマコである。
ブラブラと跡地内を見て回る。
「ふーん、今川義元のお墓があるのね」
さぞ無念だっただろうなあ、と、いらんことを考えてしまった。
「あ、まずい」
霊感の強い彼女。
うっかり当時のことを考えたことで、土地が持っている記憶と共鳴してしまう。
「うう、羨ましい。義元様が羨ましい。……って、あれ、ここはどこ?私は誰?」
気付くと、貴族のような装束に身を包み、大きな盃を持っている自分がいた。
しかし、入っているのは、酒ではなく、水である。
「うう、こんな戦場でも義元様は本物のお酒を飲んでいるのに、それもとびきり上等な、駿河で一番上等なお酒を飲んでいると言うのに、影武者の私は、水しか飲ませてもらえないなんて。……って、私は何を言っているのかしら?それに、何よ、この格好。これじゃまるで今川義……」
そのとき、ドドドドドッ!と、馬の駆ける音を聞いた。
ワー、ワーと、鬨の声が上がる。
ザーザーと、土砂降りの雨が降っていた。
「え、え!?もしかして、敵襲!?」
向こうから、槍を構えた侍が突進してくるのが見えた。
「義元の首、打ち取ったりーっ!!」
真っ直ぐこちらに向かってくる。
「ひええっ!わ、私は、義元じゃないわよおおっー!」
盃を投げ捨て、尻尾を巻いて逃げ出すタマコ。
だが、着慣れない貴族装束が煩わしい。
どべしゃっ、と、ぬかるみに転んでしまった。
「か、勘違いしないで!本物の義元は、あっちよ〜!ちゃんとしたお酒を飲んでいる方よ〜!」
「義元、覚悟ーっ!!」
「ひ、ひえ〜っ、お助けをを〜っ!」
槍の穂先がキラリと光った。
「……っと、ちょっと、タマコ!」
「……ひっ、ここは、天国!?」
目を覚ますと、心配そうに覗き込むミケコの顔があった。
「あなた、大丈夫?急に倒れて、寝言を言うものだから」
「ね、寝言!?」
「そうよ。本物の酒が飲みたい、本物の酒が飲みたい……って」
背筋がゾク〜っとするタマコである。
ミケコの足に縋りついて言った。
「は、早く、宮まで行きましょ!宮まで行きましょ!熱田神宮でお祓いをしてもらうのだわ!」
「ど、どうしちゃったのよ、一体!?」
ただならぬ迫力に、ミケコもタジタジである。
「取り憑かれたんだわ、きっと。影武者の亡霊に取り憑かれたのよっ!」
「か、影武者!?落ち武者じゃなくて?」
よくは分からなかったが、タマコの勢いに押されて、跡地を出ることに。
「あ〜ん、早く本物のお酒が飲みた〜いっ!」
と、スキーを飛ばして行くタマコの背を見て、ミケコは言った。
「あの子、影武者じゃなくて、お酒に取り憑かれたのだわ」
ちなみに、桶狭間の戦いの場所であるのだが。
ここではぼかしているが、跡地と伝えられて現代に残っている場所は、二つある。
東海道沿いにあるのが、
そこから徒歩15分ほどの、名古屋市緑区桶狭間にある、桶狭間古戦場公園。
そのどちらにも、義元の墓がある。
実際にどちらが本物かは、意見の分かれるところだが、案外と影武者がいたのかもしれない。
ということで。
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